(旧版)糖尿病患者に対する歯周治療ガイドライン

 
II.歯周治療と糖尿病


5.歯周外科治療
角1 角2
  CQ15:糖尿病患者の歯周外科治療後に,洗口剤を使用すると有効か?  
角3 角4

  • 推奨:非糖尿病の歯周病患者に対して,歯周外科治療後に洗口剤(0.2%もしくは0.12%グルコン酸クロルヘキシジン,CHX)を用いることは,術後のプラーク付着,歯肉炎症の抑制,感染予防に有効である(レベル2-~3)。
    ただし,日本においては,この濃度での使用は禁止されている。(日本の基準ではCHX原液濃度は0.05%未満であり,推奨グレードを決定することはできない。)


背景・目的
歯周外科治療後早期は,ブラッシングによる機械的プラーク除去ができないために,しばしば洗口剤による化学的プラークコントロールが行われることが多い。ADAでは以前よりクロルヘキシジン,リステリン®が認可されており,その臨床応用がなされてきた。
一方で近年,歯周炎はそれ自体にとどまらず,全身疾患への影響が非常に注目されており,近年増加する傾向にある糖尿病と歯周病の双方の関係についても,2006年のシステマティックレビューにまとめられている1)。それによると,糖尿病患者は健常者と比べ,同程度に歯周病に罹患しているものの,プラークコントロール,歯肉の炎症,プロービングポケットデプス,アタッチメントレベルの点で,有意に重症化していることが分かっており,糖尿病は歯周病を悪化する因子であるとされている(レベル2+)。
よって,これから糖尿病を有する歯周病患者の歯周外科治療の頻度は増加することが予想されるが,歯周外科治療後のプラークコントロールおよび創傷治癒過程は健常者以上のケアが必要であり,洗口剤の有効性について明確な指針が必要と思われる。

解説
今回の文献検索では,糖尿病患者において歯周外科治療後の洗口剤の投与の有効性について記載した論文自体は検索できなかった。
現在日本で発売されている洗口剤に含まれる薬用成分には,グルコン酸クロルヘキシジン(CHX),塩化セチルピリジニウム(CPC),塩化ベンゼトニウム(BTC),トリクロサン(TC),イソプロピルメチルフェノール(IPMP)がある。
その中で,洗口剤に関する論文は,CHXに関するものが大半を占めた。Essential oil(リステリン®)に関しても報告がある2)
歯周外科治療後の洗口剤の有効性については,さまざまな報告がなされている。とくにCHXに関しては,そのほかの洗口剤に比較しても,有意にプラーク付着性,歯肉の炎症の抑制に効果があることから,その有用性についてはエビデンス(レベル3)がある3),4),5)。CHXは陽イオン性化合物であり,負に帯電したバイオフィルムに吸着し殺菌効果を示し,機械的プラーク除去後,0.12%CHXでは約12時間持続するとされる6)。濃度に関しては,主に欧州では0.2%,アメリカでは0.12%洗口剤が使用されているが,日本の基準ではCHX原液濃度は0.05%未満であり,希釈して使用する際の濃度での効果は不明であり,推奨グレードを決定することはできない。
一方,術後の治癒(プロービングポケットデプス,アタッチメントレベル)に関しては,洗口剤使用の有無で,また洗口剤の種類によっても有意差はないとされる。術後の感染抑制効果に関する報告は,比較的大規模なlarge-scale retrospective studyによる報告がある7)。それによると,術後にCHX洗口剤使用群では,非使用群に比較し,有意に感染が低かった(1.89% vs. 3.27%)とある。
CHXの副作用としてまず考慮しなければならないのが,薬剤アレルギー,アナフィラキシーショックである。加えて,長期使用では歯や舌への着色8)や陰イオン性食品色素沈着9),味覚障害(塩味)10)などの副作用が報告されている。歯周外科治療後の比較的短期間の使用では,いちばん注意すべきはアレルギー反応と思われる。最近の報告は,2001年,2003年の歯周ポケット内イリゲーションに0.36%CHX希釈溶液を使用しアナフィラキシーショックを起こした事例11),ポケット内へのCHXゲルを投与した際のアレルギー反応を起こした事例12)があるが,洗口剤として使用した際の報告はない。CHX使用に際しては,術前にアレルギーに関する問診を十分に行い,用量,濃度,用法を厳守する必要がある。
以上より,歯周外科治療後の化学的プラークコントロールの目的として洗口剤(とくにCHX)を使うことは,糖尿病がコントロールされている患者に関しては,健常者同様有効性があるかもしれない。

