補綴歯科診療ガイドライン
歯の欠損の補綴歯科診療ガイドライン2008
VII.クリニカルクエスチョン |
5.補綴装置の管理について
CQ5-2 | 義歯装着者において,義歯安定剤は,有効であるか? |
【推奨プロファイル】
義歯安定剤の使用は,まったく否定的に捉えるよりも,超高齢社会の現在では,義歯安定剤の種類により,その適応を考えるべきである.現在は,まだ,未解決な問題も多いが,歯科医師の管理のもとでの短期間の使用が好ましいと考えられる.また,定期的なメンテナンスも必要と考えられる.
アウトカム | エビデンスの質 | 評価(有効性・害等) |
(1)咀嚼機能 | L | P |
(2)発音機能 | ||
(3)審美性 | ||
(4)快適性(義歯の安定,口臭) | L | P |
(5)対応性 | ||
(6)耐久性(ロンゲビティ) | ||
(7)負担(肉体的,時間的) | ||
(8)害(歯質の脆弱化,細胞毒性) | M | P |
(9)コスト | ||
(10)生活の質 | ||
推奨度 | 全体としての判断 P |
【背景と目的】
全人口に対する高齢者の割合が増加しているが,高齢になるに従い欠損歯数は増加し,高度に吸収された顎堤や,唾液分泌量の減少した状態などの義歯治療の受療条件の悪い患者が増えることが予想されている.そして,歯科医側ではなく,義歯装着者(患者)の側から義歯安定剤の使用が増加していることが懸念されている.義歯安定剤の使用に関して,歯科医師の責任を果たすためにも,適切なガイドラインが必要となってきている.
【概説】
現在市販されている義歯安定剤は種々ある.義歯床を口腔粘膜表面に固定する方法により,義歯粘着剤とホームリライナーに分類されるが,明確な区分がないため,まとめて義歯安定剤として扱われている.義歯粘着剤には,クリームタイプ,粉末タイプ,テープタイプまたはシートタイプがあり,ホームリライナーはクッションタイプとも呼ばれている.未だ明らかにされていないところも多いが,使用されているのがどのタイプの義歯安定剤か,歯科医師が意識し,義歯装着者に対して検討,指導するが肝要である.義歯安定剤を使用した場合の義歯の維持安定などに関する研究では,義歯の動揺を測定して検討した論文がいくつかみられる.いずれも,義歯の動揺は少なくなったことが報告されている.これらの結果からは,咀嚼機能の向上が期待される.また,顎堤の状態により効果が違うことも指摘されている.維持の悪い義歯の方が効果が高いと報告しているものもあるが, 長期にわたる報告はない.
ホームリライナーは流れが悪く,顎堤に対する義歯の位置を変えてしまうため,咬合関係が毎回変化して咬頭干渉が生じたり,咬合高径,中心咬合位がかわり,短期間のうちに顎堤に大きなダメージを与えることが懸念されている.
実験室の研究では,義歯安定剤は微生物の成長を促した.また,カラヤゴムはエナメル質を脱灰させる作用が報告されている.細胞毒性を示したという実験報告があり,口腔粘膜に炎症を起こさせる危険性が指摘されている.
義歯安定剤を使用することは絶対悪いというエビデンスは認められない.不良な顎堤形態や口腔乾燥などの義歯使用に不利な口腔内状態の高齢者では,有効であると推奨される.ただし,使用方法により為害性があることは多くの報告で指摘され,短期間の使用が薦められているため,歯科医師の管理下での短期間の使用が望ましい.
【構造化アブストラクト】
1 | ||
[タイトル] | Effect of denture adhesive on stability of complete dentures and the masticatory function 総義歯の安定性と咀嚼機能に対する義歯安定剤の効果 | |
[著者名] | Hasegawa S, Sekita T, Hayakawa I | |
[雑誌名.巻:頁] | J Med Dent Sci. 2003;50:239-247. | |
[Level] | S | |
[目的] | 総義歯の安定性と咀嚼機能に対する義歯安定剤の効果を検討すること. | |
[研究デザイン] | 症例など | |
[対象] | 6人の無歯顎患者(古い義歯と新たに作製した新義歯) | |
[研究方法] | 義歯安定剤の使用の有無で義歯の動揺を測定(cineradiographic techniqueを使用).3種の食べ物(ピーナッツ,魚のペースト,レーズン)を咀嚼している時の上顎義歯の動揺を測定. | |
[主要な評価項目とそれに用いた統計学的手法] | ||
三次元の義歯の動きと回転を評価し,咀嚼回数と時間から咀嚼機能を評価 | ||
[結果] | 新旧の両義歯で,義歯安定剤が三次元的な義歯の動揺,回転運動,咀嚼時間を減少させた.咀嚼時間には義歯安定剤は有意な効果がなかった.旧義歯と新義歯の間に,どの食品でも,三次元的な義歯の動揺,義歯の回転に有意な相関は認められなかった. | |
[結論] | 義歯安定剤は,義歯の動揺を減少させ,咀嚼機能を改善することが示唆された. | |
2 | ||
[タイトル] | A clinical study to assess the breath protection efficacy of denture adhesive 義歯安定剤の口臭制御評価の臨床的研究 | |
[著者名] | Myatt GJ, Bariow AP, Winston JL, Bordas A, Maaytah ME | |
[雑誌名.巻:頁] | J Cont Dent Pract. 2002;3:1-9. | |
[Level] | A | |
[目的] | 上下総義歯患者の口臭に対して,2種類の義歯安定剤と安定剤を使用しない場合の影響を理解すること. | |
[研究デザイン] | RCT | |
[対象] | 37人の無歯顎患者 | |
