(旧版)糖尿病患者に対する歯周治療ガイドライン

 
II.歯周治療と糖尿病


5.歯周外科治療
角1 角2
  CQ12:抜歯や歯周外科治療,歯周基本治療の際に,ワーファリンの服用は中断すべきか?  
角3 角4

  • 推奨:ワーファリン服用患者に関しては,休薬によって生じる可能性のあるイベントのリスクは,服薬持続によって生じる観血的処置の際の出血のリスクを上回ると推定され(レベル2),抜歯や歯周外科治療などの際に休薬は行わないよう勧められる。(推奨度 グレードD)


背景・目的
糖尿病患者は,循環器系の疾患のハイリスクとなるため,血圧管理はより厳格に行われ,また塞栓予防のために抗凝固剤,抗血小板剤をしばしば服用している。わが国で最も頻用されている抗凝固剤がワーファリン(ワルファリンカリウム)であり,服用者においては,観血的処置後の出血の延長が生じることが知られている。抗凝固剤の投与を受けている患者の抜歯については,1957年にZifferら1)が抗凝固剤を継続服用している患者の抜歯を行ったところ術後の出血イベントをきたしたため,抜歯時における抗凝固剤の服用中止を推奨している。また,内視鏡治療の際や,消化管からの出血など,ワーファリン服用患者においては出血の偶発症が数多く報告されていることから,観血的な処置を行う際には,抗凝固剤の服用を中止したり,減量したりすることが治療のオプションの一つとして考えられてきた2)
しかし,1963年にMarshall3)は,抜歯前に抗凝固剤を休薬したところ,心筋梗塞をきたした症例を報告し,中止による塞栓症の危険性を強調している。ワーファリンは,中止時および再開時に血栓形成が亢進するリバウンド現象が報告されており2),抗凝固剤中止期間中の血栓症の発症報告がしばしばみられ,重篤な疾患へと進展した症例も報告されている。
このように,抗凝固剤の投与を受けている患者の口腔内小手術の際には,血栓症の防止のために抗凝固剤の服用を継続すべきとする意見と,術後の出血事象の回避のために抗凝固剤を減量・休薬すべきという相反する意見があり,抗凝固剤を服用している患者に対する抜歯,あるいは歯周外科などを実施する際の明確な指針が必要とされていた。

解説
ワーファリン服用患者は,観血的な歯科治療に際して,服用を継続しても,減量あるいは休薬しても,処置後の出血には大きな差異はない。ワーファリンの服用を持続した場合でも,たいていの後出血は適切に局所の処置を施すことにより止血が可能であるため,スケーリングはもちろん,抜歯や歯周外科治療などの観血的な処置の場合も,休薬を勧めるべきではない。このことは,すでに複数のランダム化比較試験でサポートされたエビデンス(レベル2)がある。
今回の文献検索では,口腔内の小手術の際のワーファリン服薬の維持もしくは休薬を行った際の,術後の出血などの偶発症に関して実施されたランダム化比較試験は2件抽出された。1件は,サウジアラビアの病院歯科において,抜歯を予定している抗凝固剤服用患者214名を4群(縫合なし+休薬,縫合なし+休薬せず,縫合+休薬,縫合+休薬せず)にランダムに割り付け,抜歯後の後出血と創傷の治癒を比較したところ,術後の出血と治癒には群間の差はみられず,縫合した方が術後の出血が多い傾向があったという結果であった4)(レベル2)。もう1件は,抜歯を予定している抗凝固剤服用患者131名を対象にイタリアの病院歯科で行われたランダム化比較試験(前向きオープンラベル研究)で,これは抗凝固剤減量か抗凝固剤服用継続にランダム割り付け,抜歯後の後出血を評価したものである5)。その結果,減量群の15.1%に軽度の後出血が生じ,これに対して維持群の9.2%に軽度の後出血が認められ,通常の抜歯時には抗凝固剤を減量する必要はないと結論づけられている(レベル2)。
これらは日本人を対象として行われた研究ではなく,抗凝固剤に対する感受性が高く,塞栓の発症率が比較的低いとされる日本人にも,この結果が適用可能かという懸念もある。このようなethnic differenceの問題に関しては,日本人を調査対象とした抗凝固療法を受けている患者に対し,ワーファリン服用を維持したまま抜歯を行ったものと休薬をしたものとの比較を行った病院コホート研究(コントロールを伴うコホート研究)が5件6),7),8),9),10)報告されており,いずれも服薬維持と休薬との間に問題となるような差異は認められていない(レベル3)ことから,同様な対処が適用できると思われる。また,歯周外科に関しても,INR(International Normalized Ratio)が2.5以下の場合には術後の出血には差異がなかったという報告があり,抜歯のみにとどまらず,歯周外科治療に関しても,ワーファリンの服薬維持が妥当であるとの判断が推奨されている11)(レベル3)。
以上のように,ワーファリンの服用を行っている歯周病の患者についても,抜歯に関してはINRが3.0までの患者ならば,薬剤を維持したまま抜歯が可能であると判断され,また歯周病の治療に関してはエビデンスが少ないものの,INR 2.5までは,薬剤を維持したまま治療にあたることが可能と考えられる。しかし,抗凝固療法を受けている患者は,健常人に比して術後の止血は困難なことが多いので,可及的に外科時の侵襲を少なくすること,局所の止血処置を適切に行うこと,炎症性組織の除去を確実に行うことなどの点に留意し,できるだけ直近のINR値を知り,事前に消炎処置を十分に施すことが必要であると考えられる11)(レベル3)。

