(旧版)骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン

 
V 骨粗鬆症の治療

 
A.治療の目的と開始基準:骨折の危険因子をふまえて
a.目標

Research Question
骨粗鬆症の予防と治療の目標は何か

骨強度が低下し骨折危険性が増加しただけでは,臨床症状は生じない。骨粗鬆症は,合併症である骨折により,骨格の身体の支持機能の低下することが問題となる。骨粗鬆症の予防と治療の目的は骨折の予防であり,この目的を達成するための具体的な目標として,骨格の健康を保ち,身体の健全な形態と運動性を維持することがあげられる。


Research Question
骨格の健康とは何か

骨格は骨とその連結からなる構造体である。骨格は身体の形をつくり,運動器として移動を容易にする。したがって,骨格の健康とは,形態と運動機能の面で個人の能力が十分に発揮される状態のことである。骨格の健康は,成長,発達,維持という生涯のすべての過程で骨の代謝に影響を受ける。男女とも年齢が増加するにしたがい骨量は減少するが,骨粗鬆症がつねに骨量の過剰な減少によって生じるというわけではない。小児期から青壮年期にかけて骨強度が十分に増加しないと,閉経期からの骨量減少が著明でなくても,骨粗鬆症になる。
社会全体における骨折発生の低下には,高齢者の骨量減少緩和による骨強度低下の防止とともに,若年者における骨格の発育不良を防止することが重要である。


Research Question
成長期の骨格の発育に必要なカルシウム摂取量は

成長期における適切なカルシウムの摂取は,健全な骨格をつくるために必須である。適切なカルシウム摂取を維持することは生涯を通じて必要であるが,なかでも,成長期,妊娠中,高齢期では重要である。成長期には1日800〜1,000mg以上の摂取が推奨され,1日の摂取量が880mg未満の例で,カルシウム補充が効果的である156)。日常のカルシウム摂取が少ないアフリカのガンビアの調査では,8.3〜11.9歳でカルシウム平均1日摂取量342mgの男女児160例について,炭酸カルシウムで1,000mgまたはプラセボを週5回1年間服用させ比較したところ,前腕骨の骨密度増加はプラセボ群より大きかった186)。一方,食事からのカルシウム摂取量が多いニュージーランドでの8〜10歳の男女児に対するカルシウム補充は18ヵ月の観察でも,プラセボ群と相違はみられなかった。したがって,成長期には,カルシウム不足の防止が重要で,カルシウムが十分に摂取されていれば,さらに増量しても,それ以上の骨格増進効果はない。
成長期のカルシウム摂取のもう一つの役割は,女児における性ホルモンの分泌開始の促進である。スイスのグループは,平均年齢7.9歳の女児122例に,牛乳から抽出した燐酸カルシウムで1日あたりカルシウム850mg,またはプラセボを1年間投与し,8年間のフォローアップで生理発現時期と骨ミネラル量を比較した。その結果,総カルシウム摂取量が多い例ほど生理発現の時期が早かった162)。また,平均年齢16.4歳の時点における骨ミネラルの増加量は,橈骨,大腿骨,腰椎のいずれにおいても,生理発現年齢が早いほど大きかった。これらの事実は,成長期のカルシウム補充は生理発現時期を早め,思春期における骨格の形成に良好な効果を及ぼすことを示唆している。