[研究方法] | 共通した義歯の清掃と軟組織の評価をして,口臭はベースラインを測定し,それぞれの清掃操作(治療)をしてから3,6時間後にハリメータを用いて,揮発性硫化物を測定するとともに官能試験を行う.48時間後に洗浄して,治療期間は終了. | |
[主要な評価項目とそれに用いた統計学的手法] | ||
ハリーメータによる揮発性硫化物の測定と官能試験.Analysis of covariance(ANCOVA)を使用 | ||
[結果] | 6時間を超えたところでは,どの治療方法の間に揮発性硫化物に統計的に有意な差は認められなかった.両義歯安定剤の治療は,義歯安定剤を使用しないときに比べて,3,6時間で口臭は改善していた(p=0.0001). | |
[結論] | Fixodent義歯安定剤は,義歯装着者の口臭に顕著な改善をもたらした. | |
3 | ||
[タイトル] | Denture adhesives: a side effect 義歯安定剤:副作用 | |
[著者名] | Lamb DJ | |
[雑誌名.巻:頁] | J Dent. 1980;8:35-42. | |
[Level] | S | |
[目的] | 義歯安定剤に含まれるカラヤゴムのエナメル質への影響を検討すること. | |
[研究デザイン] | 症例報告等 | |
[対象] | う蝕のない第一小臼歯 | |
[研究方法] | 義歯安定剤をエナメル質に作用させて,Knoop hardnessを測定 | |
[主要な評価項目とそれに用いた統計学的手法] 脱灰 | ||
[結果] | 義歯安定剤を作用させることにより,エナメル質が柔らかくなった. | |
[結論] | カラヤゴムを含んでいる義歯安定剤は脱灰を起こさせて,う蝕を発生させやすくするだろう.天然歯のある患者には義歯安定剤の使用を避けるべきである. | |
4 | ||
[タイトル] | Effect of denture adhesive on the retention and stability of maxillary dentures 上顎義歯の維持と安定性に対する義歯安定剤の効果 | |
[著者名] | Grasso JE, Rendell J, Gay T | |
[雑誌名.巻:頁] | J Prosthet Dent. 1994;72:399-405. | |
[Level] | S | |
[目的] | 上顎総義歯の維持力と安定性に対して義歯安定剤の使用の効果を検討すること. | |
[研究デザイン] | 症例報告等 | |
[対象] | 20人の上顎総義歯装着者(12人は男性,8人は女性) | |
[研究方法] | 義歯安定剤を使用していないときと,義歯安定剤を適用して0,2,4,6,8時間後に,義歯の動揺を測定.義歯は,古い義歯と新しい義歯を使用してアプリコット,ピーナッツで検討. | |
[主要な評価項目とそれに用いた統計学的手法] | ||
標準化した咀嚼,嚥下,会話の間の上顎総義歯の動揺.Univariate analysis of variance model, multivariate analysis of variance with two within factors (time after application and direction of movement) and one between factor (old versus new), matched-pair t-test | ||
[結果] | 義歯安定剤の使用により,いろいろな咀嚼,嚥下,会話の間,上顎総義歯の維持力,安定性を,義歯安定剤適用後8時間まで,有意に向上させた.適合が良くない義歯と良い義歯との間では,義歯安定剤による改善に有意な差はなかった.義歯安定剤使用により,前歯部の咬合力は有意に向上した. | |
[結論] | 上記 | |
5 | ||
[タイトル] | Efficiency of denture adhesives and their possible influence on oral microorganisms 義歯安定剤の効果と口腔内微生物への影響の可能性 | |
[著者名] | Stafford GD, Russell C | |
[雑誌名.巻:頁] | J Dent Res. 1971;50:832-836. | |
[Level] | S | |
[目的] | 義歯安定剤に対して,臨床的には義歯安定剤使用による効果の検討と口腔内微生物への影響の検討. | |
[研究デザイン] | 症例報告等 | |
[研究方法] | 臨床的検討では,不適合な古い義歯と新製義歯を用い,試験食品は生人参を用いた.義歯安定剤は,粉末タイプ1種とペーストタイプ1種を用いた.Radiotelemetry techniqueを用いた.微生物学的検討では,4種の粉末タイプ,ペーストタイプ2種を用いた.検討は,Neisseria pharyngis, Streptococcus mitis (唾液より分離),Candida albicans (保存株から),全唾液について行った. | |
[主要な評価項目とそれに用いた統計学的手法] | ||
臨床的には試験食品を咀嚼する時の圧力,咀嚼時間をRadiotelemetryにより測定した | ||
[結果] | 義歯安定剤は,食品を咀嚼しているときの全圧力を増加させる.咀嚼している時間には影響はなかった.義歯安定剤は,S.mitis とC.albicans の増殖を促進したが,N.pharyngis ではしなかった.C.albicans の増殖では菌糸型がみられた.義歯安定剤は,口腔内細菌叢に抑制的効果は示さなかった. | |
[結論] | 義歯安定剤の使用は,不適合義歯と新しい義歯のいずれでも咀嚼時の力を増加させる.なかでも,不適合義歯での増加は顕著であろう.義歯安定剤は,口腔内細菌叢に抑制的効果はない. | |
広島大学 歯科補綴学研究室
貞森紳丞(クラウン・ブリッジ,有床義歯系)