(旧版)骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン
序文 |
骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会委員長
折茂 肇
わが国においては,人口の急速な高齢化に伴い骨粗鬆症の患者が年々増加しつつあり,その数は現時点では1,100万人と推測されている。骨粗鬆症では椎体,前腕骨,大腿骨頸部などの骨折が生じやすく,そのための対策が医療のみならず社会的にも重要な課題となっている。
最近本症に対する社会的関心が高まりつつあるが,骨粗鬆症についての一般の医師の理解はいまだに不十分で,骨量検診により抽出された要精検者の受け皿となる医療施設が極めて少ないのが現状である。医師のなかには骨粗鬆症は単なる「骨の老化現象」であり,「疾患」ではなく,したがって予防も治療も不必要と考えているひとが少なからずいる。骨粗鬆症は骨の「病的老化」で,明らかな「疾患」であり,骨折は骨が脆くなるために起こる合併症で,予防および治療が必要である。
骨粗鬆症の予防において重要なことは,まず第一に,成長期における骨量を増加させ高い骨量頂値を獲得することである。次に重要なことは,女性においては閉経後急速に骨量が減少するので,閉経後女性の急速な骨量減少者を早期にスクリーニングし,骨量のさらなる減少を予防することである。さらに骨量がすでに低下している高齢者においては,骨量の維持とともに転倒の防止が重要である。
1996年,アメリカではHodgsonとJohnstonを中心とするOsteoporosis Task Forceが“AACE Clinical Practice Guidelines for the Prevention and Treatment of Postmenopausal Osteoporosis”を,カナダのOsteoporosis Societyが“Clinical Practice Guidelines for the Diagnosis and Management of Osteoporosis”を出した。1997年にはKanisらが中心となってヨーロッパ骨粗鬆症財団から“Guidelines for Diagnosis and Management of Osteoporosis”が提唱され,さらに1998年にはアメリカ骨粗鬆症財団からJohnstonらが中心となってまとめた“Physician's Guide to Prevention and Treatment of Osteoporosis”が出されている。
わが国においては,2002年9月の時点でカルシウム,エストロゲン,蛋白同化ステロイド,カルシトニン,活性型ビタミンD3,イプリフラボン,ビタミンK2,ビスフォスフォネートなどの薬剤が骨粗鬆症の治療薬として保険適用となっており,1998年厚生省長寿科学総合研究―骨粗鬆症研究班―のワーキンググループは,EBM(evidence-based medicine)の考えに基づいてこれらの骨粗鬆症治療薬に関する情報を客観的立場から評価して整理し,『骨粗鬆症の治療(薬物療法)に関するガイドライン(1998年版)』を作成した。その当時わが国においては,新GCPの導入により近代的な薬剤開発が行われるようになったが,開発期間の延長等の理由により最新の薬剤の導入が遅延し,このため新しい知見の多くが欧米諸国で行われた大規模臨床試験に頼らざるを得ない状況にあった。
1990年代にはEBMの概念が提唱され,いまや欧米においてはEBMが臨床医学の基本的な考え方となっており,骨粗鬆症の分野においてもこの考え方が取り入れられ,1994年以降欧米においては骨折防止をendpointとした大規模な臨床試験が次々と行われるようになった。さらに最近では,骨塩分析装置を用いての骨量測定の普及や骨代謝マーカーの測定により,骨代謝の状態が客観的に評価できるようになり,骨粗鬆症の治療は大きな進歩を遂げた。
骨粗鬆症の概念および定義も最近大きく変化した。1991年コペンハーゲンで開催された骨粗鬆症のコンセンサス会議では「骨粗鬆症とは低骨量と骨組織の微細構造の異常を特徴とし,骨の脆弱性が亢進し,骨折の危険性が増加する疾患である」と定義された。1994年WHOの研究班はこれを受けて,骨密度を中心とした診断基準を作成した。2000年アメリカの国立衛生研究所(NIH)で開催されたコンセンサス会議では,従来の骨密度を中心とした考え方を改め,骨粗鬆症の定義を「骨強度の低下を特徴とし,骨折の危険性が増大した骨疾患である」と修正した。骨強度は骨密度と骨質の二つの要因により規定されることから,骨質の役割が新たに注目されるようになったのである。
このような情勢に対応すべく2002年に『骨粗鬆症の治療(薬物療法)に関するガイドライン』の改訂版を出した。その後ラロキシフェンが新たに認可され,さらには診断基準とは別に薬物治療開始基準を設定しようとのWHOを中心とした国際的な動きのあることなどから,今回は先のガイドライン(2002年版)をより現状に適した内容とするために,薬物療法のみならず,骨粗鬆症診療の全般に視野を拡げ,『骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2006年版』と名を改めて新しいガイドラインを刊行することにした。
2006年版の作成にあたっては,日本骨粗鬆症学会,日本骨代謝学会,骨粗鬆症財団ならびに厚生労働省長寿科学総合研究―骨粗鬆症研究班―のメンバーに参画いただき,日本骨粗鬆症学会内にガイドライン作成委員会を組織した。委員会の構成員は,整形外科,内科,老人科,産婦人科,放射線科,公衆衛生,栄養,疫学に携わる専門家からなり,学際的なチームを編成した。
本ガイドライン作成の目的は,これまでに蓄積されたエビデンスを客観的な立場で体系的に整理し,骨粗鬆症診療の一助とすることにあり,一定の基準を作り,医師の診療を拘束することではない。重要なことは,医師がこれらの情報に基づいて,一人ひとりの患者さんに最適な治療をすることである。本ガイドラインをインフォームドコンセントに基づいた最適な治療法を選択する際の参考にしていただければ幸いである。
2006年10月