(旧版)骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン
II 骨粗鬆症の診断 |
D.骨代謝マーカー測定
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骨代謝回転亢進の程度が高いほど骨密度の減少が大きくなるのみならず,骨密度に関係なく骨折の危険性が高まることから102),骨粗鬆症性骨折のリスク評価としては完全ではないが,骨密度とともに,現在のところ骨代謝マーカーが骨折リスクの優れた代用指標と考えられている103)。したがって,骨代謝回転の高い場合には積極的な治療が必要であると判断でき,治療するかどうかを迷う場合や患者の病識が乏しく治療に積極的でない場合には,科学的な説得データとなる。また,病態にあった効果的な薬剤選択が可能である(図11)(レベルVI)。
骨代謝マーカーには,骨形成マーカーと骨吸収マーカーがあり(表15),血液や尿検査により容易に骨代謝状態を評価できる。今のところ,骨粗鬆症の病態に基づいた治療をすれば骨密度の増加や骨折防止効果が大きいとの二重盲検試験はないが,高回転骨粗鬆症患者のほうが骨吸収抑制剤による骨密度の増加が大きい104)(レベルIII)。
骨代謝マーカーが異常高値を示す場合には,原発性骨粗鬆症以外の甲状腺機能亢進症,副甲状腺機能亢進症,悪性腫瘍の骨転移,腎不全などの疾患も考慮する。また,骨吸収が亢進している症例には骨吸収抑制剤を選択し,亢進の程度が少ない場合には,その他の薬剤による治療も考慮する105)。したがって,薬剤選択に迷う場合には骨代謝の評価が参考となる。一方,薬物治療を行わない場合,あるいは本格的な骨吸収抑制剤以外の薬剤を選択することが決まっている場合には,骨代謝マーカーを測定する意義は小さい(図11)(レベルVI)。
図11 骨粗鬆症診断時の骨代謝マーカー測定(案) |
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#1: | ビスフォスフォネート服用者は少なくとも6ヵ月,その他の骨粗鬆症治療薬は1ヵ月間 |
#2: | 骨吸収マーカーのいずれか1項目を測定する。長期ビスフォスフォネート治療予定者は,骨型アルカリフォスファターゼも測定 |
表15 骨代謝マーカーの種類 |
骨代謝マーカーには,骨形成マーカーと骨吸収マーカーがある。骨形成マーカーは血清,骨吸収マーカーは血清あるいは尿を測定する。尿はクレアチニンで補正し表示される。# は骨粗鬆症に健康保険適用のある検査。 |
骨形成マーカー | |||||
BAP(骨型アルカリフォスファターゼ)# | |||||
PINP(I型プロコラーゲン架橋N-プロペプチド) | |||||
PICP(I型プロコラーゲン架橋C-プロペプチド) | |||||
OC(オステオカルシン) | |||||
骨吸収マーカー | |||||
血清NTX(I 型コラーゲン架橋N-テロペプチド)# | |||||
CTX(I型コラーゲン架橋C-テロペプチド)# | |||||
TRACP5b(酒石酸抵抗性酸フォスファターゼ) | |||||
尿NTX(I型コラーゲン架橋N-テロペプチド)# | |||||
CTX(I型コラーゲン架橋C-テロペプチド)# | |||||
DPD(デオキシピリジノリン) | |||||
遊離型DPD# | |||||
総DPD |
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多くの骨代謝マーカーの測定が健康保険で認められ,それぞれの基準値も明らかにされている(表16)。治療の必要性を説明する場合,骨吸収マーカーが亢進していることを示すことで,骨粗鬆症治療の必要性の理解度が高まる。そのため,骨形成マーカーよりも骨吸収マーカーの測定を優先する。具体的には,骨吸収マーカーがカットオフ値(閉経前女性平均+1.96SD)以上の亢進状態であれば骨吸収抑制剤を選択し,異常高値の場合には骨粗鬆症以外の骨代謝疾患の可能性を改めて検討することが勧められる105)(レベルVI)(グレードB)
血清マーカーは採血時点の,尿マーカーは検体採取前の排尿時からの平均的骨代謝状態が評価できる。尿中骨吸収マーカーは,通常部分尿により評価されている。部分尿はクレアチニンで補正するため,測定変動が大きくなる。しかし,尿中マーカーが血清マーカーより劣るとの科学的根拠はない。ビスフォスフォネートの治療効果判定能は,尿デオキシピリジノリンより尿NTXが良いとの報告があり106),治療効果判定も考慮して骨代謝状態を評価するのであれば,尿NTXを評価するのも一案である。尿中マーカー間の骨粗鬆症病態診断における優劣については,科学的根拠は十分ではないが,治療効果/測定誤差比の大きいマーカーを測定することを強く推奨する(レベルV)(グレードA)。
