有効性評価に基づく前立腺がん検診ガイドライン

 
VI.考察

1. 有効性評価

がん検診の有効性評価の指標は死亡率が原則であり、代替指標による評価は二義的な証拠となる。死亡率をエンドポイントとすることで、がん検診の有効性評価にとって重要な影響を与えるリードタイム・バイアスやレングス・バイアスを回避できることが重要な要因である。診療ガイドライン作成に代替指標を用いることは、研究成果を一定の対象集団に適応した場合に誤った結果を導く可能性があり12)、慎重に対応すべきとされている。がん検診だけではなく、診療に関する先行研究でも代替指標の結果と最終指標の結果が異なった事例や、過大・過小評価の可能性があることなどが報告されている96),97),98),99)。従って、本ガイドラインにおいて、代替指標による研究結果も検討するが、最終的な判断は当該がんの死亡率減少効果に基づく判断を原則とする。
前立腺がん検診については、無作為化比較対照試験による死亡率減少効果が示されておらず、また公共政策として行っているのはドイツのみであるが、これはDRE単独法である100)。しかし、米国を中心に諸外国では、医療現場でのルーチンワークという形で、高齢男性へのPSA検査が広く普及しているが、これらはあくまでも任意型検診としての実施に限られていて、公共政策としての実施ではない。前立腺がん検診は有効性評価研究の成果を待たず、医療において普及してしまったために、報告された研究の大半が観察的研究であり、しかも地域相関研究が抜きんでて多いという状況は、他のがん検診に比べて非常に特殊な状況である。従ってこれらの地域相関研究、時系列研究をどう評価するかが、キーポイントとなる。本ガイドラインにおいても、地域相関研究の扱いについて議論を重ねた。
前立腺がん検診で行われた地域相関研究については、PSA検査の受診率を測定できないため、前立腺がんの罹患率を受診率の代替指標として用いた研究が多く見られた。米国における研究でPSA検査の普及に伴う前立腺がん罹患増加が報告されていることから101),102)、PSA検査の受診率が直接把握されていない場合でも、前立腺がんの罹患率と死亡率を検討した研究を採用し検討することとした。ただし、地域相関研究は集団単位で要因とアウトカムとの因果関係を推計する研究手法であり、コホート研究や症例対照研究などの個人単位で資料を収集した他の観察的研究に比べれば、交絡因子の影響を検討するには自ずと限界がある。諸外国の診療ガイドラインにおいても、地域相関研究や時系列研究はコホート研究や症例対照研究よりも質の低いものとして扱われているが、公衆衛生ガイドラインではほぼ同等の扱いをしているところもある10),11)。しかし、がん検診の評価は診療ガイドラインの範疇で行われており、検診をはじめとする予防対策を対象としているUSPSTFやCTFPHCは地域相関研究や時系列研究を証拠となる研究としてはとりあげていない13),14)。地域相関研究・時系列研究は研究デザインの制約上、検診と死亡率減少との因果関係を必ずしも明確にはできないため、単独の研究での評価は困難ではあるが、重要な情報を示唆することも事実である。よって、地域相関研究・時系列研究については証拠の質として「2+」あるいは「2-」として評価することとした。この状況で地域相関研究の各論文について検討したが、前立腺がん死亡率減少効果を認めないとする論文、認めたとする論文双方に、デザイン上の問題点が認められた。チロルの研究は確かに受診率、罹患率の双方が把握されており、内的妥当性の高い研究ではあるが、有効性を示す同レベルの研究が存在しないことも併せて、地域相関研究全体では「一致性がない」ことから「2-」とせざるを得なかった。
受診率の低さや解析方法など種々の問題が指摘されていることから、ケベック研究は無作為化比較対照試験としては質が高いとはいえず、また、死亡率減少効果があるとは判断し難い。ケベック研究について多くのガイドラインでの評価は同様であり、死亡率減少効果を示す証拠とはみなされていない(5.諸外国におけるガイドライン等との比較参照)。また、コホート研究や症例対照研究においても、一致した研究結果は得られておらず、本ガイドラインでは、PSAによる前立腺がん検診について、全体をあわせても「1-/2-」という証拠の質と判断した。
米国における前立腺がんの罹患・死亡の動向については、前立腺がん検診の影響が指摘され、検討されている103),104)。SEERのデータを用いたjoin point regression analysisでは、人種により若干の差はあるが、前立腺がんの罹患は1980年半ばから増加し、1992-1993年にピークとなり以降減少、死亡率は1987年以降に増加し1991-1992年以降減少傾向に転じている105)。米国FDA(Food and Drug Administration)がPSAを認可したのは、前立腺疾患のモニタリングの使用については1986年、早期診断については1994年だが、Prostate Cancer Awarenessによる無料の検査提供が1989年から開始され、1991年以降には受診者が急増している23),106)。しかし、PSA検査のlead timeが5-7年であることから67),68),69),70),71),72)、前立腺がん死亡の減少は、検診の普及に即呼応しただけとは考えがたく、治療法の進歩による影響が示唆される。また、前立腺がん死亡の増減に、死因の誤分類の影響も指摘されている107)
今回、評価対象とした地域相関研究・時系列研究の結果をみても、これらの研究は各個人の受診歴を正確に把握したものではないため、詳細な情報を追加したり、緻密な解析を行ったとしても、がん検診による死亡率減少効果を、他の医療サービス(診断や治療など)と識別し、単独で示すことは不可能である。


【参照】
VI.考察 3.推奨決定に至る論点

 

 
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