(旧版)線維筋痛症診療ガイドライン 2011
5章 治療
1.治療総論
1.治療総論
1.線維筋痛症の治療1〜7)
1)筋骨格外症状 | |
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各診療科にまたがる多彩な症状は特徴的に躯幹部の圧痛点に始まりあらゆる種類の痛みに加え,うつ病などの精神障害症状や過敏性大腸炎,口内炎,胃腸炎,膀胱炎,シェーグレン症候群に類似したドライアイ,ドライマウス,末梢神経炎と思わせる手足のしびれなど多発性の腱付着部炎の臨床症状と類似した圧痛点を示すケースも多い。進行例の約半数には様々ないわゆる筋骨格外症状をみることが多いが,その病態の把握にはかなりの臨床経験が必要とされる。さらに,こういった症状のほかに最も多いのが睡眠障害で,筆者らの自験例でも9割以上の患者に何らかの型の睡眠障害が認められ,入眠障害,中途覚醒,熟眠障害などあらゆるタイプの睡眠障害を訴えてくる。この睡眠障害は疼痛に起因することが多く,また,逆に重要な疼痛の増悪因子である。 |
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線維筋痛症(FM)では主として疼痛による不眠が主な問題点となる。とりわけ,同じ体位で就寝していると自分の体重で疼痛が生じ,中途覚醒するという特徴的なパターンを示す。痛みから睡眠障害を呈するのか,睡眠障害から痛みが出現するかは現時点では不明であるが,この双方が悪循環を繰り返していることは明らかである。すなわち,睡眠障害と痛みは密接に関係しており,この睡眠障害がストレスとなり,さらに次の新しい「痛み」を誘発し,症状が増悪するという悪循環をまねくことが多い。したがって後述するが,治療の上でも睡眠障害等に代表されるメンタルケアも重要である。 |
2)精神神経症状 | |
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ついで不眠とともに最も多いのが,うつ状態のパターンである。中高年の女性が多いこともあり,多くの場合うつ状態が長期化し,うつ状態なのか真のうつ病なのかの鑑別は精神科医でも困難であることが多いと言われる。特に職場や家庭での人間関係のストレスの集積,離婚や近親者との死別などは,疼痛発症のトリガーに心因性要因が加味される場合に多くみられる。また精神科領域では,原因不明の慢性の疼痛は身体表現性障害や疼痛性障害などの範疇に含まれるため,よりいっそう診断は混沌としてくる。線維筋痛症を専門に扱っている側からみると,原因不明の慢性疼痛に加え多彩な筋骨格外障害が慢性化するため,患者は絶えず不眠に加え,不安感と焦燥感に苛まれる。そういった不安感や焦燥感により症状の増悪を引き起こしているのではないかと思われる。一方,線維筋痛症患者に共通している性格特有のパターンがあり,一種の完璧さを自他共に要求したり,いわゆる几帳面に物事を行おうとするなど特有のものもあるが,これが本症の発症とどのように関連しているのかは不明である。 |
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多くの場合,本症に伴う精神症状は「疼痛」の軽減とともに速やかに改善されることが多い。この事実は原因不明の「痛み」が本症の「主因」であり,他の精神症状は「痛み」によってもたらされる副症状である可能性が高い。このように線維筋痛症の診断は単に「痛み」の情報だけでなく多彩な臨床症状の把握が必要である。 |
3)治療の方向性 | |
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以上のような線維筋痛症の多彩な症状を,多くの患者の副症状を加味した病態に基づいて次のような 3 つのカテゴリー(図1)に分けると症状が把握しやすいと考え,これに基づいて一定の治療方針を提唱している8)。この案を裏付けるいわゆるエビデンスについては,厚生労働省研究班会議等では発表しているが,論文等については,現在作成中である。第一には筋緊張亢進型であり,全身の骨格筋を中心に激しい痛みや体動の困難さを訴える。この患者の多くは筋力の肥大を認め,いわゆるStiff person syndromeに酷似する(図2)。 |
![]() 図1 ![]() |
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![]() 図2 ![]() |
