有効性評価に基づく前立腺がん検診ガイドライン

 
V.推奨グレード


各検診方法の推奨グレード(表17)について、有効性評価に基づくガイドライン作成手順9)の基本方針に従い、証拠のレベル及び各検査方法の不利益を勘案し、文献レビュー委員会・ガイドライン作成委員会及び研究班での協議の上、決定した。
最終的に、前立腺がん検診の方法として検討した前立腺特異抗原(PSA)及び直腸診はいずれも推奨Iと判定した。
直腸診の推奨については、基本的表現とほぼ一致する表現を採択したが、前立腺特異抗原(PSA)の推奨の表現は、文献レビュー委員会に参加協力した泌尿器科医の委員のコンセンサスが得られたものではないことを付記することとした(泌尿器科医の委員の意見の詳細に関しては、「推奨決定に至る論点」に後述した)。
本研究班の提示する推奨は、あくまでも死亡率減少効果と不利益に関する科学的証拠に基づいた判断である。なお、対策型検診は、対象集団における当該がんの死亡率減少を目的とし、公共的な予防対策として行われるべきものである。一方、任意型検診は、個人の死亡リスク減少を目的としている。両者の定義及び特徴は、表1のとおりである。対策型検診及び任意型検診別に、各検診方法の推奨グレードを表18にまとめた。
推奨Iと判断された検診方法は、科学的根拠が不十分なことから、対策型検診としては勧められない。一定の評価を得るまで公共政策として取り上げるべきではなく、現在実施している場合、その継続の是非を検討すべきである。仮に実施する場合は、有効性評価を目的とした研究のみに限定されるべきである。その場合であっても、研究の実施主体や目的を明確にし、対象者への適切なインフォームド・コンセントを行うことと同時に、その成果を公表する責任がある。ただし、有効性評価を目的とした研究には、有効性評価への寄与が小さい発見率などの報告は含めないことに留意する。任意型検診として行う場合、がん検診の提供者は、死亡率減少効果が証明されていないこと、及び、当該検診による不利益について十分説明する責任を有する。任意型検診においては、受診者の価値観を踏まえ、受診選択を支援するにあたり、有効性が不明であることに加え、不利益についても正確な情報を伝達すべきである。

1)直腸診:推奨グレード I
死亡率減少効果の有無を判断する証拠が不十分であるため、対策型検診として実施することは勧められない。任意型検診として実施する場合には、効果が不明であることと不利益について適切に説明する必要がある。

2)前立腺特異抗原(PSA):推奨グレード I
PSA 検査は、前立腺がんの早期診断をする上で有用な検査である。しかし、死亡率減少効果の有無を判断する証拠が現状では不十分であるため、現在のところ対策型検診として実施することは勧められない。任意型検診として実施する場合には、効果が不明であることと過剰診断を含む不利益について適切に説明する必要がある。現在、重要な研究が進行中であるため、それらの研究の結果が明らかになり次第、速やかに改訂を検討する。


表17 前立腺がん検診の推奨グレード
検査方法 証拠 推奨 表現
直腸診(DRE) 2- I 死亡率減少効果の有無を判断する証拠が現状では不十分であるため、対策型検診として実施することは勧められない。任意型検診として実施する場合には、効果が不明であることと不利益について適切に説明する必要がある。
前立腺特異抗原(PSA) 1-/2- I PSA検査は、前立腺がんの早期診断をする上で有用な検査である。しかし、死亡率減少効果の有無を判断する証拠が現状では不十分であるため、現在のところ対策型検診として実施することは勧められない。任意型検診として実施する場合には、効果が不明であることと過剰診断を含む不利益について適切に説明する必要がある。現在、重要な研究が進行中であるため、それらの研究の結果が明らかになり次第、速やかに改訂を検討する。


