(旧版)ED診療ガイドライン 2012年版

 
8 治療

4 薬物療法

ホスホジエステラーゼ5 阻害薬
〔phosphodiesterase 5(PDE5)阻害薬〕

日本では3 剤が使用可能であり,3 剤ともに国内外で十分な有効性・安全性のデータが報告されており,第一選択の治療法である。
〔推奨グレードA〕
硝酸薬/NO供与薬は併用禁忌である。
〔推奨グレードD〕
初期治療の失敗の多くは不適切な服薬指導にあり,再教育で半数は反応する。
〔推奨グレードB〕
インターネットなどを通じて入手した薬剤は品質の面で問題があるばかりでなく,死亡例もあることから危険である。
〔推奨グレードD〕
PDE5は一酸化窒素(nitric oxide: NO)の細胞内セカンドメッセンジャーであるcyclic GMP(cGMP)を分解する酵素であり,陰茎海綿体に豊富に存在する。PDE5阻害薬は,PDE5の作用を競合的に阻害し,陰茎海綿体平滑筋細胞内のcGMP 濃度を高めることで,性的刺激に反応して起こる陰茎海綿体平滑筋の弛緩に由来する勃起を促進する。
現在,わが国では,シルデナフィル,バルデナフィル,タダラフィルの3薬剤が処方可能である(表8参照)。

a.シルデナフィル(バイアグラ®)〔推奨グレードA〕

世界で最初に臨床応用されたPDE5阻害薬である。内服後30〜60分で効果を発揮する22)。11件のRCT を検討した論文23)によれば,3,000名以上のデータが集積され,GAQ(Global Assessment Question:「この治療により,あなたの勃起は改善しましたか?」)による評価では,12週の試験期間で“ハイ”と答えたものがシルデナフィル群で76%(プラセボ群22%)の有効率であった。
安全性の面に関して,心血管イベントは,プラセボとの二重盲検試験(シルデナフィル群6,896名,プラセボ群5,054名)とオープンラベルの試験(10,859名)とを合計した結果,心筋梗塞の発生率は,シルデナフィル群0.58/100患者・年,プラセボ群0.95/100患者・年と有意差がなかった。また総死亡率も,それぞれ0.37/100患者・年,0.53/100患者・年と有意差がなかった24)
わが国での臨床試験でも海外と同等の有効性と安全性を示し,1999年3月に日本ではじめてのED治療薬として発売された。わが国での臨床試験は,1997年2月〜1998年1月に29施設でプラセボ群64名,25mg群65名,50mg群60名,100 mg群67名に試験を行い,改善率はプラセボ群15%,25mg群58.3%,50mg群72.4%,100mg群(未承認用量)72.3% で,副作用は,頭痛(プラセボ群2名,25mg群4名,50mg群10名,100mg群6名),ほてり(プラセボ群2名,25mg群3名,50mg群12名,100mg群10名),視覚異常(プラセボ群0名,25mg群0名,50mg群2名,100mg群9名)で重篤なものはなかった25)。日本では100 mg は認可されていないが,日本を除く世界では認可されている。

b.バルデナフィル(レビトラ®)〔推奨グレードA〕

内服後30分で効果を発揮する26)。9つのRCT を検討した論文27)によれば,4,286名のデータが集積され,勃起の改善をプライマリーエンドポイントとして,12週の試験期間で,バルデナフィル群69%,プラセボ群26% であった(p<0.00001)。2年間の長期試験28)では,479名のうち90〜92% がGAQ に対して“ハイ”と答えている。この長期試験では心血管イベントは発生しなかった。
わが国での臨床試験でも海外と同等の有効性と安全性を示し,2004年6月に発売された。日本での臨床試験の成績は,ED患者283名を対象にバルデナフィル5 mg,10 mg,20 mg またはプラセボを性交の1時間前に経口投与し12週間で評価した。挿入の成功率は,プラセボ群33.4%,5mg群63.5%,10mg群78.5%,20mg群79.3%,総合効果(改善率)は,プラセボ群35%,5mg群73%,10mg群85%,20 mg群86% であった。主な副作用発現率は,常用量の10 mg では,ほてり29.3%,頭痛12.0%,鼻炎6.7%,心悸亢進5.3% で重篤なものはなく,視覚異常はなかった29)
また,わが国での難治性のED患者においてバルデナフィル20 mg と10 mg とで比較検討した研究がある30)。すべての有効性の評価項目でバルデナフィル10mg群および20mg群は,プラセボ群に対して有意に優れていた。さらに,20mg群と10mg群の間にも主要評価項目のIIEF の勃起機能ドメインスコアで有意差を認め,本薬10 mg に対する20 mg の優越性が示された。10 mg 投与群の患者は,すべての性交の試みのうち72.7% の試みで挿入に成功し,57.8% の試みで勃起を維持できたが,20 mg 投与群の患者ではこれらの率はさらに高く,78.0% の試みで挿入に成功し,63.3% の試みで勃起を維持することができた(p<0.05)。副作用は10mg群22.3%,20mg群24.2%,プラセボ群6.6% と本薬群間に差はなかった。主なものは,ほてり,頭痛,動悸,鼻閉であり,いずれも軽度で一過性であった。