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第二に筋付着部炎型がある。これは精神症状のほとんどないケースか,あっても軽微であり多くの症例で発症のトリガーが外傷やリウマチ性疾患などに起因する場合である。たとえば,抜歯後,脊髄手術後,透析導入などを引き金として発症したケースである。診断の目安としては,18箇所の圧痛点に加え,筋肉痛や圧痛点などの身体症状が優位なポイントであり,いわゆる腱付着部炎としてアキレス腱付着部位や胸鎖関節や膝内外側副靱帯付着部に疼痛を認める(図3)。また,2010年にACRから発表された予備診断基準(図4)に照らし合わせてみると,WPIのポイントがSSのポイントより3倍以上高い傾向がうかがえる。この場合,非ステロイド系抗炎症鎮痛薬(NSAIDs)や抗リウマチ薬のサラゾスルファピリジン*などの投与が効果的である。また,付着部炎,仙腸関節炎,リウマチ反応陰性脊椎関節炎様(SNSA)およびその症状が末端の手指や足趾などに及ぶ症例もかなりの頻度で多い。これらにも基本的治療として,抗リウマチ薬のサラゾスルファピリジン*やステロイド*にガバペンチン*やプレガバリン*を併用すると効果的である。この症状に加え全身の筋肉痛や睡眠障害がある場合にはガバペンチンやプレガバリン等の抗てんかん薬,慢性疼痛阻害薬を中心とした治療計画が筆者の経験上効果的である。 |
![]() 図3 ![]() ![]() 図4 ![]() |
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(西岡久寿樹 ACR2010診断基準チェック票を日本人向けに一部改変)
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第三のアプローチは心因的要因から線維筋痛症の症状が出現するうつ型のケースである(図5)。一般的に典型的な疼痛がみられるケースではその診断までにかなり長い経過をたどったケースが多い。この場合にもガバペンチンやプレガバリンで疼痛の軽減を試み,抗うつ薬や抗不安薬,抗痙攣薬などを投与する。うつ型ではミルナシプラン*やデュロキセチン*に加えて抗不安薬による治療の導入も効果的な場合がある。 |
![]() 図5 ![]() |
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第四の場合はこれらの重複型(図6)であり,ガバペンチン,プレガバリン,サラゾスルファピリジン,ミルナシプランなどを中心にそれぞれの症状の「重み」,また患者にとって何が最大のQOL低下要因かなどによって種々の治療を使いわける。 |
![]() 図6 ![]() |
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原因不明の激しい疼痛性疾患である線維筋痛症の患者に対して,患者の心理的社会的背景を十分に考慮し,全人的視点からの対応が今まさに必要であることを強調したい。一方,治療や診断を進めていく上で絶えず保険適応が問題となる。すなわち,線維筋痛症に伴う副症状に対して検査や治療費の保険適応は当然認められるべきであり,このことに対して診療報酬を請求することは今のところ問題はないとの見解は厚生労働省の該当委員会でも受け入れられている。もしこれが受け入れられなければ,混合診療が認められていない現状での線維筋痛症診療はすべて自費で行わなければならないという非常に不合理な状況が発生する。 |
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近年,米国で線維筋痛症薬として抗てんかん薬のプレガバリンが認可された。本邦では線維筋痛症という単一の病名に対しては治験中であり,未承認治療薬であるが,前述したように神経因性疼痛や末梢神経障害による疼痛治療薬として線維筋痛症に用いることは医学的にも保険診療上でも問題ないと考えられる(表1,図7)。一方,副作用として,プレガバリンを用いると空腹感が著しく増加する。このため,肥満,糖脂質代謝異常については厳重に管理する必要がある。また,ガバペンチン同様,本剤服用患者は車の運転,細かい作業の仕事などは行わないように指導することが大切である(図8)。 |
表1 ![]() ![]() ![]() 図7 ![]() ![]() 図8 ![]() |
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本疾患でも病態の研究や必要な方針の確立に向けて,最近優れた臨床研究がなされ,前述したプレガバリンやミルナシプラン5),デュロキセチン6)の臨床的効果が動物モデルで確認されている。ガバペンチンは本来抗てんかん薬として用いられていたが,数年前,線維筋痛症への有効性が確認された2)。なお,いずれも米国における臨床研究ではエビデンスレベルの高い成績が認められている(図9〜11)。繰り返すようであるが,日本ではプレガバリン以外はあくまでも副症状に対する対症療法として保険適応がなされている。多くの薬剤は線維筋痛症治療の主となる疼痛抑制に著効を示している例が多いが,その保険使用に対する申請は事前に支払側とよく相談し,保険診療を承諾して頂く以外にはない。 |
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図9 ![]() |
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![]() 図10 ![]() |
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![]() 図11 ![]() |