有効性評価に基づく前立腺がん検診ガイドライン
IV.結果
2. 検診方法の証拠
1)直腸診
検査法の概要
直腸診 (digital rectal examination:以下DRE)は、被検者を仰臥位、側臥位あるいは膝肘位にして、検者の示指を肛門より直腸内に挿入することにより行われる。前立腺は肛門より約5cmの位置で直腸の12時方向に触知できる。正常前立腺の表面は平滑であり、弾性軟〜弾性硬の硬度を示す。前立腺表面の不整、石・骨様の硬結、左右不対称は前立腺がんの存在を疑う異常所見である。
直接的証拠
DREによる前立腺がん死亡率減少効果に関する直接的証拠として、時系列研究23)1文献と症例対照研究 (表8)24),25),26),27)4文献の結果を示した。アメリカ・ニューメキシコにおける時系列研究では、年齢調整した人口10万人あたりの前立腺がん死亡は1978-1982年の23.0人から1988-1991年の21.6人と、6.1%減少したことが報告されている23)。スクリーニング実施率が直接的には把握されていないものの、DREによるスクリーニングの普及により前立腺がん死亡率が減少したと著者らは推測している。また、著者らは推測の根拠の一つとして、遠隔転移がんの減少を認めたとしているが、それは限局がんとして発見されたがんの増加に伴う遠隔転移がんの相対的な割合の減少が主たるものであり、遠隔転移がん自体の年齢調整罹患率は横ばいであった。本研究では、時系列研究の限界として多数の要因が関与していると考えられ、結果の解釈には注意が必要である。Kaiser Permanente Medical Care Program Northern California Regionの会員を基本集団とし、転移がん139人を症例群としたFriedmanらによる症例対照研究においては、過去約10年間にDREによるスクリーニングを1回以上受けた場合の転移がんの相対危険度(人種で補正)は0.9(95%CI:0.5-1.7)であったことより、DREによる転移がんの予防効果はほとんど認められないことが示されている24)。1981年から1990年までに前立腺がんで死亡したポートランドKaiser Permanente Northwest(KPNW)の会員150人を症例群として検討したRichert-Boeらによる症例対照研究の結果によると、過去10年間にDREによるスクリーニングを1回以上受けた人の割合は症例群と対照群で差がなかった(OR=0.84, 95%CI:0.48-1.46)25)。過去5年間のスクリーニングに限定しても結果は同様であった(OR=0.93, 95%CI:0.56-1.53)。また、1992年から1999年の間に前立腺がんで死亡したKPNWの会員171人を症例群とし、前立腺がんスクリーニングが前立腺がん死亡に与える影響を検討したWeinmannらによる研究においても、前立腺がんスクリーニング(大部分がDRE)により前立腺がん死亡リスクは30%減少したが有意差は認められなかった(OR=0.70, 95%CI:0.46-1.1)26)。これら3文献の症例対照研究ではDREの有効性には否定的であったが、症例数が充分に多いとは言えず、検出力が小さかった可能性もある。一方、アメリカ・ミネソタ・オルムステッド郡で施行された症例対照研究はDREによる前立腺がん死亡率減少を示した数少ない論文のひとつである。173人の症例群と346人の対照群を検討した結果、対照群は症例群よりDREによるスクリーニング実施率が高かった(OR=0.51, 95%CI:0.31-0.84)27)。また、前立腺がんに起因する血尿、骨痛や骨盤痛がないDREスクリーニングに限ると、オッズ比は0.31(95%CI:0.19-0.49)であった。この研究では基本集団をMayo clinicの医療台帳から抽出し、clinicの受診期間をマッチング因子に含め、合併症の数に差がないことにより、self-selection biasの混入の回避を試みている。しかし健康意識の偏りを評価するためには、医療機関の受診回数や内容等についても吟味する必要がある。また対象者に医療関係者が多いという点で外的妥当性に欠けている。
表8 直腸診に関する症例対照研究
報告者 | 報告年 | 文献No. | 対象症例数 | 対象年齢 | 前立腺がん死亡減少効果 |
症例/対照 | オッズ比 (95%信頼区間) | ||||
Friedman GD | 1991 | 24 | 139/139 | 症例:39-95歳 対照:40-93歳 |
0.9(0.5-1.7)注1) |
Richert-Boe KE | 1998 | 25 | 150/299 | 40-84歳 | 0.84(0.48-1.46) |
Weinmann S | 2004 | 26 | 171/342 | 45-84歳 | 0.70(0.46-1.1) |
Jacobsen SJ | 1998 | 27 | 173/346 | 73-85歳注2) | 0.51(0.31-0.84) |
注1) | 有転移前立腺がん予防効果. 相対危険度 (95%信頼区間) |
注2) | 25th-75thパーセンタイル |
間接的証拠
Mistryらは、1966年から1999年11月までにOVIDデータベースに収載された13文献を対象にメタ・アナリシスを行っている28)。DREの感度、特異度、陽性反応適中度は、それぞれ、53.2%、83.6%、17.8%であった。一方、4 ng/mLをカット・オフとした場合のPSA検査の感度、特異度、陽性反応適中度は、それぞれ、72.1%、93.2%、25.1%であった。
不利益
DREは一般的な診察手技と同様であり、検査に伴う羞恥心を除いてスクリーニング検査自体の不利益は極めて少ない。検診として考えると、過剰診断と精密検査に伴う偶発症・治療の合併症が不利益に相当する。このうち、精密検査に伴う偶発症・治療の合併症はPSAによる検診と同一であるため、2)前立腺特異抗原(PSA)の項で論じる。
証拠のレベル:2-
DREによる前立腺がん死亡率減少効果を示した直接的証拠としては、オルムステッドにおける症例対照研究がある。ニューメキシコ研究では、前立腺がん死亡率減少効果に肯定的に結論づけたが、時系列研究としての限界がある。直接的証拠として採用した他の症例対照研究3文献では有効性は否定的であった。DREについては、症例対照研究・時系列研究など複数の研究が存在するが、死亡率減少効果について一致性がないことから、証拠のレベルは2-と判断した。