(旧版)骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン

 
V 骨粗鬆症の治療

 
D.骨粗鬆症の薬物治療
a.病態,病期ごとの薬剤選択の考え方

骨粗鬆症の病因は多岐にわたるので,ある患者でどのような病因で,どのような病態をとっているのかを解析することは困難なことが多い。また病期も多様であり,まったくの無症状の患者から強い疼痛を訴える患者,または骨折を伴う患者,骨折に続いて起こる合併症を有するものなど多様である。このような多様な病態と病期のそれぞれについて,治療指針を提示できるほどの検証的報告はほとんどない。すなわちいまだに骨粗鬆症は多様な状態の患者の集団として一括して取り上げられ,治療が行われているのが現状である。しかし最近,海外において行われた多くの大規模臨床試験成績が再解析され,いくつかの点に関する治療効果の違いが判明した部分もある。本稿においてはこのような海外における知見から考えられる治療指針を提示してみたい。しかしこれらの知見はあくまでも海外においてビタミンDとカルシウムの補給を基礎治療として行った大規模試験の結果であり,人種差やカルシウム環境上の差異を考慮すると,わが国の臨床現場に直接に応用するには一定の配慮が必要である。


Research Question
骨粗鬆症の病態の違いにより治療法を変えるべきか

病態とは,疾患の状態を表す言葉であり,状態が意味するところは,字句通りに解釈すれば,基本的な疾患の成立要因も指すであろうし,疾患がもたらした病像をも包含した言葉であると思われる。しかし,一般的に病態という言葉は病態生理という言葉の代用として用いられることが多く,疾患の成立要因としての生理機能状態を意味していることが多い。したがって,この項においては疾患の成立・進展要因としての生理機能状態を病態と呼ぶことにする。

骨代謝回転からみた骨粗鬆症治療
骨は二つの独立した細胞系が機能的に連携しながら,新しく骨を生成し,また吸収することにより新陳代謝を営んでいる。この新陳代謝の過程を骨代謝回転という。この二つの細胞系(破骨細胞と骨芽細胞)の活性は成長期において活発であり,成熟期で鎮静化し,閉経期で再び活性化される。骨代謝回転は最近注目されるようになった骨の質を構成する一要因であり36),この活性化の程度とバランスは骨強度に強く関連している。事実,いくつかの報告において骨吸収マーカーや骨形成マーカーの高値が,骨折や骨密度低下の予知因子であることが報告されている102),293),294),295),296)。このような事実からみれば,骨粗鬆症治療の最終目標である骨折の予防に関し,第一に骨代謝回転の抑制を図ることと,第二に骨代謝回転が亢進した例とそうでない例とで治療法に選択の幅をもたせることには意義があると考えられる。
一般的にいってビスフォスフォネート系薬剤とSERMにおいて比較的強力な骨代謝回転抑制作用がみられる。したがって,これら二つの薬剤は骨吸収抑制剤と一括して総称されることが多い。ここでもしも骨吸収抑制剤が骨吸収を抑制することによってその骨折予防効果を発揮するのであれば,骨吸収が亢進した例で,より骨吸収抑制剤の効果が高いことが予想され,もしもそうであるのならば,治療前に骨代謝回転を骨代謝マーカーにより評価しておくことは有用である可能性がある。このような考え方から,海外の大規模試験のサブ解析が試みられている。以下にその成績を示す。
第一の報告はリセドロネート297)において行われた。すなわち治療前の骨代謝マーカーが中央値より高かった群と低かった群とで骨折抑制効果を検討したものである。骨折の発生率はプラセボ群の高代謝回転群で高く,代謝回転の亢進はやはり椎体骨折の危険因子であった。しかしリセドロネートの骨折抑制効果は代謝回転の高低に影響されず,いずれの群でもプラセボ群に比べリセドロネート投与群では有意に骨折発生を抑制していた。アレンドロネートについても骨折抑制試験のサブ解析が行われ,興味深い報告がなされた298)。このサブ解析においては骨折発生を長管骨骨折と椎体骨折に区別し,さらに治療前の骨代謝マーカーとしてPINP(N-terminal propeptide of type I collagen)を取り上げている。治療前PINPをその高さで3群に分類したところ,以下の諸点が明らかとなった。
1 骨粗鬆症例におけるアレンドロネートの長管骨骨折の発生予防効果はPINPのtertile1,2,3の順に0.88(relative hazard,95%CI:0.65〜1.21,NS),0.74(95%CI:0.54〜1.01,NS)および0.54(95%CI:0.39〜0.74,p=0.03)と段階的に長管骨骨折抑制効果が高かった。すなわちアレンドロネートによる長管骨骨折抑制効果は治療前PINPの高いもの(tertile3),すなわち代謝回転が高いものほど有効であった。
2 このような所見は非骨粗鬆症群でもみられた。
3 しかし治療前PINPの値により椎体骨折発生抑制率の違いを観察したが,長管骨骨折におけるような結果は得られなかった。すなわち骨粗鬆症,非骨粗鬆症いずれの群でも椎体骨折予防効果は治療前PINPの値に依存しなかった。
またラロキシフェンでは,PINP, BAP, OCなどの骨代謝マーカーの治療後の変化率または変化量が,その後の新規骨折の発生を予測したと報告されている299),300)
したがって,これら薬剤の骨折予防効果と基礎骨代謝回転の評価もしくは治療後の変化は,ビスフォスフォネートの場合特に長管骨骨折予防の見地から重要であると推定でき,またラロキシフェンの場合椎体骨折の予防効果との関連で重要であると推定できよう。基礎骨代謝マーカー値と治療後の骨密度の反応性についてはエストロゲン治療301)とカルシトニン治療302)において同様の報告がなされており,一般的にいって基礎代謝マーカーが高値な例のほうが骨密度の治療後の反応が高いことが知られている。
<評価と推奨>
1 アレンドロネート,リセドロネートは治療前骨代謝マーカーの高低にかかわらず骨折抑制効果を発揮する(レベルI)(グレードA)。
2 ラロキシフェンの骨折抑制効果は治療による骨代謝マーカーの変化率に依存する(レベルII)(グレードB)。

