有効性評価に基づく肺がん検診ガイドライン

 
VI.考察

 
6. 今後の研究課題

非高危険群に対する胸部X線検査、及び高危険群に対する胸部X線検査と喀痰細胞診併用法を用いた肺がん検診に関しては、本ガイドラインでは有効性があるとした。しかし、胃がんの場合、男女とも罹患率と死亡率が年々乖離しているのに対し、肺がんの場合、男女ともほぼ平行に推移している112)。これは、これまでのところ、全国レベルでは死亡率の減少傾向という形では全く反映されておらず、精度管理や受診率向上などの課題が解決されていないことを示している。今後、引き続き、肺がん罹患率と死亡率の乖離を、地域がん登録資料に基づいて確認していく必要がある。また精度管理という実務的な問題が存在するため、追跡法を用いた感度・特異度を複数地域で実施し、他の即時的な精度管理指標との比較を行うべきである。
喀痰細胞診については、胸部X線検査への上乗せ効果が明らかでない。観察的研究を用いて喀痰細胞診の上乗せ効果を評価する場合、胸部X線検査を受診した重喫煙者集団の中で、喀痰細胞診受診者と非受診者を比較するデザインになる。しかし喀痰非受診者には費用負担や後日提出を余儀なくされる喀痰を拒否するものを多く含むため、健康意識の低い人に偏る(セルフセレクション・バイアス)可能性がある。このように、喀痰細胞診の上乗せ効果を評価する質の高い研究を計画することは難しい。一方、今後、喫煙率の低下が進むにつれ、扁平上皮がんの罹患率も低下する可能性がある。今後は、扁平上皮がん特に肺門部扁平上皮がんの発生の動向について注意深く観察していく必要がある。
胸部CTに関しては、死亡率減少効果をエンドポイントとした研究はまだ報告されていない。国内では、厚生労働科学研究費補助金第3次対がん総合戦略研究事業「革新的な診療技術を用いたこれからの肺がん検診手法の確立に関する研究」班(主任研究者 鈴木隆一郎)によるJapan Lung Screening Studyが進行中であり、その結果が待たれる。また、間接的証拠として、がん登録を利用した追跡法による感度・特異度の計測や、過剰診断に関する研究も必要である。胸部CTの場合非切除例の長期追跡により発見肺癌の自然歴を明らかにし、過剰診断の割合を把握することは、極めて重要な課題である。また要精検者に対する高分解能CTを用いた長期間の追跡による被曝の影響は明らかとされていない。この点についても検討が必要である。
このように、肺がん検診の評価はいまだ十分なものではなく、更に質の高い研究が数多く必要である。特に本ガイドラインの各箇所に示すごとく、わが国での成績と欧米での成績には差があり、欧米での研究成果をそのままわが国に用いることに関しては、議論が分かれるところである。
わが国では、諸外国と異なり公的施策として肺がん検診を実施してきたという実績と、CT検診に関してもわが国で開発されたという経緯があり、今後も質の高い研究を実施し、諸外国に情報を発信することを期待されている。
近年、がん検診の効果評価に関する研究は、ますます遂行困難になりつつあり、検診機関・研究施設、あるいは自治体などの単独の努力のみでは実施不可能な状況になってきている。特に、個人情報保護への過剰な対応により、地域がん登録を利用した感度・特異度の測定や、追跡調査等の実施が極めて困難な状況にある。このままでは新しい検診方法が有効であるか否かの評価は不可能な状況が続くことが懸念される。本来、国民が益を享受し得るはずの検診法があったとしてもそれを広めることはできず、逆に害を及ぼす検診法があったとしても歯止めをかけることもできない。がん検診の有効性評価には、がん罹患及びがん死亡の情報が必須であり、国は、がん登録を含め、それらの情報が有効に活用されるようなシステムを構築するために必要な努力を行うことが求められている。また、その上で、国の主導で大規模な研究組織を立ち上げて、各種検診法の有効性評価を進める必要がある。

 

 
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