c.タダラフィル(シアリス®)〔推奨グレードA〕

内服後30分から効果を発揮し,36時間持続する31)。この長時間持続する効果が,この薬剤と前2剤との大きな違いである。また,本薬剤はPDE11にも阻害作用を有しているのが特徴である。そのPDE11は主に前立腺,精巣,骨格筋に存在するが,それを阻害することによる影響はよく解明されてはいない。5つのRCT をまとめた論文32)によると,軽度・中等度EDの1,112名のデータでは,41〜81% の患者が勃起の改善を認め(プラセボは35%),しかも内服後30分から36時間の間で性交機会の73〜80% で性交に成功している。
本薬剤に特徴的な副作用は背部痛であり,5% に発生している。心血管イベントに関しては,プラセボとの二重盲検試験およびオープン試験(タダラフィル群12,487名,プラセボ群2,047名)を合計して検討した論文がある33)。それによると,心血管イベントの発生率は,タダラフィル群0.40/100患者・年,プラセボ群0.48/100患者・年と差がなかった。
わが国での臨床試験でも海外と同等の有効性と安全性を示し,2007年9月に発売された。日本での臨床試験の成績はED患者343名をプラセボ群,タダラフィル錠5mg群,10mg群,20mg群に割り付け,有効性および安全性について検討した34)。有効性については,IIEF における勃起機能ドメインスコア,および患者日記中の性交に関する質問(Sexual Encounter Profile: SEP)の質問2(「パートナーの膣への挿入ができましたか?」),質問3(「勃起は十分に持続し,性交渉に成功しましたか?」)に対し“ハイ”と回答した割合のベースラインからの変化量で評価した。結果は,すべての評価項目において,タダラフィル5 mg,10 mg,20 mg すべての用量でプラセボと比較して有意な改善を認め,日本人ED患者におけるタダラフィルの有効性が証明された。重度ED患者における部分集団解析においては,IIEF,SEP の質問2,3のいずれの変化量も用量依存的な改善が認められ,20mg群で最も大きな改善であった。国内臨床試験でタダラフィル錠を投与した257名における主な副作用は頭痛29名(11.3%),ほてり22名(8.6%),消化不良6名(2.3%)などであり,ほとんどの事象が軽度から中等度であった。

d.PDE5阻害薬に反応しない患者への対応

まず,患者が正規の薬剤を使っていたことを確認する必要がある。非常に大きなPDE5阻害薬の『闇市場』が存在し,インターネットで購入できるPDE5阻害薬の半分以上が偽造薬である(「h.偽造PDE5阻害薬」参照)。
一般医からシルデナフィル無効例として紹介された患者236名を検討した研究35)によれば,ビデオや教材を使用して再教育した結果,98名(41.5%)が有効となった。初期治療の失敗の原因は,不適切な服用方法(油っこい食事後の服用,性的刺激をしていない,内服のタイミング間違い,数回しか試さなかった,など)が81% を占めた。その後,3剤すべてで同様の報告36-40)が相次ぎ,初期失敗例の救済率は41.5〜59% となっている。
また,ヨーロッパ泌尿器科学会のガイドライン41)では,PDE5阻害薬に反応しない患者には,テストステロンの採血をして低テストステロン血症を調べることを勧めている。

e.副作用,併用禁忌,併用注意

副作用を表9に示した。その多くはPDE5(頭痛,ほてり,消化不良,鼻閉など),6(眼症状)および11に対する阻害作用に基づくと思われる。いずれも軽度で,一過性である。
持続勃起症は,シルデナフィルで数名42),タダラフィルで1名43)報告がある。きわめてまれな副作用ではあるが,4時間以上勃起が持続する場合には,すぐに治療する必要がある(「持続勃起症」項参照)。
硝酸薬はNO ドナーであり,PDE5阻害薬が存在すると,全身の血管を拡張させ,顕著な血圧低下をもたらすため,併用禁忌である44)。ただし,硝酸薬が中止可能かを検討した研究45)によると,硝酸薬を使用もしくは常備していて,PDE5阻害薬による治療を希望した248名のED患者の主治医に硝酸薬の中止の可能性を打診したところ,236名(95.7%)の主治医から回答が寄せられ,42% で中止可能と答えている。したがって,硝酸薬を使用もしくは常備している患者に関しては,中止可能かどうかを検討することは意味がある。
併用注意薬に関しては,表10に記した。