Research Question
成長完了以後の骨格維持に必要なカルシウム摂取量は

従来から,高齢者においてもカルシウム摂取が骨格の維持に必要とされてきた。骨粗鬆症で骨折危険性が高まった状態では,骨粗鬆症治療薬の効果を十分に発揮させるために,日常生活におけるカルシウムとビタミンDの摂取が必要である。しかし,カルシウムおよびビタミンDの単独ないし併用による高齢者における骨折防止効果の有効性については,最近,疑問がもたれてきた。イギリスで骨折の既往がある70歳以上の5,292例について,1日あたりカルシウム1,000mg,ビタミンD800単位,カルシウムとビタミンD併用,またはプラセボ服用の4群に無作為に分け,2〜5年の骨折発生率を比較した。その結果,全身のすべての骨折の発生率はカルシウム群(1,332例)で14.7%,ビタミンD群(1,343例)15.8%,カルシウムとビタミンD併用群(1,306例)14.1%,プラセボ群(1,332例)15.8%で有意な差はなかった187)。ビタミンDについては,合計9,294例を対象とした七つの無作為化対照試験のメタアナリシスで,400単位では十分な骨折防止効果が得られないという結果も報告されている188)。これらの事実は,高齢者で骨折の危険性が増大している状態では,カルシウムとビタミンDのみでの骨折防止効果は期待できないことを示している。したがって,高齢期におけるカルシウム,ビタミンD摂取の目標は,あくまでも骨の材料の供給である。骨代謝異常により骨強度の低下が進んでいる例では,カルシウムとビタミンDのみで骨格機能の維持という目標を達成するには十分でないというのが現状であろう。


Research Question
運動とバランス訓練の必要性と有効性は

適度な運動が成長期の骨格の発育と維持に必要なことはよく知られている。また,運動の骨格維持に及ぼす効果は,骨強度増加という直接的な効果とともに,身体のバランス機能が低下している例では,転倒の危険性を低下させ骨への外力の増大を防ぐという作用も期待できる。しかし,高齢者一般を対象とした運動療法の転倒防止効果については,全体的には有効性は確認されていない176),189)。効果がみられるのは,1年1回以上の転倒歴のある高齢者を対象とした場合であり,運動訓練群の転倒の危険率は,非訓練群に対し相対危険率は0.8(95%信頼範囲:0.66〜0.98)程度まで低下する。バランス訓練の一つである太極拳(Tai Chi)の転倒に対する有効性を示唆する臨床試験の成績が報告されている190),191)。アメリカのLiらは,70歳以上の高齢者256例(平均年齢77.5歳)について,太極拳群とストレッチ体操群に分けて6ヵ月間の比較試験を行った191)。その結果,6ヵ月間に,ストレッチ群では46%が転倒を経験したのに対し,太極拳群では27%であった。したがって,太極拳は筋力と片脚起立時のバランスを強化するとともに,転倒を防止する効果があり,高齢者の骨格の維持にとって十分な効果のある運動療法であるといえる。これらの事実から,バランス訓練を含めた運動療法の目標は,高頻度に転倒する例における転倒防止であるといえる。


Research Question
骨格機能の維持における薬物療法の目標は何か

骨格機能の維持と増強という骨粗鬆症の予防と治療の目標にとって,薬物療法により骨粗鬆症の骨折危険率を実質的に低下できるようになった意義は大きい。確かに,ビスフォスフォネート,選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)などの骨吸収抑制剤は,骨折危険性が増大した状態を低下させることは明らかである。しかし,その効果は,あくまでも骨強度低下の進行により増大する骨折危険性を,部分的に抑制しているにすぎない。実際,既存骨折を有する骨粗鬆症に対する骨吸収抑制剤治療で,既存骨折のない骨粗鬆症と同じレベルまで骨折危険性を低下させることはできない34),192)。骨形成促進剤である副甲状腺ホルモン治療においても,同様な限界がある98)。また,転倒頻度の増加,座位からの起立困難,母親の骨折歴,喫煙習慣など骨強度との直接の関連性が明らかでない骨折危険因子によって骨折危険性が増加した例では,骨吸収抑制剤は骨折防止効果を発揮していない193)。現状の骨粗鬆症治療薬に期待できる効果,いいかえれば,骨粗鬆症の薬物療法は,あくまでも,骨強度の低下により骨折危険性が増大していることが明らかな例において,その危険性をせいぜい3〜5割低下させるにすぎないことを理解することが必要である。
骨粗鬆症によって増大した骨折リスクを低下させ健全な骨格を維持するという目標の達成には,薬物治療だけでは十分でない。栄養,運動などを含め,骨強度を維持・増加する生活習慣を確立するとともに,転倒など骨強度低下に依存しない骨折危険性を回避するライフスタイルを勧めることが必要である。

 

 
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