文献検索ストラテジー
電子検索データベースとして,Medlineおよび医中誌を検索した。Medlineに用いた検索ストラテジーは,“Anticoagulants”[MeSH Terms] OR “Anticoagulants”[Pharmacological Action] OR Anticoagulants[Text Word] AND Postoperative Haemorrhage[Text Word] OR “Postoperative Hemorrhage”[MeSH Terms] OR Postoperative Hemorrhage[Text Word]で,関連のある論文を抽出した後,その論文の参考文献リストについても内容の検討を行った。医中誌については,“抗血栓剤(治療的利用)” OR “Warfarin(治療的利用)” AND “出血─術後” AND “原著” AND “比較研究”のシソーラスを用いて検索を行った。主要な情報として,ワーファリン服用患者を対象として,歯科治療時にワーファリンの休薬を行ったものと行わなかったものとをランダム化比較試験の手法で検討を行った研究を採取し,次いで,関連する比較研究および日本人を対象とした症例集積までを情報の収集対象とした。


seq. terms and strategy hits
#1 “Anticoagulants”[MeSH Terms] OR “Anticoagulants”[Pharmacological Action] OR Anticoagulants[Text Word] 152,805
#2 “Surgical Hemostasis”[Text Word] OR “Hemostasis, Surgical”[MeSH Terms] OR Hemostasis, Surgical[Text Word] 4,066
#3 Oral Haemorrhage[Text Word] OR “Oral Hemorrhage”[MeSH Terms] OR Oral Hemorrhage[Text Word] 3,242
#4 “Oral Hemorrhage”[All Fields] 1,722
#5 Postoperative Haemorrhage[Text Word] OR “Postoperative Hemorrhage”[MeSH Terms] OR Postoperative Hemorrhage[Text Word] 3,582
#6 “Postoperative Hemorrhage”[All Fields] 3,464
#7 “Warfarin”[MeSH Terms] OR Warfarin[Text Word] 13,614
#8 #1 AND #5 434
#9 #1 AND #5 AND Clinical Trial[ptyp] 122
最終検索日2008年7月30日