f.NAION

NAION(non-arteritic anterior ischemic optic neuropathy: 非動脈炎性前部虚血性視神経症)は,突然の無痛性の視野欠損(多くは片側)を症状とする原因不明の視神経症である。起床時に発症に気づくことが多いとされる。眼底所見では視神経乳頭浮腫の所見が認められる。2005年くらいからPDE5阻害薬の副作用として報告されはじめた46)
米国でのNAION の疫学調査によれば,50歳以上の白人で年間2.3〜10.2名/10万名の発症率とされる。したがって,年間1,500〜5,000名の新規発症があると推定されている。有効な治療法は存在せず,予防法も存在しない。治療の目標は患側眼の病変の拡大の防止と健側眼を守ることになる47)
NAION の発症とPDE5阻害薬との関連に関しては,NAION とEDはそのリスクファクターを共有しているので(加齢,糖尿病,高血圧,心疾患,脂質異常症,など),偶然の産物であると述べている総説46)もあるが,再現性のある症例報告もあり関連は不明である。
なお,わが国ではNAION の疫学調査は行われておらず,発生率は不明である。医薬品医療機器総合機構(PMDA)のホームページで検索したが,いずれのPDE5阻害薬に関してもNAION の報告はいまだにない48)。視野の異常を患者が訴えた場合には,PDE5阻害薬の服用をただちに中止し,眼科医を受診させるべきである。

g.突発性難聴

北米,ヨーロッパとオーストラリアの医薬品監視機構のデータと論文を分析したレビュー49)によれば,PDE5阻害薬使用と突発性難聴の関連が疑われる47名が報告されており,平均年齢は56.6歳,88% が片側性で左右同数,PDE5阻害薬内服後24時間以内の発症が66.7% であった。
FDA の市販後調査のデータを解析したレビュー50)によれば,25症例が報告されている。時間経過がわかっている17名中15名(88%)がPDE5阻害薬使用後24時間以内に発症している。全症例中8名(32%)がめまいを発症時に自覚している。96% が片側性。5名(20%)が完全に聴力を回復し,3名(12%)が部分回復した。機序としてはcGMP の上昇と関連していると考えられている。
わが国に関しては,PMDA のホームページで検索したが,いずれのPDE5阻害薬に関しても突発性難聴の報告はいまだにない48)。聴覚の異常を患者が訴えた場合には,PDE5阻害薬の服用をただちに中止し,耳鼻科医を受診させるべきである。

h.偽造PDE5阻害薬

ウェブサイトを通じて購入されたPDE5阻害薬のなかには偽造薬が含まれていることが知られている。偽造PDE5阻害薬には,分析の結果から表示通りの薬効成分が含まれないもの(表示の0〜200%),汚染物質または不純物(タルカムパウダー,塗料,印刷用インクなど),健康被害をもたらす薬物(アンフェタミン,カフェイン,抗寄生虫薬のメトロニダゾールなど)を含有するものが報告されている51)。含有する血糖降下薬,グリベンクラミドのために重篤な低血糖発作をきたした症例も報告されている52)。2008年8月〜2009年4月の間に日本とタイにおいてウェブサイトを通じて入手されたPDE5阻害薬3剤について解析を行ったところ,偽造薬の占める頻度が日本では43.6%,タイでは67.8% であった53)。偽造薬は安全性と効果について正当な評価がされておらず,患者への危険が懸念される。また,個人輸入した医薬品が安心して服用できるものか見分けることはきわめて困難であり,健康被害を受ける危険を否定できないことから,偽造薬剤の危険性を説いて患者を守る必要がある。
① 偽造バイアグラの成分分析

有効成分であるシルデナフィルクエン酸塩を約50% 多く含んでいるものや,約40% 少ないものが含まれていた。赤外線吸収スペクトルにより成分分析した結果,異なるスペクトルパターンを示し,化合物の分子構造は真正品と一致しなかった。また,偽造品であっても外見上は区別がつかず,真正品と直接比較すると,フィルムコーティングの色味が異なり,錠剤の厚みはやや厚かった。
② 偽造レビトラの成分分析

有効成分であるバルデナフィル塩酸塩水和物を含んだものはなかった。
③ 偽造シアリスの成分分析

まったく同じ成分を含むものはなく,エフェドリンや不明な物質の含有など,偽造品の成分や品質には大きく差があることが判明した。また,シアリス® の偽造品でありながら,有効成分であるタダラフィルをまったく含まず,シルデナフィルクエン酸塩のみを含有するものもあった。
また,今回入手した偽造品の一部と真正品とを比較したが,偽造品の多くは外観で識別することはきわめて困難であった(図7)。
現在までに日本を含む世界約60カ国で偽造バイアグラが発見されており,レビトラ®,シアリス® も同様に偽造医薬品の流通が認められている。偽造医薬品の製造現場の実態は不衛生で,流通経路での品質管理にも問題がある。偽造ED治療薬は品質管理されていないアパートの一室などでボトルに詰められたり,適当なポリ袋などにバラで入った状態で郵送される。米国の住所から送られてきたとしてもそれが真正品であるとは言い切れない。また,偽造品のルートとして,サーバー所在国と製品発送国は一致しなかった。つまり,サーバー所在国,製品発送国,支払い国から真正品と偽造医薬品を見分けることは不可能である。今回,サーバー所在国と製品発送国が日本や米国の場合でも,偽造品が含まれていたことからこれらを指標にインターネットで購入しても安心できないのが実態である。
さらに,偽造医薬品は真正品にきわめて類似した色・形状を有するものもあり,真正品と直接比較しなければ,偽造品と判別するのが困難な場合もある。インターネット上では,偽造品であっても,「本物である」,または「海外で製造されたジェネリック医薬品である」と欺いて販売されているので,警戒が必要である。
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