精巣腫瘍診療ガイドライン 2015年版
CQ30
化学療法前の精子保存は推奨されるか?
推奨グレードB | 挙児を希望する精巣腫瘍患者で、両側精巣腫瘍の場合や、精巣摘除後化学療法もしくは放射線療法(症例によっては後腹膜リンパ節郭清術も)を行う場合には、合併症として妊孕性の低下に関するインフォームドコンセントを行ない、精子保存について説明することが推奨される。 |
解説
精巣腫瘍に対して、外科療法、化学療法、放射線療法など治療法の発展により、治療成績が改善する一方で長期生存が得られる患者にとっては、QOL も視野に入れた治療計画が重視されてきている。治療に伴う造精機能障害は妊孕性の低下につながり、治療後の QOL の低下につながる重要な因子と考えられる。旧ガイドラインから更新する点はわずかであり、大きな更新はないが精子凍結保存に関しては、2006 年の日本生殖医学会の「精子の凍結保存について」に関する倫理委員会報告(http://www.jsrm.or.jp)のみならず、日本癌治療学会も 2004 年に倫理委員会の見解を発表し、日本産婦人科学会も相次いで見解を発表しており、関心の高さが伺える。また、2006 年に ASCO(American Society Clinical Oncology)からも、生殖年齢にある男性に悪性腫瘍の治療を行う際には治療前の精子凍結保存が強く推奨されている1)。
精巣腫瘍患者においては、診断時に 50%以上の症例で造精機能の低下が見られる2)とされている。性腺機能については、実際に診断時(精巣摘除術前)に低テストステロン値を示す頻度を具体的に示した報告はない。精巣摘除術後に測定した各ホルモン値をベースラインとした長期のホルモン値の推移を検討した研究3)では、術後化学療法を施行した群(オッズ比 5.2、信頼区間 3.5-7.9)と放射線治療を施行した群(オッズ比 3.3、信頼区間 2.3-4.7)で、コントロール群より有意な低テストステロン値を示したとしている。若年の患者が多く、長期のフォローアップを念頭に置くと挙児希望などを確認した上で、将来的な性腺機能低下の可能性についてインフォームドコンセントを行い、精液検査および luteinizing hormone(LH)、follicle-stimulating hormone(FSH)、テストステロン等ホルモンの評価は最低限必要であろう。
精巣摘除術後の追加治療により生じる精子異常や性腺機能不全について、外科的治療として行われる後腹膜リンパ節郭清は、術後の逆行性射精が妊孕性に影響を与え、神経温存がなされない両側郭清を施行した場合は 90%以上で妊娠に至らないとされている4)。
精巣に対する放射線の飛散が不妊の原因となることについては、Howell ら5)は精巣への放射線の影響は 0.35~0.5 Gy までは可逆的だが 1.2 Gy 以上の照射で造精能は低下し、2.5 Gy 以上で永続的な低下を引き起こすとしている。
シスプラチンを含む化学療法は、一時的に無精子および精子減少を引き起こすとされているが、80%は 5 年以内に正常に戻るとされている6)。また Gospodaroeicz による報告7)でも標準化学療法後では 50%以上の症例に精子数の回復が認められるとしているが、妊孕性が回復しない場合もある。また、精子数が回復しても、精子の質は治療後に落ちるという報告8-10)があり、さらに Jensen ら11)は治療による DNA の質の低下を危惧し、治療開始前の精子の保存を推奨している。治療中または治療後に精子を凍結保存した場合の妊孕性は不明であり、得られた挙児の奇形や悪性腫瘍発生の報告はないが、治療後に造精能が回復した精子で妊娠した場合の安全性も不明1)である。しかし、保存後の精子の状態に関して、Yogev ら12)は長期保存しても精子の質に問題はないとし、Wald ら13)も凍結精子の intracytoplasmic sperm injection(ICSI)の成績は新鮮精子を用いたものと遜色ないとしている。
精子凍結保存を行っている施設の治療成績については、国内外問わず多く報告14-18)されているが、いずれも共通しているのは利用する患者はより若く、独身で、子供のいない傾向があり、保存された精子が実際に使用された例は多くない。実際は、保存した精子を使用せずに妊娠している症例も多く見られる。Brydøy ら19) によれば、片側の精巣腫瘍患者 554 人において、治療後 15 年での凍結保存精子を使用しない挙児獲得率は 71%であったが、診断から第 1 児出産までの期間が中央値 6.6 年と長かった。保存精子を使用しなくても安全に妊娠は可能であるが、治療後の造精機能の回復などを考慮すると実際の妊娠に至るまでは長い期間を要する可能性がある。また、精巣腫瘍そのものが患者の得た児に及ぼす発癌リスクについては、スカンジナビアにおける小児癌患者の子孫における発癌リスクを調査した研究20)がある。小児癌生存者 14,652 人の子孫 5,847 人の発癌リスクを評価しており、網膜芽腫など遺伝性の癌を除いて、子孫における非遺伝性の癌のリスクは有意に上昇しないとしている。
以上の点からも必ずしも凍結された精子が利用されているわけではないが、旧ガイドラインと比較すると、治療前の精子保存を支持する研究および報告は増加している。実際に保存精子を使用しなくても、精子保存を治療前に行うことで、治療後の妊孕性のみならず患者の治療に対する意欲を向上させるとも考えられている21)。低い利用率やコストの点など議論の余地は残されているが、生殖年齢にある男性に治療を行う際には治療前に精子凍結保存に関するインフォームドコンセントを行い、精子凍結保存についての希望を確認すべきである。また、精巣腫瘍患者は診断時に約 2 割が無精子症との報告22)があり、精子の著しい減少を認める場合や両側精巣腫瘍の場合などは、TESE(testicular sperm extraction)を行うことで、精子を採取できる可能性もある。精巣腫瘍患者 14 例中 6 例で、精巣から精子を採取できたとする Schrader ら23)の報告などがある。
文献
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