(旧版)糖尿病患者に対する歯周治療ガイドライン
II.歯周治療と糖尿病
3.歯周基本治療
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CQ4:糖尿病患者に歯周基本治療を行うと菌血症を生じるか? | ||
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背景・目的
歯周基本治療は口腔内からの可及的な原因除去を目指した治療で,すべての患者に実施することが求められ,またその成否は引き続いて行われる歯周治療の効果にも大きな影響を及ぼす。しかしスケーリング・ルートプレーニング(SRP)は,組織に外傷を与えるものであり,抜歯の場合と同様に体内への細菌侵入を引き起こすことが知られている。このような細菌侵入はSRPのみならず,スケーリング,プロービングなどの歯周組織検査やブラッシングによっても生じ,一時的な菌血症が発生することが報告されている。歯周組織を含む口腔に由来する菌血症は,病巣感染(focal infection)の原因としてとくに易感染性患者において問題とされてきた。免疫機能低下,局所の創傷治癒遅延や出血時間延長を伴う糖尿病患者においても,その病態悪化や合併症発症に繋がる可能性が懸念される。
解説
歯周治療において行われるSRPや歯肉縁上スケーリングのみならず,プローブを用いた歯周組織検査でも歯周組織への細菌侵入を引き起こし,菌血症を発生させる1),2),3),4)(レベル4)。さらにブラッシングや歯間ブラシなどを用いた機械的口腔清掃や咀嚼などの日常的活動によっても,同様に菌血症が生じることが報告されている5),6)(レベル4)。アメリカ心臓病協会(American Heart Association;AHA)は,感染性心内膜炎(Infective Endocarditis;IE)予防を目的とした抗菌薬使用に関する新たなガイドライン7)の中で,歯科治療により発生した菌血症は,その頻度,程度,持続期間においてブラッシングなどの日常的活動によるものと臨床上の差異がないとしている。また歯科治療による菌血症の場合,検出細菌量は血液1mLあたり104CFU以下で,10〜30分程度で急速に減少することから,その侵襲程度も低く一過性のものと考えられている7)。しかしスケーリング後の菌血症は,歯周炎患者において歯肉炎患者や健常者と比べて発生頻度が有意に高く,検出細菌数も歯肉炎指数,プラーク指数およびプロービング時の出血陽性部位数と正の相関があることが報告されており,歯肉炎症の進行が菌血症発症のリスクを増す可能性がある8)(レベル4)。従って,適切な歯周基本治療を実施して歯肉の炎症を軽減するとともに,良好な口腔清掃状態を維持することは,結果的に口腔に由来する菌血症の予防に繋がると考えられる。
糖尿病の場合,末梢の組織は易感染性を呈し,また創傷治癒遅延を伴いやすい。宿主の免疫も白血球の遊走能や活性酸素産生能の低下をきたすことが知られており,局所の血糖が高ければ菌血症の頻度も増加する。このため,極端に血糖コントロールが悪い場合には,細菌性心内膜炎などの合併症に留意する必要がある。しかしながら,糖尿病患者において,口腔に由来する菌血症の発症リスクが健常者と比べて有意に高くなるという根拠は見当たらなかった。2型糖尿病患者を対象とした横断研究では,その原因として尿路感染以外は非糖尿病患者の菌血症患者と比べて有意差がなく,予後についても差がないことが報告されている9)。またアメリカ歯科医師会(American Dental Association;ADA)の歯科治療におけるIE予防に関するコンセンサスレポート10)では,易感染性の原因となる可能性のある疾患として1型糖尿病が取り上げられているが,この問題に関して客観的なエビデンスに乏しく,最終的にADAは1型糖尿病患者に対する菌血症予防を目的とした抗菌薬使用について必須のものとしていない(専門家のコンセンサス)。従って,健常人の場合と同様に歯周基本治療により一過性の菌血症が発症するが,その程度や有害事象について高いレベルのエビデンスはない。とくにコントロール不良と思われる糖尿病患者については医師の判断をあおぐ必要があるものの,糖尿病患者においても歯周組織の炎症を軽減することは,菌血症の発症に関してリスクよりもメリットが上回ると考えられるため,歯周基本治療を実施することが推奨される。
糖尿病の場合,末梢の組織は易感染性を呈し,また創傷治癒遅延を伴いやすい。宿主の免疫も白血球の遊走能や活性酸素産生能の低下をきたすことが知られており,局所の血糖が高ければ菌血症の頻度も増加する。このため,極端に血糖コントロールが悪い場合には,細菌性心内膜炎などの合併症に留意する必要がある。しかしながら,糖尿病患者において,口腔に由来する菌血症の発症リスクが健常者と比べて有意に高くなるという根拠は見当たらなかった。2型糖尿病患者を対象とした横断研究では,その原因として尿路感染以外は非糖尿病患者の菌血症患者と比べて有意差がなく,予後についても差がないことが報告されている9)。またアメリカ歯科医師会(American Dental Association;ADA)の歯科治療におけるIE予防に関するコンセンサスレポート10)では,易感染性の原因となる可能性のある疾患として1型糖尿病が取り上げられているが,この問題に関して客観的なエビデンスに乏しく,最終的にADAは1型糖尿病患者に対する菌血症予防を目的とした抗菌薬使用について必須のものとしていない(専門家のコンセンサス)。従って,健常人の場合と同様に歯周基本治療により一過性の菌血症が発症するが,その程度や有害事象について高いレベルのエビデンスはない。とくにコントロール不良と思われる糖尿病患者については医師の判断をあおぐ必要があるものの,糖尿病患者においても歯周組織の炎症を軽減することは,菌血症の発症に関してリスクよりもメリットが上回ると考えられるため,歯周基本治療を実施することが推奨される。