表1 対策型検診と任意型検診の比較
検診方法 対策型検診
(住民検診型)
任意型検診
(人間ドック型)
Population-based screening Opportunistic screening
定義
目的 対象集団全体の死亡率を下げる 個人の死亡リスクを下げる
検診提供者 市区町村や職域・健保組合等のがん対策担当機関 特定されない
概要 予防対策として行われる公共的な医療サービス 医療機関・検診機関等が任意に提供する医療サービス
検診対象者 検診対象として特定された集団構成員の全員(一定の年齢範囲の住民など)。ただし、無症状であること。有症状者や診療の対象となる者は該当しない 定義されない。ただし、無症状であること。有症状者や診療の対象となる者は該当しない
検診費用 公的資金を使用。無料あるいは一部少額の自己負担が設定される 全額自己負担。ただし、健保組合などで一定の補助を行っている場合もある
利益と不利益 限られた資源の中で、利益と不利益のバランスを考慮し、集団にとっての利益を最大化する 個人のレベルで、利益と不利益のバランスを判断する
特徴
提供体制 公共性を重視し、個人の負担を可能な限り軽減した上で、受診対象者に等しく受診機会があることが基本となる 提供者の方針や利益を優先して、医療サービスが提供される
受診勧奨方法 対象者全員が適正に把握され、受診勧奨される 一定の方法はない
受診の判断 がん検診の必要性や利益・不利益について、広報等で十分情報提供が行われた上で、個人が判断する がん検診の限界や利益・不利益について、文書や口頭で十分説明を受けた上で、個人が判断する。参加の有無については、受診者個人の判断に負うところが大きい
検診方法 死亡率減少効果が示されている方法が選択される。有効性評価に基づくがん検診ガイドラインに基づき、市区町村や職域・健保組合等のがん対策担当機関が選ぶ 死亡率減少効果が証明されている方法が選択されることが望ましい。ただし、個人あるいは検診実施機関により、死亡率減少効果が明確ではない方法が選択される場合がある
感度・特異度 特異度が重視され、不利益を最小化することが重視されることから、最も感度の高い検診方法が必ずしも選ばれない 最も感度の高い検査の選択が優先されがちであることから、特異度が重視されず、不利益を最小化することが困難である
精度管理 がん登録を利用するなど、追跡調査も含め、一定の基準やシステムのもとに、継続して行われる 一定の基準やシステムはなく、提供者の裁量に委ねられている
具体例
具体例 老人保健事業による市町村の住民検診(集団・個別)
労働安全衛生法による法定健診に付加して行われるがん検診
検診機関や医療機関で行う人間ドックや総合健診
慢性疾患等で通院中の患者に、かかりつけ医の勧めで実施するがんのスクリーニング検査
注1) 対策型検診では、対象者名簿に基づく系統的勧奨、精度管理や追跡調査が整備された組織型検診(Organized Screening)を行うことが理想的である。
ただし、現段階では、市区町村や職域における対策型検診の一部を除いて、組織型検診は行われていないが、早急な体制整備が必要である。
注2) 2005年に公開した大腸がん検診ガイドラインでは、対策型検診を一元的にOrganized screeningとしたが、2006年の胃がん検診ガイドラインでは、わが国における対策型検診の現状を考慮し、現状の対策型検診(Population-based screening)と対策型検診の理想型である組織型検診(Organized screening)を識別し、その特徴を明らかにした。
注3) 任意型検診の提供者は、死亡率減少効果の明らかになった検査方法を選択することが望ましい。
がん検診の提供者は、対策型検診で推奨されていない方法を用いる場合には、死亡率減少効果が証明されていないこと、及び、当該検診による不利益について十分説明する責任を有する。


表18 実施体制別前立腺がん検診の推奨グレード
検診体制 対策型検診 任意型検診
Population-based Screening Opportunistic Screening
概要 対象集団全体の死亡率を下げる 個人の死亡リスクを下げる
具体例 老人保健事業による市町村の住民検診(集団・個別)
労働安全衛生法による法定健診に付加して行われるがん検診
検診機関や医療機関で行う人間ドックや総合健診
スクリーニング方法 推奨
直腸診(DRE) ×(推奨I)注1) △(推奨I)注2)
前立腺特異抗原(PSA) ×(推奨I)注1) △(推奨I)注2)
注1) 死亡率減少効果の有無を判断する証拠が不十分であるため、対策型検診として実施することは勧められない。
注2) がん検診の提供者は、死亡率減少効果が証明されていないこと、及び、当該検診による不利益について十分説明する責任を有する。
任意型検診として実施する場合には、効果が不明であることと不利益について十分説明する必要がある。その説明に基づく、個人の判断による受診は妨げない。


【参照】
VI.考察 3. 推奨決定に至る論点

 

 
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