有効性評価に基づく前立腺がん検診ガイドライン

 
VI.考察

3. 推奨決定に至る論点

最終的に、前立腺がん検診の方法として検討した直腸診及び前立腺特異抗原(PSA)はいずれも推奨Iと判定された。平成19年8月までの研究班内の検討において、前立腺特異抗原(PSA)による前立腺がん検診の証拠のレベルは「1-/2-」との判断で、研究班全員の合意が得られた。そのため、証拠のレベル「1-/2-」の場合の当班の判断基準に従い9)、推奨Iと判断することの同意は得られた。しかし、その表現については文献レビュー委員会に属する泌尿器科委員の合意は得られず、泌尿器科委員5人がガイドライン公表直前の平成19年10月5日(分担研究者は平成19年10月31日)に当研究班を辞任した。ただし、辞任に至るまでの泌尿器科委員の意見は参考資料とし、その対応を含めて記載した。
証拠レベル判定の過程において、大半の研究の個別評価に関しては大筋で全体の合意ができたが、一部の研究の評価について、文献レビュー委員会の泌尿器科医の委員がその他の委員と異なる見解を示した。具体的には、以下のようなものであった。1)チロル研究では、追跡調査が現在も継続されており、最も新しい2003年までのデータを基にしたOberaignerらの研究では年齢階級別の検討を行い、全年齢階級において死亡率減少効果を認めている52)。2)ERSPCに参加しているスウェーデンの無作為化比較対照試験で進行がん罹患が49%減少した研究33)は死亡率減少効果を示唆する重要な結果である。3)近年認められている米国における前立腺がん死亡の減少110)は、PSA検診の普及と治療法の進歩の相乗効果と考える。
推奨決定の段階では、文献レビュー委員会の泌尿器科医の委員から、(1)全国の市町村の70%が前立腺がん検診として導入していること111)、(2)対策型検診としては自己負担額も高く、受診動機の任意性が大であること、(3)日本泌尿器科学会が中心となってPSA検診のためのインフォームド・コンセントマニュアルの作成が進められていること、(4)ERSPCやPLCOによる大規模な無作為化比較対照試験の結果が2-3年中に判明する予定であるが、その結果は有望視されていること、などが報告され、市町村ですでに導入されているPSA検診が中止となった場合、無作為化比較対照試験による死亡率減少効果が確認できた後に再開することで混乱を招くよりも、移行措置として実施を継続すべき、との意見が出された。具体的には、証拠のレベルを1-/2-とする点は同意するが、この結果として推奨Iとなり、対策型検診として推奨されないという状況を回避したいとする要望であった。
この要望に基づき、文献レビュー委員会の泌尿器科医の委員により提案された推奨の表現は以下の通りであった。
「前立腺特異抗原(PSA)による検査は、前立腺がんの早期診断をする上で有用な検査である。最新の時系列研究での死亡率減少効果、無作為化比較対照試験で転移がん(進行がん)の罹患率減少効果など、死亡率減少効果を示唆する結果がでているため対策型検診としての受診機会を維持すべきである。しかし、現在重要な研究が進行中であるため、現時点での推奨度は確定できない(判定保留)。任意型検診として実施する場合には、利益と不利益について適切に説明する必要がある。現在進行中の重要な研究の結果が明らかになり次第、速やかに改訂を検討する。」
上記意見に関する当研究班としての見解は、証拠レベル判定1)2)に関しては本文中(IV.結果 2.検診方法の証拠参照)、3)に関しては本文中(VI.考察 1.有効性評価参照)に記載した通りである。また、仮に証拠レベル判定における上記意見中の見解が正しいと仮定しても、死亡率減少効果に関して結果は一致していないという結論は変わらないため、その採用の如何に関わらず、推奨グレードが「I」であることも変化することはない(III.方法 6.検診方法別の評価参照 )。また、推奨の表現に関しては、推奨グレードI とした場合には、対策型検診としては推奨しないことが本ガイドラインの原則であり、上記における「対策型検診としての受診機会を維持すべきである」という表現は、対策型検診の実施を容認することと同義となり、推奨Iの原則に反する内容であった。証拠のレベルを1-/2-と判定した検診を推奨グレードIとしない、または、推奨グレードIと判定した検診を対策型検診として推奨する、とするには、当研究班における推奨グレードの判断基準を変更する必要があるが、今回の事例を考慮しても、その定義の変更は適当ではないと判断した。また、「判定保留」という表現はガイドライン使用者にとって理解しにくく、現状追認となりかねないことから、そのような表現は当研究班としては採用しないこととした。ただし、転移がんをエンドポイントとした無作為化比較対照試験の中間結果が公表され、欧米での大規模無作為化比較対照試験の結果の公表も間近いという事情を配慮して表現を検討した。その結果、欧米での無作為化比較対照試験の結果が2008年以降に公表された場合は、ガイドライン更新の時期を待たず、公表後速やかに改訂を検討することを付記することとした。さらに、この最終判断は、文献レビュー委員会に参加協力した泌尿器科医の委員のコンセンサスが得られたものではないことを付記することとした。
最終的な判断は、有効性評価に基づくガイドライン作成手順9)の原則に従い、対策型検診に関する推奨の表現は「死亡率減少効果の有無を判断する証拠が現状では不十分であるため、現在のところ対策型検診として実施することは勧められない。」とした。当研究班としての最終的な公式見解は、総括表および「IV.結果」「V.推奨グレード」の章に前述した通りである。


【参照】
V.推奨グレード

 

 
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