表16 骨代謝マーカーの基準値,カットオフ値,異常高値 (文献105より引用) |
項 目 | 基準値 | カットオフ | 異常高値 |
尿DPD | 2.8〜7.6# nmol/mmol・Cr |
7.6 | 13.1< |
尿NTX | 9.3〜54.3# nmolBCE/mmol・Cr |
54.3 | 89.0< |
尿CTX | 40.3〜301.4# µg/mmol・Cr |
301.4 | 564.8< |
血清BAP | 7.9〜29.0# U/L |
29.0 | 75.7< |
血清NTX | 7.5〜16.5#2 nmolBCE/L |
16.5 | 24.0< |
#:30〜44歳の閉経前女性の基準値,#2:40〜44 歳閉経前女性 カットオフ値:閉経前女性平均+1.96SDに相当。 異常高値であれば,原発性骨粗鬆症以外の骨疾患についても考慮する。血清CTXについては,今のところ十分なデータがない。 |
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骨代謝状態を評価するには注意すべき点がある(表17)。まず,骨代謝マーカーには日内変動があり,朝に高く,午後に低下する。日本人の基準値として公表されている結果(表16)は,早朝空腹で採血・採尿した検体をもとに得られた結果であり,骨代謝状態の評価には絶食状態での検体採取を推奨する(グレードB)。また,治療効果判定には,早朝検体採取のほうが判定感度は高い。骨吸収抑制剤による病態改善評価を目的とするのであれば,治療前後の検体採取時間帯と検査機関に変わりがなければ,“早朝・絶食”にこだわる必要はないが,血清CTXは食事の影響が大きいことから,血清および尿CTXについては絶食状態での評価を推奨する(レベルVI)。
骨折発生により一時的に骨代謝マーカーが増加し,6週間程度で最大になるので107),元来の骨代謝状態を評価するには,骨折発生3ヵ月,できれば6ヵ月以上経過してから評価することを強く推奨する(レベルIV)。
すでに治療中である患者の本来の骨代謝状態を評価するには,治療の影響が消失するのを待つ。ビタミンD,ビタミンK2,イプリフラボンでは少なくとも1ヵ月以上,ビスフォスフォネートでは6ヵ月以上の休薬期間が必要である。ラロキシフェンについても1ヵ月以上の休薬後に評価することを強く推奨する(レベルVI)。
骨粗鬆症と診断されると生活習慣を改善する。カルシウム摂取量が増えるだけでも骨代謝マーカーは抑制されるとの報告があるので108),初回治療の症例では,食生活改善の影響が安定するまで1〜2ヵ月待って骨代謝状態を評価することを推奨する(レベルVI)。
表17 骨代謝マーカー測定の基本 |
骨代謝マーカー測定対象 | |||
薬物治療をするかどうか迷う患者 | |||
骨粗鬆症の病識が乏しい患者 | |||
骨吸収抑制剤を投与するかどうか迷う患者 | |||
骨代謝マーカー測定における注意 | |||
朝に検体を採取する#1 | |||
骨折の急性期は避ける#2 | |||
前治療の影響が消失するのを待つ#3 | |||
薬物治療効果判定には,生活習慣の改善の効果に注意#4 |
#1: | 治療効果判定が目的であれば,治療前後の検査条件を一定にすれば,早朝空腹に制限する必要はない。CTXについては絶食での検体採取が勧められる。 |
#2: | 骨折の24時間以内であれば,骨折の影響は少ない。 |
#3: | ビスフォスフォネート治療は6ヵ月,その他の治療は1ヵ月以上 |
#4: | 1g程度のカルシウム摂取増加で骨代謝が抑制されるとの報告がある。 |
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骨代謝マーカーには日差変動,日内変動,測定誤差があり,尿マーカーはクレアチニン補正するため,その誤差はさらに大きくなる。同一患者から検体を採取して,どの程度の変化があるかは最小有意変化(「V 骨粗鬆症の治療 B.治療効果の評価と管理 b.骨代謝マーカー」参照)として明らかにされている。したがって,骨代謝マーカーに基づく骨粗鬆症病態の評価にあたっては,最小有意変化程度の変動のあることを理解して臨床的に対応することを強く推奨する(レベルIV)。
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骨代謝マーカーによりある程度の骨密度の変化を予想することは可能であるが,骨密度の代用にはならない。骨粗鬆症診断のためには,骨強度の主要決定因子である骨密度の測定が,椎体エックス線写真とともに必要である。わが国では健康保険により骨代謝マーカーの測定が可能ではあるが,骨粗鬆症と診断された患者を対象とするよう強く推奨する。なお,2006年8月現在では血清OCや複数の骨吸収マーカーの同時測定は,原発性骨粗鬆症診療においては健康保険で認められていない。