骨密度低下速度からみた骨粗鬆症治療
骨密度低下速度が早い例をfast loser,遅い例をslow loserと呼び,区別して考えるべきであるとする意見がある303)。しかしこの用語の定義は今のところあいまいであり,どの程度をもってfast loserとするか,またfast loserの基礎にはどのような病態が関与しているのかについての詳細な検討はないといってよいと思われる。fast loserはより早く骨粗鬆症に移行し,また骨粗鬆症例にあっては,より早く骨折に至る可能性が想定されるが,そのような記載はない。ただ文献303においてfast loserに骨折発生が多かったとの記載がみられるが,症例数が少なく推計学的に意味がある記載とは思われない。fast loserが事前に規定できない以上,この群における臨床試験も行い得ない。つまり比較的よく使用される病態上の用語であるにもかかわらず,これら二つの骨密度動態に対する治療法の勘案もなされていない。
<評価と推奨>
本ガイドラインでは,この病態に対する何らの推奨も行い得ない。

疼痛からみた骨粗鬆症治療
腰背部痛は,骨粗鬆症患者でもすでに骨折を有する例や新鮮椎体骨折をもつ例では高頻度にみられる症状である。実際のところこの症状をもって診療に訪れる例が多い。したがって,この症状に対する治療方法の確立は重要である。わが国では伝統的にこの症状に対してカルシトニン製剤が用いられることが多い。本剤の開発段階で疼痛の抑制効果が二重盲検試験により確認できたためこのような使用方法が一般化した304)
疼痛に関するもう一つの注目すべき報告はアレンドロネートの投与で観察されている。すなわちアレンドロネートの投与群では対照群に比べ,疼痛によると思われる臥床期間の短縮がみられたとの報告である271)。また,リセドロネートの二重盲検試験の成績では,日本語版SF-36を用いて体の痛みが改善されたことが報告されている101)。さらにMORE studyのサブ解析によれば,新規椎体骨折の発生数が多いほど患者のQOLが低下したと報告されている47)。このことから演繹すれば,骨折の抑制は終局のところ臨床症状の発生の抑制に直結する効果があるのではないかと推定できるが,今のところ骨折発生の抑制と疼痛の抑制との間の直接的証明をした報告はない。
<評価と推奨>
1 疼痛を有する骨粗鬆症例には,カルシトニン製剤を用いることは有効である(レベルI)(グレードA
2 アレンドロネート,リセドロネートには,骨粗鬆症の疼痛緩解効果が期待される(レベルII)(グレードB)。

