有効性評価に基づく前立腺がん検診ガイドライン
VI.考察
2. 不利益に関する評価
PSAによる前立腺がん検診では、有効性評価だけではなく、不利益が重要な検討課題である。定量的な不利益の評価は困難ではあるが、他のがん検診と比べても、特に過剰診断が大きな問題となっている。米国とオランダの研究での過剰診断の割合の定義は、「放置しても症状発現しないがん/検診発見がん」であり69),71)、一方カナダの研究での定義は、「放置しても死に至らないがん/死に至るがん」であるため67)、成績を一概に比較することはできないが、これまでのモデル解析によると、人種、年齢などの差や解析方法による違いはあるものの、25-84%と推定されている。一方、従来、前立腺がんは、ラテントがんの割合が50歳以上で13-27%と報告されており、人種差がないことが指摘されている5)。このため、そもそもがん検診の評価は一般に局在がん(早期がん)の増加をもって代替指標として評価することはできないが、前立腺がん検診においては過剰診断、リードタイム・バイアス、レングス・バイアスの問題が顕著なため、特にその点に注意すべきことが、PSA検診の普及段階から指摘されている108),109)。
PSA検査は一般的な血液検査と同様であり、スクリーニング検査自体における不利益は存在しないが、スクリーニングにおける精密検査と治療後の合併症については、PSA検診の不利益として従来議論されてきた問題点である。精密検査に伴う偶発症の発症率(7.0-69.7%)は、他のがん検診と比較した場合、比較的高い(胃:胃内視鏡検査0.0076%、大腸:大腸内視鏡検査0.069%、肺:気管支鏡検査1.30%)16),112),113)。要精検とされるものすべてに前立腺生検が行われるものではなく、大半がPSAの再検査で済まされているとしても、生検の実施については慎重に判断されるべきである。
米国においても、前立腺がんの診断例の70%以上は局在がんである114)。その主たる治療には根治的前立腺全摘術、放射線療法、待機療法がある。そのなかで、手術後の合併症が大きいことが従来から問題視されている。手術療法と待機療法の治療成績を検討した無作為化比較対照試験では、10年間の経過観察で手術により前立腺がん死亡が44%減少(relative risk 0.56, 95%CI:0.36-0.88)、全死因死亡が26%減少した(relative risk 0.74, 95%CI:0.56-0.99)115)。一方、高齢者を対象とした経過観察では、low-grade tumorを有する高齢者は、前立腺がん以外の死因で死亡することが多いと指摘されている116),117)。特に性機能・排尿機能共に、高齢者の合併症頻度が高いと報告されている86)。Prostate Cancer Outcome Studyは追跡調査を行い、治療後5年を経過しても性機能・排尿機能に障害を認めているが、前立腺全摘術と放射線療法に差はないとしている90)。しかし、Madalinskaらの研究では性機能・排尿機能障害は手術例に高いが、SF36による包括的HRQOL(Health-Related Quality Of Life)尺度には差がないとする報告92)もあることから、合併症があってもHRQOLには改善傾向が示されている。
米国では、PSA検査の受診率が高齢者においても比較的高いが、余命が10年に満たない場合には、利益が不利益を上回る可能性は、さらに少ないであろうと指摘されている118)。このため、PSAをがん検診として推奨しているAmerican Cancer SocietyとAmerican Urological Associationにおいても、その対象は余命が10年以上であるとしている122),123)。有効性が示唆されたチロル研究でも死亡率減少効果は19%であり、単純な比較は困難であっても、利益と不利益の差はそれほど大きくはない可能性がある。従って、大規模無作為化比較対照試験により、死亡率減少効果が証明された場合であっても、治療により前立腺がんの死亡を回避するという意味での利益が、過剰診断による過剰治療やそれに伴う合併症などの不利益を上回るかどうか、またその可能性が期待できる対象年齢についての検討が必要である。