(旧版)線維筋痛症診療ガイドライン 2011
1章 今なぜ線維筋痛症ガイドラインが必要か
1.疾患概念 ─ 線維筋痛症(fibromyalgia:FM)とは
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線維筋痛症は,原因不明の全身の疼痛(wide-spread pain)を主症状とし,不眠,うつ病などの精神神経症状,過敏性大腸症候群,逆流性食道炎,過活動性膀胱炎などの自律神経系の症状を副症状とする病気である。近年,ドライアイ・ドライマウス,逆流性食道炎などの粘膜系の障害が高頻度に合併することがわかってきている。疼痛は,腱付着部炎や筋肉,関節などに及び四肢から身体全体に激しい疼痛が拡散し,この疼痛発症機序のひとつには下行性痛覚制御経路の障害があると考えられている。 |
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患者の年齢別分布について日本線維筋痛症学会関連施設のデータをもとに検討1,2)したところ,受診時に40代半ばが多くいわゆる働き盛りの女性に多いことが特徴であることがわかる(図1,2)。長期間にわたる激しい痛みのためQOLが著しく低下し,社会的に大きな問題をまねいているにもかかわらず,本邦では進行例が多いことやその臨床像の複雑さもあり,病態解明はもとより診療体制の整備が遅れている。患者はもとよりその家族,さらには医師をはじめ医療従事者にも本疾患に対する正しい情報が著しく欠落している。その要因は客観的な診断のマーカーが欠如している上,筋骨格系の疼痛以外の多彩な症状がどうしても従来のいわゆる疾患診断のアルゴリズムでは解明することができないことや自律神経系の機能異常を示唆する精神・神経面での症状が全面に出ている症例もかなりみられることにある。一方では障害年金,生活保護等に関する問題も多く発生しており,また,「疾病利得」を生じる症例や不登校児の中にも小児の線維筋痛症もかなり存在していることが明らかにされている。この中には,適切な診断や治療が行われないまま放置されている患者も多く,その社会的,経済的損失は計りしれないものがある。
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2009日本線維筋痛症学会診療ネットワーク患者調査より(第54回日本リウマチ学会, 第2回日本線維筋痛症学会発表,2010,東京) |
![]() 図2 ![]() |
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2009日本線維筋痛症学会診療ネットワーク患者調査より(第54回日本リウマチ学会, 第2回日本線維筋痛症学会発表,2010,東京) |
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諸外国においてもこの状況は類似しており,米国では1980年代に入ってから徐々に注目されはじめ,1990年に米国リウマチ学会が分類基準を策定した。近年,発展途上国を含めて国際的にも増加の一途にある。本邦でも,厚生労働省研究班の調査では全国では人口の1.66%に本症が存在している。推定では200万人以上の患者がおり,その80%を女性が占めていることがわかってきた。リウマチ専門医や,精神科領域あるいはペインクリニックで種々な治療方法へのアプローチが始まっている。しかし,決定的な治療方法はなく,基本的に疼痛を中心とする副症状に対する対症療法の域を出ない。一方で,病因,病態および疼痛の分子メカニズムについては,その研究が本邦でも独自の画期的な研究が開始されてきている。 |
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すなわち2003年から厚生労働省に,本邦患者の実態,病因解明の研究班が特別科学研究費をもとに構成され,2004年度からは筆者が研究班長をつとめていた同省の免疫アレルギー疾患予防・治療研究事業の一環として正式に研究班活動が開始され,さらに2008年度から独立した研究班として本疾患の研究班が構成され,多くの成果が集積されてきている。 |
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加えて2009年から日本線維筋痛症学会が発足し,ガイドラインも本年度から当学会が主となり発刊することになった。 |