(旧版)骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン
V 骨粗鬆症の治療 |
B.治療効果の評価と管理
d.QOLと総合評価
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「生きる」ということに価値を見出すところに本質をみる場合,死にさらされた病者や重度障害者における「生きる」ことの尊重という,本来的な意味(生命の質)をいう。より一般的な理解としては,病者や障害者の健全な生活状態を保持することを意味する(生活の質)。医療のアウトカム(結果,効果)を評価する場合に,客観的な指標とは別に主観的な指標として患者の評価指標が求められ,この評価指標にQOLの概念が導入された。たとえば,骨粗鬆症の薬物療法において,ある薬剤効果を評価する場合には,従来からの指標である骨塩量変化,骨代謝マーカーの変化,骨折頻度の増減,副作用発症調査などを得ることと,患者サイドの評価としてQOL評価を指標として取り入れることで,その薬物療法の有用性をより明確にできるといえる。
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健康関連QOL尺度には,プロファイル型尺度による包括的尺度と,選好による尺度がある。前者にはSF-36(Short Form-36)214)があり,後者にはEQ-5D(Euro QOL)215)とHUI(Health Utilities Index)216)がある。さらに健康関連QOL尺度のなかに疾患特異的尺度が開発されてきており,癌,糖尿病,リウマチなど,それぞれの疾患特有のQOL尺度がある。骨粗鬆症においてはOPAQ217),Qualeffo218),JOQOL219),220)などが開発されている。
骨粗鬆症においてのアウトカム研究での評価尺度はどのように決めればよいか。研究や調査対象が個人か,あるいは集団か,さらには大規模研究なのかに依存するし,その目的や手段によっても異なってくると考えられる。一般には身体機能,職業に関する機能,社会的関係,精神状態,身体感覚などの非特異的尺度に,疾患に特異的な尺度を取り入れて,使い分ける。
日本骨代謝学会骨粗鬆症患者QOL評価質問表(Japanese Osteoporosis Quality of Life Questionnaire:JOQOL)
日本骨代謝学会が委員会組織で作成した骨粗鬆症患者のQOL評価法である。2000年度版は,回答者が記入する現状表と評価表,調査担当者が記入する基本表の3部構成からなり,領域は6で,質問は38問,評価点は152点満点である。0から100点尺度に換算は可能である。さらにミニ版として質問18問も作成されている。総得点での重みづけは行わず,単純総和を得点とする。日常生活動作を主としており,特にわが国の生活様式に適合しうるように考えられている点が特徴である(「資料 骨粗鬆症患者QOL評価質問表(2000年度版)」参照)。
Osteoporosis Assessment Questionnaire(OPAQ)
4領域に18の健康尺度を含み,それぞれは身体機能(外出,歩行,柔軟性,自己管理,家事,移動,仕事),心理状態(転倒への恐れ,緊張感,気分,体型感,自立性),症状(背痛,背部不快感,睡眠,疲労感),社会的相互作用(社会的活動,家族と友人の援助)である。
Questionnaire for Quality of Life by European Foundation for Osteoporosis(Qualeffo-41)
欧州骨粗鬆症財団の脊柱変形を伴う骨粗鬆症患者に対する質問表である。もともとは領域は7で,疼痛,日常活動,家事,移動,娯楽・社会活動,一般健康認知,気分であり,質問は48問であるが,簡略化され5領域41問となった。
表38 骨粗鬆症に用いられているQOL評価法232) |
評価法 | ドメイン数 | 質問事項 | 質問項目 | 特徴 |
Short HAQ (1980) |
8 | 着替え,起立,食事,歩行,衛生,リーチ,グリップ,移動 | 20 | 健康関連QOL。疾患限定なし。機能障害を中心としており,関節疾患によく用いられている。 |
EQ-5D (1990) |
5 | 移動,身の周りの管理,日常活動,痛み,不安 | 5 | 健康関連QOL,日本語版あり。疾患限定なし。完全健康1,死亡0とした一次元の間隔尺度。医療技術の経済評価可能。 |
