(旧版)骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン
II 骨粗鬆症の診断 |
A.総論
a.臨床像
骨粗鬆症は,骨量の減少と骨質の劣化により骨強度が悪化して骨折のリスクが増加しやすいことが特徴的な骨疾患と定義される。骨強度低下の最大の原因は閉経に伴うエストロゲンの急激な減少であり,骨量を急激に減少させるとともに,骨微細構造も劣化させ,骨強度を低下させる(閉経後骨粗鬆症)。また男性の場合でも,加齢に伴う骨形成能の低下などにより骨脆弱性が高まる(男性骨粗鬆症)。一方,特定の疾患・病態や薬物が原因で骨強度の低下をきたすことも多くみられる(続発性骨粗鬆症)。骨折のない骨量減少例では,腰・胸背部不快感を訴える例もあるが,無症状で経過する例が大部分である。したがって本疾患の主な臨床症候は,脆弱性骨折とこれに続発する機能障害や慢性疼痛である。骨折は椎体,前腕骨遠位部,大腿骨頸部,上腕骨近位部,肋骨などの部位で生じやすい。このうち,骨折が直接的に日常生活活動(ADL)や生活の質(QOL)の低下に結びつくのが大腿骨頸部骨折である。わが国で年間約12万例の発生が推計されており,寝たきりとなる原因の第3位にあげられているのに加え,生命予後も大きく悪化させる。一方,最も頻度の高い骨折は椎体骨折であり,わが国では70歳代前半の25%,そして80歳以上の43%が椎体骨折を有しているという37)。しかも70歳以降では,その半数以上は複数個の骨折を有している37)。この骨折の特徴は,2/3以上は無症状であること,そして次々と周囲椎体の骨折連鎖を引き起こすことである38)。これにより,疼痛や脊柱の変形・姿勢異常,さらにはこれに伴う消化器系や呼吸器系の機能障害などにより,QOLの大幅な低下のみならず,生命予後をも悪化させることが明らかとなってきている(図6)39)。
図6 骨粗鬆症の臨床病態 |
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疼痛
椎体骨折による腰背痛は,新鮮骨折による急性の腰背痛と骨折で生じた脊柱変形や,不安定性により生じる慢性腰背痛に大別される。疼痛は動作時や荷重時に強く,安静臥床により軽減する。エックス線像で椎体骨折を認めても,それだけで新鮮か陳旧性かを判断することは難しい。新鮮骨折では骨折椎体の棘突起上に圧痛や叩打痛を認めるのが特徴である。またMRIで新鮮骨折はT1強調像で低輝度,T2強調像で高輝度となることが多い。一方,慢性腰背痛は,椎体変形による脊柱支持性の低下に伴う筋疲労に起因することが多いが,椎間関節症や椎体偽関節などに由来することもある。疼痛はQOLとADLの低下に直接結びつく。
脊柱変形・姿勢異常
椎体骨折の好発部位はTh12,L1を中心とした胸腰椎移行部が最も多く,Th7を中心とした中位胸椎がそれに続く。骨折が起きると,他の部位の骨折と異なり,椎体変形が残存する。背筋力と椎間板の弾力性が保持されている場合には,1個のみの椎体骨折では脊柱変形はきたさないことが多い。骨折が多発化すると脊柱後弯をきたす。脊柱変形は,中部胸椎に後弯が目立つ円背,それを代償するために腰椎前弯が目立つ凹円背,上位腰椎に限局した後弯がその上下の前弯を伴う亀背,そして脊柱全体が後弯を呈する全後弯に分類される(図7)40)。姿勢異常から椎体骨折の存在を疑う指標として,壁に踵をつけて背中を沿わせたときに後頭部がきちんと壁につくか否かが有用であること,また中腋窩線で肋骨下縁と骨盤骨上縁の間に正常では手指4横指を挿入できるが,これが2横指以下では椎体骨折の存在が疑われることが報告されている41)。
図7 脊柱変形の種類(文献40 より引用改変) |
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身長低下
脊柱変形に伴い,身長低下をきたすことが多い。実際2cm以上の身長低下は椎体骨折の存在を示唆するという42)。また薬剤効果を判ずる指標としても有用である43),44)。
神経症状・脊髄麻痺
通常,椎体骨折は前方構成要素に生じることが多いため,脊柱管内の脊髄を障害し,神経症状を呈することは少ない。しかし,椎体後壁まで骨折が及ぶと骨片が脊柱管へ突出しそれを狭窄し,脊髄や馬尾を圧迫して,歩行障害,尿失禁,麻痺を発生することがある。これらの神経症状は骨折直後ではなく,数ヵ月してから出現してくることがあり,注意を要する。
内科的合併症
背柱変形が強くなると,胃食道逆流現象や呼吸機能障害をはじめとする内臓諸臓器の機能不全が誘発される。杉本らの検討でも,椎体骨折の多発化が腹腔体積の減少などにより食道裂孔ヘルニアを引き起こし,これが逆流性食道炎の重症化・難治化の原因となっていることを示す結果を得ている45),46)。そのため,重症型の骨粗鬆症と逆流性食道炎が高齢者に併存しやすい。高頻度にみられる症状は胸やけであるが,狭心症や喘息様症状を示す例もある。その他,腹部膨満感,食欲不振,便秘,痔核などの消化器症候も出現しやすい。一方,脊柱後弯に伴う胸郭可動域制限は肺活量や1秒量(1秒間に呼出できる量)を低下させ,また機能的残気率を上昇させ,呼吸機能低下をもたらす。さらに胸郭異常により肺の拡張機能や心臓への血液還流が障害され,心肺機能が低下し,容易に頻脈などの症状が惹起される。
QOL
脊柱後弯変形が強くなると,立位姿勢維持のためだけにより多くの筋緊張が必要になり,腰背筋は伸張され,それ以上の身体動作を行う筋力的余裕がなくなり,ADLが著しく制限される。以上の疼痛,ADLの制限そして消化器・呼吸器系などの機能障害などにより,患者の社会的,心理的生活面にも多大な影響を及ぼし,QOL低下の原因となる。実際,骨粗鬆症はQOLの低下をきたしやすい代表的疾患にあげられており,椎体骨折の個数が増えるにしたがい,QOLの低下が高度となることが報告されている47)。
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日常診療において,腹部エックス線撮影時,椎体骨折と大動脈石灰化の所見が併存する例によく遭遇する。近年,骨・血管連関,すなわち骨粗鬆症と動脈硬化・血管石灰化に密接な関連が存在することが注目されてきている。また,脂質代謝異常が骨粗鬆症と動脈硬化症の共通の病因となっている可能性も指摘されている。すなわち,骨密度と動脈石灰化の程度や動脈硬化指数との間に負の相関があること,そして骨密度減少度や既存骨折の存在と脂質代謝異常や心血管イベントの発症率・死亡率にも関連があることが数多く報告されている48),49),50),51),52),53)。一方,代表的な生活習慣病である糖尿病では骨密度には反映されない骨脆弱性の亢進が存在し,骨折危険度が高まっていることが明らかとなってきつつある54)。このように骨粗鬆症と併存しやすい生活習慣病に対する配慮も重要である。