各種ビタミンの過不足と骨粗鬆症治療の選択

ビタミンD,ビタミンK,ビタミンB12などの不足と骨粗鬆症との関連は以前から指摘されてきた点である。ビタミンDは潜在的不足が老年者において高頻度にみられ,二次性副甲状腺機能亢進症や高代謝回転を惹起し,特に長管骨骨折リスクの増大や長管骨骨密度低下がもたらされると考えられている305),306)。ビタミンD不足はまた骨格筋の虚弱化(sarcopenia)をまねき,二次的に転倒頻度が増すという307)。天然型ビタミンDの補給により大腿骨頸部骨折リスクを低下させたとの報告222)と骨折を抑制できなかったとする報告308)があるが,この差は基礎ビタミンD血中濃度,投与量およびコンプライアンスなどに左右されると思われる。しかし少なくともビタミンDが不足しがちな施設入所老人309)や家庭で寝たきりになっている老人でビタミンDの補充を行うことは意味があることであろう。天然型ビタミンDは保険医療の対象外である。活性型ビタミンD3製剤が椎体骨折を予防できるとするわが国の報告はいくつかみられる310),311)
ビタミンKに関しても,その不足が大腿骨頸部骨折のリスクとなり312),またその補充が大腿骨頸部骨折の予防となった313)との報告がみられる。さらにわが国で使用されているビタミンK2(メナテトレノン)が椎体骨折を予防できたとの報告がなされている314)。ビタミンB12については最近,本剤の投与で神経疾患をもった患者の骨折が予防可能であったとの報告315)があり注目される。またビタミンB12投与で低下することが予想されるホモシステインが骨密度とは独立した骨折のリスクであるとの報告316),317)から併せ考えると,このビタミンも骨粗鬆症では低下していることが推測される。しかしホモシステインの代謝は複雑であり,ビタミンB12のみならずビタミンB群,葉酸,葉酸還元酵素の遺伝子多型など多重的に調節されているので,単純にビタミンB12を補給することでこの異常が解消できない可能性もある。
各種のビタミン不足を骨粗鬆症診療上問題とするには,各種ビタミンの測定が骨粗鬆症患者において保険で行えなければなければならない。しかし残念なことに,いずれのビタミンもその不足の状態を評価するシステムが保険適応となっていない現状を勘案すると,これらビタミン不足が骨粗鬆症病態上の変化をもたらすものであることは研究段階で評価することはできても,実際の臨床の場面では評価できない。したがって,本ガイドラインでは以下のような配慮を推奨する。
1 ビタミンD不足が予想される例においてはビタミンD摂取を推奨することには合理性がある(グレードA)。活性型ビタミンD3がこのような例で有効であるか否かについてはデータがない。
2 納豆摂取を行わない例,緑黄色野菜の摂取が極端に少ない例などにおいてビタミンK摂取を推奨することには合理性がある318)グレードB)。
3 ビタミンB12については骨粗鬆症において不足があるか否かについてのデータはない。
<評価と推奨>
骨粗鬆症の成因における各種のビタミン不足が果たす役割については,ビタミンDおよびビタミンK以外のエビデンスがまだ不足している。


Research Question
病期の違いによる骨粗鬆症治療

骨密度からみた病期
骨密度は骨粗鬆症診断の重要な判断根拠であり,かつ骨折発生の主因の一つでもある。骨密度の個人における経過は正常から始まり,次第に低下し,骨減少のレベルを経て骨粗鬆症領域に至る。したがって,骨密度の大小は骨粗鬆症の病期を示すことにもなる。ただし,骨折発生には骨密度以外の要素も関係するので,骨折の発生と骨密度との間には,必ずしも完全なパラレリズムはない。たとえばNORA study319)の結果によれば,長管骨骨折を起こす人の約80%は骨減少例であると報告されている。したがって,骨粗鬆症に限定せず,骨減少例から治療を開始すべきであるとの意見があるのも事実である。この問題については骨粗鬆症の治療開始基準の項(「V 骨粗鬆症の治療 A.治療の目的と開始基準:骨折の危険因子をふまえて b.薬物治療開始基準」参照)で詳しく述べられているので参照されたい。結論的にいえば,骨減少例であっても一定の基準(骨折リスクをもつ)を満足すれば治療を開始することには合理性がある。なぜならば,骨減少例でリスクをもつものの骨折発生率はリスクをもたない例に比べ高まっていることが予想されるからである。しかし本稿のテーマである薬物選択についてはあまりデータがない。ラロキシフェンで骨減少例に対する椎体骨折発生抑制効果が報告され320),また,アレンドロネートの大規模試験の報告192)において,骨減少例でも骨折を有意に抑制していたとの記載があるのみである。骨密度が極端に低下した例における薬物の骨折予防効果についてはあまりデータがない。アレンドロネートはどのような骨密度の患者でも効率的な骨折予防効果を示し得る可能性がある。

骨折の有無からみた病期に対する治療の選択
既存骨折の存在は次なる骨折の大きなリスク要因であり,このような患者に対し新規骨折を予防する目的でどの薬物を使用すべきかは重要な問題である。現在のところ,この問題については海外ではアレンドロネート,リセドロネートおよびラロキシフェンがサブ解析を行い,既存骨折が存在する場合でも存在しない場合でも有意の骨折抑制効果がみられたと報告している。わが国ではKushidaら321)が既存骨折例における新規骨折の抑制効果を活性型ビタミンD3とアレンドロネートで比較し,アレンドロネートの抑制効果のほうが高かったと報告している。またリセドロネートは多発骨折を治療前にもつ例で新規骨折をほぼ完全に抑制したと報告されている322)。ラロキシフェンの椎体骨折予防効果は,特に重篤な椎体骨折(脊椎体の圧壊の程度が重篤で臨床症状をもつもの)の発生を既存骨折がない例で高度に抑制(RR 0.39)し,既存骨折をもつ例でも有意に抑制した(RR 0.63)と報告されている323)。さらにMORE studyのサブ解析で,重篤な骨折変形をもつ例はその後新規長管骨骨折を起こすリスクが高く,ラロキシフェンはこの高度な骨折変形をもつ例の長管骨骨折を有意(RH 0.53)に抑制したと報告されている324)
<評価と推奨>
既存骨折が存在する骨粗鬆症ではアレンドロネート,リセドロネート,ラロキシフェンが推奨される(レベルI)(グレードA)。

 

 
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