参考文献
1) ZIFFER AM, SCOPP IW, BECK J, BAUM J, BERGER AR. Profound bleeding after dental extractions during dicumarol therapy. N Engl J Med. 1957;256(8):351-3.
2) Palareti G, Legnani C, Guazzaloca G, Frascaro M, Grauso F, De Rosa F, Fortunato G, Coccheri S. Activation of blood coagulation after abrupt or stepwise withdrawal of oral anticoagulants--a prospective study. Thromb Haemost. 1994;72(2):222-6.
3) MARSHALL J. REBOUND PHENOMENA AFTER ANTICOAGULANT THERAPY IN CEREBROVASCULAR DISEASE. Circulation. 1963;28:329-32.
4) Al-Mubarak S, Al-Ali N, Abou-Rass M, Al-Sohail A, Robert A, Al-Zoman K, Al-Suwyed A, Ciancio S. Evaluation of dental extractions, suturing and INR on postoperative bleeding of patients maintained on oral anticoagulant therapy. Br Dent J. 2007;203(7):E15; discussion 410-1. Epub 2007 Aug 10.
5) Sacco R, Sacco M, Carpenedo M, Mannucci PM. Oral surgery in patients on oral anticoagulant therapy: a randomized comparison of different intensity targets. Oral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol Endod. 2007;104(1):e18-21. Epub 2007 May 7.
6) 井上育子,梅本丈二,穐山靖子,喜久田利弘.ワルファリンカリウム服用中患者の抜歯時の服薬調整による血栓形成のリスク期間について─抜歯前後におけるPT-INRの検討.有病者歯科医療.2006;15(2):67-72.
7) 玉置盛浩,今井裕一郎,村上国久,山川延宏,青木久美子,大儀和彦,露木基勝,川上哲司,山本一彦,桐田忠昭.抗凝固療法施行患者における抜歯に関する臨床的検討.日本口腔科学会雑誌.2007;56(1):46-50.
8) 岡田 崇,二木寿子,竹崎博嗣,安部喜八郎.(第2報)ワーファリン服用患者の唾液潜血試験を用いた抜歯後経過に関する臨床統計的研究.有病者歯科医療.2005;14(3):189-99.
9) 谷口佳孝,占部一彦,北村龍二.抗血小板薬服用患者の抜歯─非中断症例の検討.大阪大学歯学雑誌.2005;49(2):20-3.
10) 岡田 崇,二木寿子,竹崎博嗣,大江健史,安部喜八郎.ワーファリン服用患者の抜歯後出血について─後出血に影響を与える要因についての臨床統計的検討.福岡医学雑誌.2004;95(9):218-23.
11) Morimoto Y, Niwa H, Minematsu K. Hemostatic management of tooth extractions in patients on oral antithrombotic therapy. J Oral Maxillofac Surg. 2008;66(1):51-7.

関係論文の構造化抄録(ランダム化比較試験のみ)
4)Al-Mubarak S, Al-Ali N, Abou-Rass M, Al-Sohail A, Robert A, Al-Zoman K, Al-Suwyed A, Ciancio S.
Evaluation of dental extractions, suturing and INR on postoperative bleeding of patients maintained on oral anticoagulant therapy.
Br Dent J. 2007;203(7):E15; discussion 410-1. Epub 2007 Aug 10.
抗凝固剤の服用患者の抜歯後の出血について,休薬,縫合の影響を調べる。
ザイン ランダム化比較試験。
サウジアラビアの病院歯科。
抜歯を予定している抗凝固剤服用患者214名。
4群(縫合なし+休薬,縫合なし+休薬せず,縫合+休薬,縫合+休薬せず)。
主要評価項目 抜歯後の後出血と創傷の治癒。
術後の出血と治癒には群間の差なし。縫合した方が術後の出血が多い傾向があった。
INR<3.0ならば局所の止血がしっかりしていれば休薬の必要はない。縫合はケースにより必要性を考える。縫合の必要性も軟組織の損傷の程度に依存する。
(レベル2)

5)Sacco R, Sacco M, Carpenedo M, Mannucci PM.
Oral surgery in patients on oral anticoagulant therapy: a randomized comparison of different intensity targets. Oral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol Endod.
2007;104(1):e18-21. Epub 2007 May 7.
抗凝固剤の服用患者の口腔外科処置を休薬なしで実施可能か評価する。
ザイン ランダム化比較試験(前向きオープンラベル研究)。
イタリアの病院歯科受診患者。
抜歯を予定している抗凝固剤服用患者131名。
抗凝固剤減量か抗凝固剤服用継続にランダム割り付け。
主要評価項目 抜歯後の後出血。
減量群の15.1%に軽度の後出血,維持群の9.2%に軽度の後出血が認められた。
通常の抜歯時に抗凝固剤を減量する必要はない。
(レベル2)


 
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