(旧版)骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン
I 骨粗鬆症の定義・疫学および成因 |
A.骨粗鬆症の定義および概念
骨粗鬆症は国民の健康にとって大きな脅威の一つである。ヨーロッパ,日本,アメリカを含めると,7,500万人以上が骨粗鬆症に罹患し,ヨーロッパとアメリカを合わせると毎年230万件の骨折が骨粗鬆症によって生じている1)。わが国でも大腿骨頸部骨折は年間に12万件を超えると推定され,約10%は1年以内に死亡し,約30%は日常生活動作能力が低下する2)。また,骨折による二次的な骨格変形は,寝たきり状態や慢性腰痛の原因となり,円背,身長低下などにより生活動作を障害し,介護の必要性を増加させる原因となっている3),4)。骨の健康を保つ必要性は男女とも同じであり,すべての年齢を通じて骨粗鬆症を予防することが必要であるという認識は,世界に共通なものとなっている。
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骨粗鬆症が人々の健康状態を悪化させ,社会的な負担を増大させることが明らかになるにつれ,疾患としての骨粗鬆症の定義と概念も変化してきた。1980年代には,“骨粗鬆症”という用語は,明らかな定義のもとに使用されてはいなかった5)。骨折を生じる病的過程と臨床的な合併症である骨折とを区別せず,どちらも骨粗鬆症とよばれていた。骨粗鬆症は,組織学的にみると骨組織中のミネラルと非ミネラル化基質の比率が著しく低下せずに,骨組織量が低下する疾患である。したがって,骨軟化症を合併せず,骨組織が十分にミネラル化した状態であれば,骨密度(BMD)の測定により骨組織量(骨量)を推定できる。また,骨量は骨強度を決める最も大きな要因であり,骨量が低下すると骨折を生じやすくなる。こうして,骨粗鬆症の疾患としての病的過程の中心は,骨量が低下することであるとされるようになった。
このような背景に基づいて,1991年にコペンハーゲンで行われた「骨粗鬆症のコンセンサス会議」では,「骨粗鬆症は,低骨量と骨組織の微細構造の異常を特徴とし,骨の脆弱性が増大し,骨折の危険性が増加する疾患である:A disease characterized by low bone mass and microarchitectural deterioration of bone tissue, leading to enhanced bone fragility and a consequent increase in fracture risk」という定義が採択された6)。この定義は,疾患としての骨粗鬆症とは骨折を生じるに至る病的過程であることを初めて明言し,骨折は骨粗鬆症の結果として生じる合併症の一つであるとしたことで,画期的である。また,この定義では,骨折の原因として骨の内的要因が特徴とされたが,骨折危険性(リスク)が増大するその他の要因の関与を排除しなかった。骨粗鬆症について,



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1990年代の骨粗鬆症の臨床研究により,骨密度だけでなく,骨密度以外の骨折の危険因子の関与が明らかになってきた。代表的な例としては年齢,脆弱性既存骨折(以下既存骨折とする)の存在,骨代謝回転の増加などがある。また,骨吸収抑制剤による骨折防止効果が,骨密度増加には大きく依存しないことも明らかになってきた。このような事実を背景にして,2000年に,アメリカの国立衛生研究所(NIH)でコンセンサス会議が開かれ,「骨粗鬆症について,従来の骨密度を中心とする考え方を改め,骨折の発生に関わる危険因子全体を含めて考える」という方向性が確認された7)。
そこで,NIHコンセンサス会議では,骨粗鬆症の定義を「骨強度の低下を特徴とし,骨折のリスクが増大しやすくなる骨格疾患:A skeletal disorder character ized by compromised bone st rength predisposing to an increased risk of fracture」に修正した7)。さらに,「骨強度」は骨密度と骨質の二つの要因からなり,BMDは骨強度のほぼ70%を説明するとした。残りの30%の説明要因を“骨質”という用語に集約し,その内容には,構造,骨代謝回転,微細損傷の集積,骨組織のミネラル化などをあげた(図1)。
1991年のコンセンサス会議が,骨粗鬆症を「低骨量と構造異常」,「骨脆弱性」,「骨折危険性増加」の三つで定義したのに対し,2000年のNIHコンセンサス会議では,「骨強度低下」と「骨折危険性増加」の二つにまとめた。さらに,定義と同時に発表されたステートメントで強調されたのは以下の2点である。


これらの事柄は,1991年の定義においても包含されていたものであるが,2000年の定義で明確になった。
図1 骨強度に及ぼす骨密度と骨質の関係 (NIHコンセンサス会議のステートメントより) |
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この模式図は,骨質に関連するすべての要因は,骨密度とともに骨強度に関連し,骨折危険因子となりうることを示している。 |
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1991年のコンセンサス会議における定義を大きな枠組みとして,1994年にWHOグループによりBMDがT値で-2.5以下を骨粗鬆症とする診断基準が作成された8)。この診断基準は,骨折例と非骨折例とのBMD値にはオーバーラップが大きいことを認めたうえで,骨折をいまだ生じていない例をスクリーニングするために,カットオフ値としてT値-2.5を提唱した。これを受けてわが国でも1996年に診断基準が作成された。わが国では既存骨折のある例では骨折リスクが高いことが明らかであったため,既存骨折のある例とない例とで異なったBMDのカットオフ値を設定した。その後,わが国の診断基準の妥当性は2000年に再検討され9),男女共通して適用できることが確認され,現在に至っている。
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診断基準とは別個に,個人における骨折の絶対骨折危険率を評価する試みが行われている。一般人口における年齢別の骨折発生率が明らかになるとともに,骨密度と年齢から個人の絶対骨折危険率を推定する試みは,1990年代の初めから,おもにハワイのRoss,Wasnichらにより提唱されていた。その後,アメリカの骨粗鬆症財団(NOF)やWHOのグループにより,骨密度を含めて主要な骨折危険因子を総合して,骨折の危険性を絶対骨折危険率として評価が行われている。個人のレベルでの絶対骨折危険率を推定する例として,アメリカにおけるstudy of osteoporotic fracture(SOF)グループによる14個の骨折危険因子の総和により絶対骨折危険率を推定するモデルや,ロッテルダムグループによる6個の危険因子によるモデルが紹介された。2003年には,WHOの研究グループも,同様な考え方から収集された11個の骨折危険因子による絶対骨折率算定モデルを作成した1)。さらに,これらのデータをもとにして8項目の骨折危険因子を採用し,男女,異なる人種,地域で使える骨折高リスク者判別ツールを開発している(FRAT:fracture risk assessment tool)。これらは,個人における骨折の絶対危険率を評価し,治療的介入に利用していこうという試みである。わが国の現行の診断基準は,既存骨折を組み入れたものであり,その意味では,すでに骨密度以外の主要な骨折危険因子が包含されている。個人のレベルにおける絶対骨折危険率が明らかになるとともに,「骨強度の低下」を特徴としない「骨折の高リスク群」の存在も明らかになっている。「骨折高リスク=骨粗鬆症」としてよいかどうか,なお,統一した見解はない。多様な骨折危険因子をどのように日常診療に組み入れていくか,わが国を含め世界的な課題である。