(旧版)女性下部尿路症状診療ガイドライン

 
3 疫学とQOL
1 女性下部尿路症状の疫学
ある疾患または症状の医学的・社会的な位置付けを明確にし,診療体制を構築する基盤として,頻度・年齢分布・診療需要などに関する疫学調査が不可欠である。また,下部尿路・骨盤底には解剖学的性差が存在し,性差医療の観点からの検討も重要である。下部尿路症状(lower urinary tract symptoms: LUTS),特に尿失禁の疫学調査では,症状の定義(特に閾値),質問票のデザイン,対象の種類(住民ベース,地域集団,職業集団など)とサンプルサイズ,回答率,調査方法(面接,電話,郵送,インターネット)などによって,非常に幅がある結果となるので,これらの点に注意してデータを見る必要がある。
下部尿路症状に関する住民ベースの疫学調査は,1990 年代後半から欧米中心に行われてきた1-9)。2005 年にカナダ,ドイツ,イタリア,スウェーデン,イギリスの5 カ国で行われたEPIC study10)は,2002 年の国際禁制学会(ICS)の定義に準拠し11,12),かつそれまでで最も大規模な住民ベースの下部尿路症状調査という点で意義がある。18 歳以上の58,139 例に接触し,電話調査の同意が得られたのは19,165例(33%)であった。女性66.6%,男性62.5% がなんらかの下部尿路症状を有していた。蓄尿症状(storage symptoms)は女性59.2%,男性51.3% と女性に多く,反対に排尿症状(voiding symptoms)は女性19.5%,男性25.7%,排尿後症状(post micturitionsymptoms)は女性14.2%,男性16.9% と女性のほうが少なかった。男女とも,最も頻度の高い症状は蓄尿症状の夜間頻尿(1 回以上)で,女性54.5%,男性48.6%(2回以上とすると,女性24.0%,男性20.9%),次に尿意切迫感が女性12.8%,男性10.8% で,これが過活動膀胱(overactive bladder: OAB)と定義された。尿失禁は女性13.1%,男性5.4% と女性に多く,女性尿失禁の約半数(48.9%)を腹圧性尿失禁が占めた。男性ではすべての下部尿路症状の頻度が,女性でもその多くが年齢とともに上昇した。2007〜2008 年にアメリカ,イギリス,スウェーデンの3 カ国でインターネットを用いて行われたEpiLUTS study も,国際禁制学会の定義に基づいた住民ベースの疫学調査である13)。最終的に40 歳以上の30,000 例の回答を解析し,下部尿路症状が時々(sometimes)以上が女性76.3%,男性72.3%,しばしば(often)以上が女性52.5%,男性47.9% であった。EPIC study,EpiLUTS study からはさまざまな波及的検討が行われている14-24)
本邦では女性の下部尿路症状に関する疫学調査が少なく,女性尿失禁について職業集団や地域の調査が行われてきたほかは25,26),各症状単位でも十分な把握がなされていなかった。2002 年11 月から2003 年3 月に日本排尿機能学会によって行われた調査が,包括的な下部尿路症状の住民ベース疫学調査として唯一のものと考えられる27-29)。この調査では,全国75 地点から40 歳以上の男女を含む一般世帯を無作為に選んだ。その世帯の40 歳以上の男女10,096 例に調査票を郵送し,最終的に4,570 例が解析対象となった。下部尿路症状に関して,頻度,程度,重症度,QOL・生活への影響,医療経済,受診行動について解析を行った。頻度の男女差では,排尿症状の尿勢低下,残尿感は男性において頻度が高く,蓄尿症状の腹圧性尿失禁は女性の頻度が顕著に高かった。年齢・性別の頻度から症状を有する住民の実数を推定すると,夜間頻尿(1 回以上),昼間頻尿(8 回以上)が最も頻度の高い症状であることは男女共通であったが,男性では次いで尿勢低下,残尿感,尿意切迫感,切迫性尿失禁,腹圧性尿失禁,膀胱痛の順であり,女性では尿勢低下,腹圧性尿失禁,尿意切迫感,切迫性尿失禁,残尿感,膀胱痛の順であった(図1)。過活動膀胱を週1 回以上の尿意切迫感と排尿回数1 日8 回以上で規定すると,女性10.8%,男性14.3%,全体で12.4% であった。いずれの下部尿路症状も男女ともに年齢につれて頻度は上昇した(図2)。症状のなかでは,昼間排尿回数は調査範囲の年齢では上昇傾向が弱く,夜間頻尿,尿勢低下,残尿感,膀胱痛は直線的に増加し,尿失禁,オムツ使用は70 歳代以降で急激に増加した。60 歳以上の高齢者では約78% がなんらかの下部尿路症状を有していた。下部尿路症状による医療機関受診率は,年齢に伴って増加するが,全体では18.0% と低く,特に女性では9.0% と男性の27.4% に比べ著しく低率であった。
女性では,骨盤底の解剖学的性差,分娩・加齢に伴う骨盤底脆弱化を背景に,腹圧性尿失禁,骨盤臓器脱が重要な疾患として存在する。女性尿失禁に関する疫学調査は数多く,2005 年のICI(International Consultation on Incontinence)報告では,17 カ国の36 調査のメタアナリシスで,すべての尿失禁(あるいは過去12 カ月に最低1回)の頻度は5〜69% と幅があるが,大半の調査で25〜45% であった30)。また,毎日の尿失禁の頻度は,中高年女性のおおむね5〜15% の範囲と報告された。尿失禁のタイプでは,腹圧性尿失禁が49% と約半数を占め,次に混合性尿失禁29%,切迫性尿失禁21% の順であった。年齢とともに腹圧性尿失禁が減り,混合性尿失禁が増える傾向が指摘されている31)。2009 年のICI 報告でその後の論文を加えても,これらの結論に変化はなかった32)。骨盤臓器脱は,自覚症状だけでは確定診断ができず,住民ベースの調査は困難である。内診で評価した諸調査では,24〜40% の頻度が報告されている32)。本邦ではデータがなく,女性の下部尿路症状に関係する疾患として,骨盤臓器脱の疫学調査が行われることが望まれる。骨盤臓器脱の新規発症に関する研究は,ホルモン補充療法のWomen’s Health Initiative(WHI)研究でサブグループに対して行われた2 つのみである。一つでは,2 年ごと8 年間にわたって内診で評価し,膀胱瘤,直腸瘤,子宮脱がそれぞれ9%,6%,2% に発症した33)。もう一つは,閉経後の子宮のある女性でPOP-Q(pelvic organ prolapse quantification)に基づいた評価を毎年行う3 年にわたる研究で,1 年目で26%,3 年目で40% に新規発症がみられ,一方で寛解も1 年で21%,3 年で19% に認められた34)
下部尿路症状や過活動膀胱におけるリスク因子については,加齢に加えて,心疾患,糖尿病,高血圧,脂質異常症,肥満(BMI で評価),メタボリック症候群,飲酒,喫煙,運動などといった,生活習慣病にかかわる要因との関係が指摘されており14,22,35-39),膀胱血流低下(虚血),酸化ストレスといった共通病態が考えられている。関節炎,喘息,再発性尿路感染症,うつ病が関連するほか,遺伝的な影響も一部にあると報告されている40,41)。骨盤底脆弱化に関連するリスク因子では,加齢,妊娠・分娩(経腟分娩>帝王切開,巨大児,高齢出産),肥満,人種,子宮摘除術,便秘などが指摘される32,42-50)


 

 
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