(旧版)骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン
資料 |
骨粗鬆症における医師主導型臨床研究:A-TOP研究会
【骨粗鬆症に関するエビデンスの現況】
現段階において最も質の高いレベルのエビデンスは,「ランダム化された比較研究のメタアナリシス」と規定されている503)。また,その比較研究は品質が管理・保証された方法で実施されることが前提となっており,研究のエンドポイントとしては,比較的短期間に得られる代理的なエンドポイント(surrogate endpoint)よりも疾患の本質に近い,真のエンドポイント(true endpoint)が求められる。
わが国における質の高いエビデンスの代表的なものには,企業の主導によって承認申請を目的として行われる治験がある。これは多くの場合,二重盲検の形態で,GCPの基準に則って実施され,骨粗鬆症では一次エンドポイント(primary endpoint)として骨折発生頻度が用いられる。
一方,海外の場合は,医師主導での研究が中心であり,ビスフォスフォネートではFIT34),192)やVERT94),424)が,選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)ではMORE95),504)が,その代表例として知られている。これらの一次エンドポイントとして,椎体や大腿骨の骨折予防効果を評価したエビデンスが報告されている。また,骨粗鬆症に関する大規模臨床研究の状況に関し,現在公開されている骨粗鬆症トライアルデータベース505)から調査すると,148の研究が登録されており,そのうち疫学的研究は82,介入的研究は66となっている。
【A-TOP研究会の概要】
これらのエビデンスの活用を考えた場合,必ずしも日常診療レベルへの適応が容易でないケースも想定される。たとえば,治験は限定された医療機関で厳密な症例選択基準に則って実施された単剤同士の比較結果である。そのため,対象とならなかった背景を有する症例や,わが国独自の保険診療があるため,併用に関する情報が不明確であり,適応は類推に留まらざるを得ない。また,海外の大規模臨床研究を参照する場合においても,人種や生活習慣の相違から,直接的な適応が懸念されるわけである。
以上のような背景に対し,日本骨粗鬆症学会では,医師主導型の研究組織としてA-TOP(Adequate Treatment of Osteoporosis)研究会506)を立ち上げた。A-TOP研究会では2002年より,日本人を対象とした表59の研究課題に対するエビデンスの構築に取り組んでいる。
表59 A-TOP研究会における研究課題 |
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*JOINT(Japanese Osteoporosis Intervention Trial) |
【薬剤による治療介入研究(JOINT)のプロトコールの概要】
わが国の医師主導研究においては,欧米と比較し潤沢な資金が得られにくい状況にあり,骨粗鬆症の薬剤による治療介入研究(JOINT)*プロトコールでは,研究資金を抑制することを念頭に,日常診療のなかからエビデンスを構築する手法を検討した。すなわち,保険診療の範囲内で市販の薬剤を使用し,オープンラベルでのランダム化割付を行い,その結果を回収・集積する方策を採用した。一方で,研究の質を管理するため,専門機能を有するNPOやSMOと業務提携をすることによって実際の運用を行うことにした(図27)。
JOINTとして実施されるプロトコールの選出は,治療薬の使用実態と求められるエビデンスに関する調査を行い,実行委員会での論議を行ったうえで,治療実態に即したものを選出している。現在実施中のプロトコールであるJOINT-02では,治療の中心となっているビスフォスフォネート(アレンドロネート)に対する活性型ビタミンD3の併用効果を,新規椎体骨折の発生頻度を一次エンドポイントとして検証することを目的とし,症例の登録を進めている507)。2003年11月の研究の公表以降,全国各地において研究説明会を開催することで,2006年8月現在,参加施設は400を超え,目標とする1,780例に対して2,049例の登録数(月あたり約100例の登録スピード)を得るに至っている。今後の課題としては,椎体の骨折判定および骨密度測定に関する技術普及や,医師自身によるデータ入力の実施を進め,簡便かつ廉価な情報収集体系を構築する予定となっている。
図27 A-TOP研究会の組織と機能 |
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*PHRF(Public Health Research Foundation) |
【今後求められるエビデンス】
わが国の骨粗鬆症診療では,診断基準が1995年に提唱されて以来,治療の開始ポイントとして日常診療で用いられてきた。一方,近年の疫学研究より,骨粗鬆症に至るその前段階において骨粗鬆症治療の一次エンドポイントである骨折が発生しているとの報告319)がある。このことからカットオフ値(若年成人の平均骨密度-2.5SD未満)に至る前段階での介入が提唱されている。これは骨性因子における骨の密度ばかりではなく,これまで未解明の影響因子の存在と,それにかかわる管理の必要性を示すものと考えられる。このような背景の中で,A-TOP研究会のプレリミナリーな検討では,骨密度のほか,年齢,椎体既存骨折数,骨吸収マーカー値がそれぞれ独立して新規の椎体骨折に影響する可能性が示唆され,その重複により骨折の確率が増加することが確認されている。今後,わが国において,個人別のいわゆるテーラーメード医療を推進するためには,これらの新規骨折のリスクの解明と,それに対応した介入試験の結果の両者を組み入れていく必要があるものと思われる。
現在A-TOP研究会では,次なる介入研究JOINTプロトコールを準備しているが,これと併せて,新規骨折リスクの明確化を目的とする疫学研究組織としてJOB(Japanese Osteoporosis Basic database)委員会を新たに発足し,データ登録システムを構築している。疫学と介入の両エビデンスを構築し,それを基にしてガイドラインを作成することがA-TOP研究会の最終目標と考えられている(図28)。
図28 テーラーメード医療に向けたA-TOP研究会の活動 |
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【参照】
「II 骨粗鬆症の診断 C.椎体のエックス線写真の評価:骨粗鬆化と骨折の評価 」