有効性評価に基づく前立腺がん検診ガイドライン

 
VI.考察

4. 対策型検診と任意型検診

対策型検診及び任意型検診について、本ガイドラインでは、表1に定義し、各検診について推奨を決定している9)。両者の特性は、Milesらが指摘しているように、検診の目的や方法、利益・不利益の考え方が異なる119)。対策型検診は、対象集団の死亡率を減少することを目的とした公共政策として行われる。その目的を達成するためには、科学的根拠に基づく判断が必須である。一方、任意型検診は公共的な対策とは異なり、個人のリスク減少を目的として医療機関などが任意で提供する検診が該当する。両者は基本的ながん検診の提供体制やその目的により識別されるものである。いずれの検診も受診の判断は常に受診者本人の主体性によるものであり、受診者個人の任意の判断による受診であることや自己負担の多寡が対策型検診と任意型検診を識別する要因とはならない。また、現段階では対策型検診としての基本条件を十分には有しない検診であっても、公共性のある住民検診は任意型検診と同義ではない。
対策型検診はヨーロッパにおける組織型検診(Organized Screening)とは、厳密な意味では相違するが、基本概念は同一である。ただし、わが国における対策型検診の現状を考慮し、現状に即した対策型検診と対策型検診の理想型である組織型検診を識別した。Hakamaらによる組織型検診の定義では、1)対象となる集団が明確化されている、2)対象となる個人が特定されている、3)高受診率を担保できる体制、4)精度管理体制の整備、5)診療・治療体制の整備、6)検診受診者のモニタリング、7)評価体制が必要とされている120)。わが国における対策型検診は、ヨーロッパにおける組織型検診のように系統的に整備されておらず、未成熟な段階にとどまっている。しかし、本ガイドラインでは、対策型検診を対象集団における当該がんの死亡率減少を目的として、公的な予防対策として行われる検診と定義している9)。このため、検診提供者は科学的根拠に基づく適切ながん検診を責任をもって実施すると同時に、偶発症や受診者の心理的・身体的負担などの不利益を最小にするよう努めるべきである。また、わが国におけるがん検診を推進する上で、がん対策基本法の目標となるがん死亡の減少を達成するためには、対策型検診のあり方を見直し、組織型検診に向けての改善を推進することが必要である。
一方、任意型検診とは、個人の死亡リスクの減少を目的とし、医療機関や検診機関が任意で提供するがん検診を意味する。任意型検診には、検診機関や医療機関などで行われている総合健診や人間ドックなどに含まれているがん検診が該当する。対策型検診との相違は公的な検診とは異なり、任意の医療機関ががん検診を提供することにある。このため、有効性の確立していない検診が選択される場合もあるが、対策型検診と同様に科学的根拠に基づく検診方法が提供されることが望ましい。受診についても、個人の任意性が尊重されるが、適切な選択を行えるように、検診従事者は常に正しい情報を提供することを心がけなければならない。


表1 対策型検診と任意型検診の比較
検診方法 対策型検診
(住民検診型)
任意型検診
(人間ドック型)
Population-based screening Opportunistic screening
定義
目的 対象集団全体の死亡率を下げる 個人の死亡リスクを下げる
検診提供者 市区町村や職域・健保組合等のがん対策担当機関 特定されない
概要 予防対策として行われる公共的な医療サービス 医療機関・検診機関等が任意に提供する医療サービス
検診対象者 検診対象として特定された集団構成員の全員(一定の年齢範囲の住民など)。ただし、無症状であること。有症状者や診療の対象となる者は該当しない 定義されない。ただし、無症状であること。有症状者や診療の対象となる者は該当しない
検診費用 公的資金を使用。無料あるいは一部少額の自己負担が設定される 全額自己負担。ただし、健保組合などで一定の補助を行っている場合もある
利益と不利益 限られた資源の中で、利益と不利益のバランスを考慮し、集団にとっての利益を最大化する 個人のレベルで、利益と不利益のバランスを判断する
特徴
提供体制 公共性を重視し、個人の負担を可能な限り軽減した上で、受診対象者に等しく受診機会があることが基本となる 提供者の方針や利益を優先して、医療サービスが提供される
受診勧奨方法 対象者全員が適正に把握され、受診勧奨される 一定の方法はない
受診の判断 がん検診の必要性や利益・不利益について、広報等で十分情報提供が行われた上で、個人が判断する がん検診の限界や利益・不利益について、文書や口頭で十分説明を受けた上で、個人が判断する。参加の有無については、受診者個人の判断に負うところが大きい
検診方法 死亡率減少効果が示されている方法が選択される。有効性評価に基づくがん検診ガイドラインに基づき、市区町村や職域・健保組合等のがん対策担当機関が選ぶ 死亡率減少効果が証明されている方法が選択されることが望ましい。ただし、個人あるいは検診実施機関により、死亡率減少効果が明確ではない方法が選択される場合がある
感度・特異度 特異度が重視され、不利益を最小化することが重視されることから、最も感度の高い検診方法が必ずしも選ばれない 最も感度の高い検査の選択が優先されがちであることから、特異度が重視されず、不利益を最小化することが困難である
精度管理 がん登録を利用するなど、追跡調査も含め、一定の基準やシステムのもとに、継続して行われる 一定の基準やシステムはなく、提供者の裁量に委ねられている
具体例
具体例 老人保健事業による市町村の住民検診(集団・個別)
労働安全衛生法による法定健診に付加して行われるがん検診
検診機関や医療機関で行う人間ドックや総合健診
慢性疾患等で通院中の患者に、かかりつけ医の勧めで実施するがんのスクリーニング検査
注1) 対策型検診では、対象者名簿に基づく系統的勧奨、精度管理や追跡調査が整備された組織型検診(Organized Screening)を行うことが理想的である。
ただし、現段階では、市区町村や職域における対策型検診の一部を除いて、組織型検診は行われていないが、早急な体制整備が必要である。
注2) 2005年に公開した大腸がん検診ガイドラインでは、対策型検診を一元的にOrganized screeningとしたが、2006年の胃がん検診ガイドラインでは、わが国における対策型検診の現状を考慮し、現状の対策型検診(Population-based screening)と対策型検診の理想型である組織型検診(Organized screening)を識別し、その特徴を明らかにした。
注3) 任意型検診の提供者は、死亡率減少効果の明らかになった検査方法を選択することが望ましい。
がん検診の提供者は、対策型検診で推奨されていない方法を用いる場合には、死亡率減少効果が証明されていないこと、及び、当該検診による不利益について十分説明する責任を有する。

 

 
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