有効性評価に基づく前立腺がん検診ガイドライン
VII.おわりに
本ガイドラインは作成開始から公表に至るまでの間、従来のガイドラインとは異なる様々な障害があった。ガイドライン・ドラフトを公開し、公開フォーラムを終了後、研究班に参加協力していた泌尿器科委員全員が辞任するという不測の事態があったが、すでに作成段階から議論があり、確定版の公表が待たれている現状から、できるだけ早く公表すべきと判断した。このため、完成直前まで参加していた泌尿器科委員の意見が随所に残っているが、むしろ、この点は、実際の医療の現場での理解を容易にするものと考え、ほぼそのままの形で記載している。
わが国におけるがん検診は、公的施策として市区町村を実施主体とする住民検診が実施されているが、公的施策として行われるがん検診以外にも、職域の法定健診や人間ドックなどでも少なからずがん検診が実施されている。PSA検診は、前立腺財団の報告によれば、2000年には全国市町村における実施は14.7%にすぎなかった111)。しかし、同財団の2006年調査では70.6%(回収率78.2%)、厚生労働省の同年の報告では42.1%(全数調査)であり、全国市町村のほぼ半数が実施している現状にある8),111)。2001年には久道班報告書においてPSA検診の有効性に関する証拠は不十分と判断されたが、科学的根拠に基づきどのように政策決定を行うべきかについての回答(推奨)が明確には示されていなかった7)。結果として、ガイドラインの内容について検診従事者に十分な理解が得られず142)、有効性に関する科学的根拠を反映しない政策決定が行われた側面もある。しかし、2003年には、わが国のみで行われていた神経芽細胞腫の検診について科学的根拠が見直され、休止の判断が行われるなど145)、政策決定の基本概念の変更が求められるようになった。すなわち、科学的証拠が不十分ながん検診が普及している現状を正し、科学的根拠に基づく政策決定を行うためのガイドラインが求められていた時期でもあった。これまで2002年から作成・更新を開始した本ガイドラインでは旧老人保健事業の対象であったがん検診を検討してきたが、普及状況を考慮し、前立腺がん検診について同様の検討が必要と判断し、今回検討するに至った。その結果、前立腺がん検診については、直腸診及びPSAのいずれも、有効性評価に関する研究が不十分な現状にあり、対策型検診として推奨するに至らなかった。本ガイドラインの評価に基づき、有効性の確立したがん検診であるか否かの判断を最も重視し、不利益についても考慮した政策決定を期待するものである。
諸外国においても、PSA検査が任意型検診として急速に普及しているが、対策型検診としての実施の判断は、大規模無作為化比較対照試験の結果を待っており、現在まで公的施策としての導入はされていない。しかし、一部の中間解析からは死亡率減少効果も期待されており、こうした新たな研究成果について時宜を得て適切に判断し、政策への適用可能性を示すこともガイドラインの役割である。2012年までには、有効性評価に基づくがん検診ガイドライン作成手順9)に基づいて、今回判定が保留となった方法と新たな検診方法の検討も含め再評価を行う予定であるが、現在進行中の大規模無作為化比較対照試験の研究結果が明らかになり次第、速やかに改訂を検討する予定である。