(旧版)ED診療ガイドライン 2012年版
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EDと心血管疾患
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心血管系のリスクがある患者の管理
1)性行為に関する心血管反応
性行為中の心血管反応は軽度から中程度の身体的負荷と性的興奮から生じる。過去にさまざまな研究がなされており(表5)18-23),男性上位の性行為の場合は平均3.3METs(4-6 注釈,表6)といわれている19)。ただし,これらのデータは長年連れ添ったカップルから得られたデータであり,はじめての相手や婚外性交の場合は興奮度が増し,不安感や,アルコールや飲食,後ろめたさなどが重なって心拍数などが上昇する可能性がある24)。心臓の予備機能を推測するには負荷心電図(運動負荷テスト)が有効である24)。Drory らが88名の虚血性心疾患患者で検討したところ,運動負荷テストが陰性の患者は性交中にも心電図変化はなかったが,運動負荷テストが陽性の患者の50% に性交中にも心電図変化を認めた23)。
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2)性行為自体のもつ心血管事故のリスク
そもそも性的活動度と死亡リスクは負の相関関係にあるとされる。Duke 1st Longitudinal Study of Aging25)では,調査開始時の年齢が60〜94歳(平均70歳)であった270名の男女を25年間フォローした結果,性行為の回数は男性の長寿と有意に相関していた。逆に,スウェーデンで70歳の結婚している男性128名を5年間フォローした研究26)では,早く性行為を止めてしまうと死亡リスクが上昇した。さらに,ウェールズのコホート研究27)では45〜59歳の918名の男性を10年間フォローした結果,性交回数の多い男性に比べて性交回数の少ない男性のほうが有意に死亡リスクが高かった。しかし,一部の患者では少ないとはいえ性行為が心筋梗塞のトリガーとなりうる。Myocardial Infarction Onset Study(MIOS)28)において,心筋梗塞発症時に性的に活動的であった858名のうち,3% が性行為後2時間以内に心筋梗塞を発症していたが,他の因子を調整すると性行為は心筋梗塞の0.9% に関与しているとされる。この研究でさらに明らかになったことは,性行為後2時間経過するとリスクの上昇はないこと,日頃から運動をしている人のリスクは低いということである。
Framingham リスクポイントスコアによれば心筋梗塞の絶対リスクは,50歳の非喫煙・非糖尿病男性の場合1年間で1% であるので,上記MIOS のデータを適用すれば,週1回の性行為はそれを1.01% に増加させる。同じ条件の男性で,心筋梗塞の既往のある患者ではそれが1.1% に増加する29)。しかし,これらのデータは日本に比べて,心筋梗塞の発症率もそれによる死亡率も5倍高い欧米のデータであり30),日本人男性の場合リスクはずっと小さくなることが予想される。
性交死(いわゆる腹上死)が行政解剖の対象となる突然死のなかに占める割合は,古い日本のデータ(昭和30年代)31)では0.6%(34/ 5,559),ドイツでの1972〜1998年の27年間のデータ32)では0.18%(48/26,901)であり,きわめてまれである。性交死のなかで婚外性交の割合は,日本では75%,ドイツでも75% であり,男性の割合は,日本では82%(高齢男性と若い女性のカップルで,自宅外での発症が多かった),ドイツでは94% であった。
3)心筋梗塞後のED
心筋梗塞後の患者がかかえる問題として,不安とパートナーの過剰反応,PDE5阻害薬の心血管安全性への危惧,正常な興奮過程(脈/呼吸数の増加)を心臓の症状ととらえる,などがあげられており,リハビリテーションの過程で正しい情報を与えることが求められている33)。4)プリンストン・コンセンサス・パネル
このように,EDと心血管疾患との間には密接な関連があることから,1999年と2004年に主に循環器と泌尿器科の専門家がプリンストン大学に集まり,勧告(プリンストン・コンセンサス・パネル)を発表した(図3)34)。性行為に対する心疾患リスクを層別化し,それに従って評価,管理し,6カ月を目安に定期的にこれらの評価を繰り返すことが推奨されている。
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