(旧版)線維筋痛症診療ガイドライン 2011
4章 鑑別診断
3.線維筋痛症と心療内科的疾患(心身症,ストレス関連疾患)の合併
3.線維筋痛症と心療内科的疾患(心身症,ストレス関連疾患)の合併
4.発症・経過に関与する心身医学的要因の評価
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線維筋痛症患者が有する心療内科的疾患の多くは心身症の様相を呈するので,その発症,経過にまつわる心理社会的ストレス要因の検討が重要である21,22)。そのためには病歴や既往歴,家族歴について詳細な問診を行い,常に心身相関を考慮しながら診断,鑑別をする必要がある。 |
1)発症・経過に影響する心理社会的ストレスエピソード | |
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線維筋痛症発症の時期に一致したストレスのエピソードが認められ,患者の多くはそれを認識,自覚しているものである22)。その際に体験した精神的葛藤や不安,緊張などの心理状態が発症・経過に大きな影響を与え,逆にこれらの心理的問題が解決すると症状が改善することが認められれば「心身相関」が実証される。先入感や偏見にとらわれないよう注意しながら,この「心身相関」を評価する姿勢が必要である。 |
①発症時の心理・社会・生活的背景 | |
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仕事,学業,対人関係,経済状況などにどのような心理的体験をしていたか,その原因は何か,を聴取する。仕事,学業,生活上のトラブル,葛藤などの蓄積,未解決問題の持ち越しなどのエピソードが重要である。 |
②生育歴にみるストレス要因,親子関係,人間関係 | |
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親の育児態度,育児理念などによる生育上のストレス要因。離婚,死別などによる親子の分離,喪失体験。虐待,ネグレクトなどによる心理的外傷体験を聴取して関連を探る。 |
③事故,外傷,手術,出産,疲弊,過剰な運動などの身体的負荷 | |
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筋肉系への過剰な負担,外傷,炎症などが発症の誘引になる。過去の過剰な運動(over training),感染症のエピソードも重要な情報である。大切なのはこのような身体的負荷を受けた時期に十分な休養やリラクセーションが図られなかったストレス状況が問題である。 |
④不安,緊張,うつ,破局性などの精神的負荷 | |
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不安,緊張,抑うつを生じやすい性格・行動特性を有していないか,このような心理状態を惹起する生活上のエピソードを有していないか,破局的な思考などに陥っていないか,などを検索する23)。線維筋痛症と精神疾患とのcomorbidityも論じられている24,25)。 |
⑤遺伝的負荷 | |
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親や近親の既往歴の中に各種心身症,線維筋痛症の家族歴があると遺伝的負荷も考慮する必要がある。遺伝的負荷は生物学的発症要因にもなるが,家族の感情生活,ライフスタイルの形成にも影響を与え心理社会的ストレス要因にもなる。 |
2)行動・ライフスタイルの特徴 | |
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行動医学的な側面からライフスタイル,生活習慣の歪みに注目して線維筋痛症の発症要因,病態の修飾要因となる行動特性に注目する。 |
①就業上の行動特性 | |
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過剰な残業や休日出勤,ノルマ達成への強い欲求,疲労を押して無理を重ねる,などの就業態度が認められる。 |
②休養,休息の取り方 | |
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休養や余暇をとらずに働き続ける,睡眠や食事を犠牲にする,など心身に負荷をかけ肉体的疲弊状態に陥りやすい行動特性がみられる。 |
③運動不足・過多,低活動・過活動 | |
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運動や余暇にもノルマを課す,過剰な運動をして筋肉を傷める,逆に何かに熱中するあまり運動不足,低活動に陥る。 |
④家事,生活形態 | |
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過剰な几帳面さで完璧に家事をこなそうとする,すきのない生活を送ろうとする。家族,近所づきあいに気を配りすぎる。 |
3)性格傾向の特徴 | |
①問診,面接で評価 | |
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線維筋痛症患者の性格傾向を評価する。問診や面接によって態度,口調,しぐさなどを観察し強迫,完全性,執着性,自己犠牲,攻撃性,几帳面さ,不安傾向,抑うつ傾向などの心理性格的特性の有無,程度をみる。真面目,模範的,頑張り屋,自己抑制的,自己犠牲的,他人の評価・思惑を気にする,周囲の期待に応えようと努力するなどの「過剰適応」,生の感情を出さず自然の欲求を抑え自己犠牲的に振舞う「自己抑制」が問題になることもある22)。 |
②心理性格テストなどによる性格特性,心理的ストレスの評価 | |
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様々な心理テストがあるが,自己記入式のテストが採点も容易で使いやすい。 |
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例)CMI(コーネル医学指標)による全身臓器の症状や神経症傾向の調査,パーソナリティインベントリーやエゴグラムによる性格傾向の評価,SDS(抑うつ尺度)による抑うつ度,MAS(顕在性不安尺度)やSTAI(状態・特性不安検査)による不安度の客観的な評価を行う。 |
4)症状の悪化要因の検討 | |
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線維筋痛症患者の症状はしばしば以下の要因で変動する。 |
①天候・環境の変化 | |
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温度よりは気圧や湿度の変化に敏感で,季節の変わり目,降雨,台風などの気候変化に影響を受けて痛みや不定愁訴が増強する。また住居環境,就業環境の変化にも影響を受けて症状が変動する。 |
②過労,睡眠不足,運動 | |
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些細な筋肉運動,負荷だけで痛みが増悪する傾向があり,筋肉をねじるような回転運動や筋肉を伸ばすストレッチなどで急激に悪化することがある26,27)。また娯楽,家事や運動にもノルマを課して休まずに動き続ける,頑張り続ける,などの行動特性が見られる。たとえ楽しい娯楽や旅行でも過労が重なると,後になって痛みが増強して,寝込むなどの反動も大きい。 |
③感情と痛み | |
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心理的葛藤,フラストレーション,不適応状態,欲求不満状態などが疼痛を生じさせるプロセスが考えられている。その背景にある拒否感,怒り,恨み,悔やみ,不全感などの陰性感情に伴い痛みが増強するなど,痛みと感情との間に関連がある。 |
5)症状の改善要因の検討 | |
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どのようなときに症状の改善がみられたか,改善の要因となるエピソードを分析し検討する。 |
①服薬,理学療法,リハビリなどの治療状況 | |
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抗うつ薬・抗痙攣薬・抗不安薬などの組み合わせと服薬状況,温熱・低周波・マッサージなどの理学療法,関節可動域・運動能拡大のためのリハビリなどによる治療効果を検討する。 |
②生活様式,運動習慣の改善 | |
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どのような生活をして,どのような運動をするとリラクセーションが図られるか,痛みが軽減するか,行動範囲が拡大するか,などを検討する。近年は有酸素運動(aerobic exercise:AE)が線維筋痛症患者の運動療法として推奨されている。AEを実施することにより疼痛, 疲労感, 抑うつ気分が軽減され,QOLが改善し,physical fitnessが向上するという報告も多い28)。このAEは,水陸問わず,週2〜3回,少なくとも4週間継続するべきであり,プログラム終了後もエクササイズを継続することが肝要である。 |
③認知や行動の転換や積極的かかわり | |
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現在,非薬物療法の中で最もエビデンスレベル,推奨度とも高いのは認知行動療法である29)。痛み改善のための積極的取り組み,どのような考え方,どのような行動で痛みが軽減されるか,痛みを抱えながらできることは何か,などを検討する。人間関係の修復,状況の好転で,喜び,充実感,満足感,達成感などの陽性感情に満たされると痛みが軽減することも多い。 |