文献検索ストラテジー
電子検索データベースとして,Medlineを検索した。Medlineに用いた検索ストラテジーは,“Periodontal Disease”[MeSH Terms] AND “Surgery”[MeSH Terms] OR “Surgery”[All Fields] AND “Mouthwashes”[MeSH Terms] OR “Mouthwashes”[All Fields] AND “Diabetes Mellitus”[MeSH Terms]であったが,以下のように該当する論文は検索できなかった。したがって,主要な情報として,健常者における歯周外科治療後の洗口剤使用の有無に関する比較研究を収集対象とした。また,その論文の参考文献リストについても内容の検討を行った。


seq. terms and strategy hits
#1 “Periodontal Diseases”[MeSH Terms] 52,385
#2 “Surgery”[MeSH Terms] OR “Surgery”[All Fields] 1,742,118
#3 “Mouthwashes”[MeSH Terms] OR “Mouthwashes”[All Fields] 8,607
#4 “Diabetes Mellitus”[MeSH Terms] 226,770
#5 #1 AND #2 10,641
#6 #1 AND #2 AND #3 154
#7 #1 AND #2 AND #4 70
#8 #1 AND #3 AND #4 7
#9 #2 AND #3 AND #4 0
#10 #1 AND #2 AND #3 AND #4 0
最終検索日2008年8月19日

参考文献
1) Khader YS, Dauod AS, El-Qaderi SS, Alkafajei A, Batayha WQ. Periodontal status of diabetics compared with nondiabetics: a meta-analysis. J Diabetes Complications. 2006;20(1):59-68.
2) Seymour R. Additional properties and uses of essential oils. J Clin Periodontol. 2003;30(Suppl 5):19-21.
3) Sanz M, Newman MG, Anderson L, Matoska W, Otomo-Corgel J, Saltini C. Clinical enhancement of post-periodontal surgical therapy by a 0.12% chlorhexidine gluconate mouthrinse. J Periodontol. 1989;60(10):570-6.
4) Westfelt E, Nyman S, Lindhe J, Socransky S. Use of chlorhexidine as a plaque control measure following surgical treatment of periodontal disease. J Clin Periodontol. 1983;10(1):22-36.
5) Newman PS, Addy M. Comparison of hypertonic saline and chlorhexidine mouthrinses after the inverse bevel flap procedure. J Periodontol. 1982;53(5):315-8.
6) Barnett ML. The rationale for the daily use of an antimicrobial mouthrinse. J Am Dent Assoc. 2006;137(Suppl):16S-21S.
7) Powell CA, Mealey BL, Deas DE, McDonnell HT, Moritz AJ. Post-surgical infections: prevalence associated with various periodontal surgical procedures. J Periodontol. 2005;76(3):329-33.
8) 吉沼直人,音琴淳一,藤川謙次,佐野裕士,伊藤公一,村井正大:Viadent(R)およびChlorhexidineのプラーク抑制効果.日歯周誌.1986;28:235-43.
9) Addy M, Moran J. Mechanism of Stain Formation on Teeth, in Particular Associated with metal ions and Antiseptics. Advances in Dent Res. 1995;9:450-6.
10) Lang NP, Catalanotto FA, Knopfli RU, Antczak AA. Quality-specific taste impairment following the application of chlorhexidine digluconate mouthrinses. J Clin Periodontol. 1988;15(1):43-8.
11) 厚生労働省医薬食品局.重要な副作用に関する情報─グルコン酸クロルヘキシジンを含有する製剤(口腔内適応を有する製剤).医薬品・医療用具等安全性情報.2004;197.
12) 木村利明,篠原久仁子,藤井 彰.消毒剤クロルヘキシジンの口腔粘膜への使用に対する安全性について.日本歯科評論.2002;721:151-6.