文献検索ストラテジー
電子検索データベースとしてMedlineおよび医中誌を検索した。Medlineに用いた検索ストラテジーは,“Dental Clinics”[MeSH Terms] OR “Dental”[All Fields] AND “Clinics”[All Fields] OR “Dental Clinics”[All Fields] OR “Dental”[All Fields] AND “Bacteraemia”[All Fields] OR “Bacteremia”[MeSH Terms] OR “Bacteremia”[All Fields] AND “Diabetes Mellitus”[MeSH Terms] OR “Diabetes”[All Fields] AND “Mellitus”[All Fields] OR “Diabetes Mellitus”[All Fields]の2つを用いて,まず糖尿病患者における歯科治療を原因とする菌血症に関連する論文を抽出し,そこから歯周治療に関連したものを選び出すという方法をとった。医中誌については“菌血症” AND “糖尿病”のシソーラスを用いて検索を行った。
seq. | terms and strategy | hits |
#1 | “Dental Clinics”[MeSH Terms] OR “Dental”[All Fields] AND “Clinics”[All Fields] OR “Dental clinics”[All Fields] OR “Dental”[All Fields] AND “Bacteraemia”[All Fields] OR “Bacteremia”[MeSH Terms] OR “Bacteremia”[All Fields] | 612 |
#2 | “Diabetes Mellitus”[MeSH Terms] OR “Diabetes”[All Fields] AND “Mellitus”[All Fields] OR “Diabetes Mellitus”[All Fields] | 249,650 |
#3 | #1 AND #2 | 16 |
最終検索日2008年7月14日
参考文献
1) | Kinane DF, Riggio MP, Walker KF, MacKenzie D, Shearer B. Bacteraemia following periodontal procedures. J Clin Periodontol. 2005;32(7):708-13. |
2) | Lafaurie GI, Mayorga-Fayad I, Torres MF, Castillo DM, Aya MR, Barón A, Hurtado PA. Periodontopathic microorganisms in peripheric blood after scaling and root planing. J Clin Periodontol. 2007;34(10):873-9. |
3) | Daly C, Mitchell D, Grossberg D, Highfield J, Stewart D. Bacteraemia caused by periodontal probing. Aust Dent J. 1997;42(2):77-80. |
4) | Daly CG, Mitchell DH, Highfield JE, Grossberg DE, Stewart D. Bacteremia due to periodontal probing: a clinical and microbiological investigation. J Periodontol. 2001;72(2):210-4. |
5) | Lockhart PB, Brennan MT, Sasser HC, Fox PC, Paster BJ, Bahrani-Mougeot FK. Bacteremia associated with toothbrushing and dental extraction. Circulation. 2008;117(24):3118-25. Epub 2008 Jun 9. |
