(旧版)がん患者に対するアピアランスケアの手引き 2016年版
Ⅰ.治療編
化学療法
CQ4 |
がん化学療法に起因した脱毛にウィッグは有用か | |
推奨グレード C1a |
ウィッグの使用が,脱毛の状態そのものに影響することはない。また,使用が化学療法に起因した脱毛患者のQOLに与える影響についても現段階では十分に検証されていない。しかし,実際に脱毛した多くの患者はウィッグを必要としており,患者の希望に応じた使用が勧められる。 |
●背景・目的
がん化学療法の副作用により脱毛を生じた患者において,その容姿の変化による心理的負担は大きく,自尊心の低下,社会参加の減少,就業困難などにつながることが示唆されている。外来での治療継続も可能となってきた現在,就労を中断することなく続ける人も存在する。がん治療中も中断することなく社会参加を継続することは,患者自身の生活にとっても,社会経済的な視点からも妨げられるべきことではなく,脱毛による容姿の変化を伴いながらも治療前と変わらぬ生活を変わらぬ自信のもとで遂行するためにも,容姿の変化を補完するウィッグの存在は大きい。
●解説
がん化学療法に起因した脱毛について,ウィッグが患者に与える影響を調査した研究はほとんどない。以下に,研究手法について課題は残るものの,円形脱毛症等を含む「脱毛」に対してのウィッグ使用が患者に及ぼす影響について言及した研究を取り上げる。
がん化学療法を受けた34~70歳(平均53歳)の女性20名に対して実施されたインタビュー調査では,ウィッグの効果について脱毛そのものをカモフラージュするだけでなく,病的な側面(印象)をも軽減でき,より気持ちを強く保つことができると述べている1)。
円形脱毛症の調査ではあるが,40~59歳の男性26名,14~76歳の女性49名それぞれに対し,補完具に対する認知的なQOL測定尺度であるPIDAS(Psychosocial Impact of Assistive Device Scale)を用いて受容能力,適応性,自尊心における効果をウィッグ使用前後に測定し,VASで外見に対する満足度を調査した研究では,男女ともにPIDAS全体,受容能力,適応性,自尊心について有意に改善がみられ,外見に対する満足度と相関していた2)3)。(PIDAS:男女とも全項目0からの変化量についてp<0.001,cm VAS 平均±SD:男性7.5±1.34,女性7.91±1.74)
比較的若年層である11~25歳(平均19歳)の瘢痕禿髪を含む脱毛患者50名を対象とした田中式職業検査DE-Hを用いた追跡調査では,ウィッグ装着前,1週間後,1年後,5年後に調査を実施しており,情緒の不安定性(使用前:50パーセンタイル→5年後:64パーセンタイル),不適応感(40→59),器官劣等感(30→50)について改善がみられた5)。
また,乳がん化学療法を受けた日本人女性1,500名を対象とした調査では,脱毛を経験した患者の88%がウィッグを使用しており,ウィッグ購入数については,約半数の人が1つ,25%の人が2つと回答し,1つあたりの購入価格は約40%が5万円未満,続いて25%の人が5~10万円程度と回答した6)。
ウィッグ使用状況については,平均使用期間は約1年間で,化学療法終了後1年で約60%,2年で90%がウィッグから離脱できていた。一方,約10%程度は5年経過後も外すことができていなかった7)。
ウィッグ購入に際して,イギリスではNHS(National Health Service)による購入補助システムが存在し,医療目的でのウィッグ購入を金銭的に補助している。同じくスウェーデンでは医療器具として認可しており,保険適用としている。一方,国内では,2014年度より山形県で抗がん剤による脱毛患者のウィッグ購入に対して最大1万円までの補助(県と市町村の折半)を開始しており,県主導としては国内初の試みである。市町村レベルでは,岩手県北上市,秋田県熊能市,神奈川県大和市が最大3万円まで,佐賀県伊万里市が1万5千円までの購入補助を実施している。
なお,大規模研究によれば,乳がん患者の88%がウィッグを購入する一方で,12%の患者はウィッグを購入せずに治療を行っていた7)。本来的には,脱毛部分をカモフラージュするのか否かも含めて,患者の考え方やライフスタイルを反映する事項であり,最大限尊重されなければならない。医療者がいずれかのスタンスを強要することにならないよう,「患者の希望に応じた」使用が勧められる。
検索式・参考にした二次資料
PubMedおよびCINAHLにて,"chemotherapy", "alopecia", "hair loss", "wig"等のキーワードを用いて検索した。医中誌Webにて,“化学療法”,“脱毛”,“かつら”,“ウィッグ”等のキーワードを用いて検索した。さらに,NHSのホームページよりNHS Wig policy,NHS Cancer and Hair lossを参考にした。
参考文献 | |
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1) | Zannini L, Verderame F, Cucchiara G, Zinna B, Alba A, Ferrara M. 'My wig has been my journey's companion': perceived effects of an aesthetic care programme for Italian women suffering from chemotherapy-induced alopecia. Eur J Cancer Care (Engl). 2012; 21(5): 650-60.(レベルⅤ) |
2) | Inui S, Inoue T, Itami S. Effect of wigs on perceived quality of life level in androgenetic alopecia patients. J Dermatol. 2013; 40(3): 223-5.(レベルⅣb) |
3) | Inui S, Inoue T, Itami S. Psychosocial impact of wigs or hairpieces on perceived quality of life level in female patients with alopecia areata. J Dermatol. 2013; 40(3): 225-6.(レベルⅣb) |
4) | Messenger AG, McKillop J, Farrant P, McDonagh AJ, Sladden M. British Association of Dermatologists' guidelines for the management of alopecia areata 2012. Br J Dermatol. 2012; 166(5): 916-26.(レベルⅥ) |
5) | 中島壮吉,中山雅史.「かつら」と患者の心理--Q. O. Lを考える.日香粧品会誌.2002; 26(1): 28-32.(レベルⅣa) |
6) | 渡邊隆紀,矢形寛,齋藤光江,他.乳癌補助化学療法における脱毛の実態に関する多施設アンケート調査.第23回日本乳癌学会学術総会.東京.2015年7月.(レベルⅣb) |
7) | Watanabe T, Yagata H, Saito M, et al. National survey of chemotherapy-induced appearance issues in breast cancer patients. Cancer Res. 2015; 75; P5-15-09. The 37th Annual CTRC-AACR San Antonio Breast Cancer Symposium.(レベルⅣb) |