関係論文の構造化抄録
7)Powell CA, Mealey BL, Deas DE, McDonnell HT, Moritz AJ.
Post-surgical infections: prevalence associated with various periodontal surgical procedures.
J Periodontol. 2005;76(3):329-33.
歯周外科治療後の感染に関連する因子を検索する。
ザイン 非ランダム化比較試験。
アメリカの病院歯科。
395人患者,1,053例手術。
歯周外科治療(骨切除外科,FOP,ディスタルウェッジ手術,歯肉切除,歯根切除,GTR,インプラント,FGG,CTG,歯冠側移動術,上顎洞挙上術,歯槽提増大術)。
主要評価項目 Bone graft,membrane,soft tissue graft,術後のクロルヘキシジンの使用,抗菌薬の全身投与,歯周包帯の有無で術後の感染の比較。
*感染の定義:化膿を伴った腫脹の増加。
全体の感染は22/1,053例で2.09%。抗菌薬(術前後)投与群:8/281例=2.85%,非投与群:14/772例=1.81%。
術後にクロルヘキシジン洗口剤使用群(17/900例,1.89%)では,非使用群に比較し,有意に感染が低かった(5/153例,3.27%)。
歯周包帯群では非包帯群に比較し,感染率は少々高かった(2.67% vs. 1.86%)。
今回の結果より,歯周外科治療後の感染自体が少ないという過去の報告を確証するものとなった。歯周外科治療後の抗菌薬投与は術後感染予防にはあまり効果はなさそうである。
(レベル3)

3)Sanz M, Newman MG, Anderson L, Matoska W, Otomo-Corgel J, Saltini C.
Clinical enhancement of post-periodontal surgical therapy by a 0.12% chlorhexidine gluconate mouthrinse.
J Periodontol. 1989;60(10):570-6.
0.12%CHX洗口剤の歯周外科治療後の治癒効果について検討する。
ザイン ランダム化比較試験(全体で50例未満)。
スペインの開業歯科医院。
歯周基本治療が終了し,AAP class IIIに分類され,歯周外科予定の40例。
test群:N=17,control群:N=21,test群2例は除外したため,合計:38例。
computer-generated random listにより対象群を決定。
歯周外科治療後すべてのcaseにCoe-pack®を行い,6週間,15mLの0.12%CHX(test群),プラセボ(control群)で2回/日,30秒洗口する。
1週間後に抜糸,Coe-pack®は除去する。
主要評価項目 歯肉炎指数,PlI>2の割合,プロービングポケットデプス,アタッチメントレベル,軟組織治癒状態(上皮化),問診(疼痛),着色。
歯肉炎指数,PlI>2の割合は術前と術後4,6週。
着色は術前と6週。
それ以外の項目は術前,術後1,2,4,6週に評価。
0.12%CHX洗口群で,プラセボ群に比較し,以下が有意に減少した。
(1)術後1,2,4,6週後のプラーク付着(6週後,54.4%減少,P<0.05)
(2)PlI>2(4週後:92.7%,6週後:99.0%減少,P<0.01)
(3)歯肉炎指数(4週後,16.8%減少,P<0.05)
(4)歯肉炎指数>2(4週後:41.6%,6週後:40.0%減少,P<0.05)
CHX群で術後6週においてプラセボ群に比較し,歯面着色が有意に増加した(プラセボ:4.7%,CHX:47.1%,P=0.017)。プロービングポケットデプス,アタッチメントレベル,術後の上皮化に有意差はなかったが,0.12%CHX洗口群では上皮化が良好で,術後疼痛が少ない傾向にあった。
歯周外科治療後0.12%CHX洗口剤を使用することは,プラーク付着,歯肉炎症,出血を抑制し治癒促進効果があり,推奨される。
(レベル2-)


 
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