6) | Lucas VS, Gafan G, Dewhurst S, Roberts GJ. Prevalence, intensity and nature of bacteraemia after toothbrushing. J Dent. 2008;36(7):481-7. Epub 2008 May 2. |
7) | Wilson W, Taubert KA, Gewitz M, Lockhart PB, Baddour LM, Levison M, Bolger A, Cabell CH, Takahashi M, Baltimore RS, Newburger JW, Strom BL, Tani LY, Gerber M, Bonow RO, Pallasch T, Shulman ST, Rowley AH, Burns JC, Ferrieri P, Gardner T, Goff D, Durack DT; American Heart Association Rheumatic Fever, Endocarditis, and Kawasaki Disease Committee; American Heart Association Council on Cardiovascular Disease in the Young; American Heart Association Council on Clinical Cardiology; American Heart Association Council on Cardiovascular Surgery and Anesthesia; Quality of Care and Outcomes Research Interdisciplinary Working Group. Prevention of infective endocarditis: guidelines from the American Heart Association: a guideline from the American Heart Association Rheumatic Fever, Endocarditis, and Kawasaki Disease Committee, Council on Cardiovascular Disease in the Young, and the Council on Clinical Cardiology, Council on Cardiovascular Surgery and Anesthesia, and the Quality of Care and Outcomes Research Interdisciplinary Working Group. Circulation. 2007;116(15):1736-54. Epub 2007 Apr 19. |
8) | Forner L, Larsen T, Kilian M, Holmstrup P. Incidence of bacteremia after chewing, tooth brushing and scaling in individuals with periodontal inflammation. J Clin Periodontol. 2006;33(6):401-7. |
9) | Leibovici L, Samra Z, Konisberger H, Kalter-Leibovici O, Pitlik SD, Drucker M. Bacteremia in adult diabetic patients. Diabetes Care. 1991;14(2):89-94. |
10) | Lockhart PB, Loven B, Brennan MT, Fox PC. The evidence base for the efficacy of antibiotic prophylaxis in dental practice. J Am Dent Assoc. 2007;138(4):458-74; quiz 534-5, 437. |
関係論文の構造化抄録
1)Kinane DF, Riggio MP, Walker KF, MacKenzie D, Shearer B. Bacteraemia following periodontal procedures. J Clin Periodontol. 2005;32(7):708-13. | |
目的 | プロービング後,ブラッシング後,全顎の超音波スケーリング後の血中の菌を測定する。 |
研究デザイン | 前後比較研究。 |
研究施設 | アメリカの大学病院。 |
対象患者 | 未治療の歯周病を有する患者30名。 |
暴露要因 | プロービング,ブラッシング,超音波スケーリング。 |
主要評価項目 | 施術直後の静脈血中の細菌。 |
結果 | 培養法ではプロービング後に20%,ブラッシング後に3%,超音波スケーリング後では13%に口腔由来細菌が検出され,PCR法ではそれぞれ16%,13%,23%が菌血症とされた。 |
結論 | 歯周病の各種処置によって菌血症が生じるが,その頻度は従来報告されていたものよりも低い。 |
(レベル4) |