SF-36 (1992) |
8 | 身体機能,役割制限,痛み,全体的健康観,活力,社会機能の制限,精神機能の障害による役割制限,精神状態 | 36 | 健康関連QOL,日本語版あり。疾患限定なし。健康者との比較が可能。 |
OPAQ (1993) |
4 | 身体機能,心理状態,症状,社会的相互作用 | 79 | 骨粗鬆症疾患特異のQOL。Silvermanにより開発された骨粗鬆症をターゲットとした最初のQOL評価法。やや繁雑。 |
Qualeffo-41 (1997) |
5 | 痛み,生理機能,社会的役割,総合的健康度,心理的要素 | 41 | 骨粗鬆症疾患特異のQOL。欧州骨粗鬆症財団で用いられているQOL評価法。日本におけるQOLの元になっている。 |
JOQOL (2000) |
6 | 痛み,日常生活動作,娯楽・社会的活動,総合的健康度,姿勢・体形,転倒・心理的要素,家族支援,総括 | 38 | 日本の骨粗鬆症疾患特異のQOL。日本の実状に即したQOL評価法。病態評価を含めた総合的な評価が可能。 |
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骨吸収抑制薬による介入において,同等の骨折頻度抑制にもかかわらず骨塩量増加に相違があったり221),骨塩量をほとんど増加させていない薬剤においても骨折頻度抑制が証明されたりしている222)。そのため,最近の骨粗鬆症の臨床試験では,介入効果のプライマリーエンドポイントを骨折頻度の抑制としている。しかし,さらに進めて骨粗鬆症の治療目的を考えると,これからの将来に向かって,臨床試験では患者の身体機能や症状を含んだ健康関連QOLをアウトカムとして測定することが重要になってくる。これらの指標を追跡することで,介入の包括的評価をしうることになり,また,付加的にプラセボ群の成績から骨粗鬆症の自然歴をも知りうる。治療介入による骨折頻度をみる場合に,QOL指標によって実際の患者への影響をほかの介入試験と比較することができ,骨折頻度が低下していても,患者の身体機能が逆に悪化していたり,予測しない効果(たとえば精神・心理的な障害)が現れることを知ることができる。
このように,治療により骨折は同程度に抑制できるが,ある治療ではQOLの改善が著しいのに,ほかの治療ではその効果が少ないということが示される可能性がある。高血圧治療における臨床試験では上記のような事例が示されており223),骨粗鬆症の臨床試験においても考慮することが重要であろう。QOLは椎体骨折数や椎骨変形により大きく影響を受け,年齢と骨折数の増加によりQOLの劣化があり224),高度の変形はより強い背部痛と生活行動の制限を受ける225)ことを考慮しておく必要がある。
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佐久間,遠藤らによると,従来のJOQOLによる報告226),227),228),229),230),231)からまとめると以下のようなことが示されている。
- 年齢とともにQOL点数が低下する。
- QOL点数と腰椎骨密度は相関しない。
- 椎骨骨折の存在はQOL点数を下げる。
- 椎骨後弯変形はQOL点数を下げる。
- 運動習慣のあることはQOL点数が高い。
- 骨粗鬆症では「姿勢・体形」と「転倒・心理的要素」の点数が低い。
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現時点でのQOL評価には何を用いるのが現実的か
SF-36は健康プロファイル型包括尺度であり,一般健康調査として用いられる。EQ-5Dは効用値測定尺度で,健康水準の変化を基数的に評価するための包括的な質問表であり,国際比較や医療経済での効用にも用いられる。OPAQ,Qualef fo-41,JOQOLは骨粗鬆症をターゲットとした質問表である。質問項目が多く,質問は時間スケールが過去(健康度は1年前,体型は10年前)にさかのぼって比較しているため,短期の薬物治療の効果をみるのに注意がいるが,骨粗鬆症のQOLを調査するには大変にすぐれた質問表である。特にJOQOLは,わが国の生活習慣を取り入れ,日本人での成績が集積しつつあることから,今後の臨床応用への期待が大きく,現実的な質問表であるといえる。