2)Lafaurie GI, Mayorga-Fayad I, Torres MF, Castillo DM, Aya MR, Barón A, Hurtado PA. Periodontopathic microorganisms in peripheric blood after scaling and root planing. J Clin Periodontol. 2007;34(10):873-9. | |
目的 | SRPによって生じる歯周病原細菌および他の歯肉縁下の好気性,嫌気性菌の菌血症の発生頻度を調べる。 |
研究デザイン | 前後比較研究。 |
研究施設 | コロンビアの大学病院。 |
対象患者 | 42名の重度慢性歯周病と侵襲性歯周炎の患者。 |
暴露要因 | SRP。 |
主要評価項目 | SRP後の末梢血中の細菌(培養検査)。 |
結果 | SRP直後には80.9%の患者の血中から細菌が検出され,SRPから30分が経過した後も19%から細菌が検出された。もっとも頻繁に検出されたのはPorphyromonas gingivalis とMicromonasmicros であった。 |
結論 | 歯周炎患者のSRPは,菌血症を生じるリスクがある。 |
(レベル4) |
5)Lockhart PB, Brennan MT, Sasser HC, Fox PC, Paster BJ, Bahrani-Mougeot FK. Bacteremia associated with toothbrushing and dental extraction. Circulation. 2008;117(24):3118-25. Epub 2008 Jun 9. | |
目的 | 抜歯時のアモキシシリン前投薬による菌血症予防効果をプラセボ投与群および未抜歯(ブラッシング)群との間で比較検討する。 |
研究デザイン | 非ランダム化比較試験。 |
研究施設 | アメリカの大学病院。 |
対象患者 | アモキシシリン投与(抜歯+Amox)群96名,プラセボ投与(抜歯+プラセボ)群96名,未抜歯(ブラッシング)群96名。 |
暴露要因 | 抜歯およびブラッシング。 |
主要評価項目 | 静脈血中の細菌。 |
結果 | 術前にはブラッシング群1名の血中に細菌検出(陽性)のみ。全6回採血の累積陽性率は,抜歯+Amox群33%,抜歯+プラセボ群60%,ブラッシング群23%で,術中の陽性率(2回)は各々33%,58%,19%。術後20分以内に93%の被験者で陰性となる。プラセボ群のみは術後陽性率が有意に高い。 |
結論 | ブラッシング実施中には,それのみで菌血症を生じる者がいるが,ブラッシング終了後直ちに血中から細菌は検出されなくなる。なお各群に5〜9%含まれる糖尿病患者とそれ以外の差異については触れられていない。 |
(レベル2) |
8)Forner L, Larsen T, Kilian M, Holmstrup P. Incidence of bacteremia after chewing, tooth brushing and scaling in individuals with periodontal inflammation. J Clin Periodontol. 2006;33(6):401-7. | |
目的 | 歯周炎患者,歯肉炎患者および臨床的健康歯肉保有者において,咀嚼,ブラッシング,スケーリング後の菌血症の発生頻度,程度およびその細菌学的特徴を調べる。 |
研究デザイン | 前後比較試験(非ランダム化クロスオーバー)。 |
研究施設 | デンマークの大学病院。 |
対象患者 | 健常者群20名,歯肉炎群20名,歯周炎群20名。 |
暴露要因 | 咀嚼,ブラッシング,スケーリング。 |
主要評価項目 | 静脈血中の細菌。 |
結果 | 咀嚼後は歯周炎患者の20%のみが陽性で,他の群はすべて陰性。ブラッシングでは歯周炎患者の5%のみが陽性。スケーリングでは健常者の10%,歯肉炎患者20%,歯周炎患者の75%が陽性。スケーリング後の検出細菌量は歯肉炎指数と中程度の有意の相関関係があった。 |
結論 | 歯周組織の炎症は菌血症のリスクを増加させる。 |
(レベル4) |
9)Leibovici L, Samra Z, Konisberger H, Kalter-Leibovici O, Pitlik SD, Drucker M. Bacteremia in adult diabetic patients. Diabetes Care. 1991;14(2):89-94. | |
目的 | 菌血症で入院した糖尿病患者の原因,細菌,合併症および予後を非糖尿病の菌血症患者と比較する。 |
研究デザイン | 横断研究。 |
研究施設 | イスラエルの大学病院。 |
対象患者 | 糖尿病患者119名,非糖尿病患者480名。 |
暴露要因 | 糖尿病の有無。 |
主要評価項目 | 静脈中の細菌,死亡率,入院期間。 |
結果 | 菌血症の原因として尿路感染が糖尿病患者で有意に多い。死亡率と入院期間については両群の間で有意差がない。 |
結論 | 菌血症で入院した糖尿病患者の予後は非糖尿病患者と変わらない。 |
(レベル4) |