有効性評価に基づく肺がん検診ガイドライン
VI.考察
5. 精度管理
有効性が証明された検診手法を、有効性を証明した研究と同じような精度で実施することで、集団の死亡率減少が期待される。逆に言えば、有効性が証明された検診であっても、低い精度でしか実施し得ないのであれば、その検診を実施することは正当化できない。しかし本ガイドラインで有効性があるとした非高危険群に対する胸部X線検査、および高危険群に対する胸部X線検査と喀痰細胞診併用法に関しては、国内で広く行われているものの精度のバラツキがきわめて大きい108)。この2検査法を評価し、統計学的有意性をもって、肺がん検診の効果を示した神奈川・新潟・宮城・岡山の研究では、際だって高い精度の検診を実施してきた地域に限って評価したものである。これらの4地区では、適切な受診勧奨・胸部X線写真の画質管理・経験をつんだ読影医の確保・喀痰細胞診の精度管理・精密検査受診勧奨・精密検査結果把握・地域がん登録の活用等に積極的に取り組んできた。これらの精度管理に対する努力が高い精度を生んだに他ならない。一方、同じ国内で行われた症例対照研究でも統計学的有意性を示さなかった成毛班の研究・群馬の研究では必ずしも検診の精度は一律ではない。この2報の研究では、対象者に有症状者を多く含んでいたり、X線写真の画質管理がなされていなかったり、地域がん登録が利用できない地域を多く含んでいる。このことから、本ガイドラインで有効性があるとした非高危険群に対する胸部X線検査、および高危険群に対する胸部X線検査と喀痰細胞診併用法は、上記4地区のような肺がん検診精度管理システムを構築し、高い精度が保証されるという要件を満たす検診のことを指すのであり、それ以外のものも無条件に、有効であると結論できるものではない。
国内では、結核予防法で胸部X線検査が義務づけられていたこともあり、広く胸部X線検査が行われてきたが、これらの多くは、広範な年齢層の結核や肺気腫、心拡大等の様々な胸部疾患のスクリーニングに用いられているものである。結核予防法においては比較読影や二重読影が義務づけられていないこともあり、結核検診として行われた検診は「老人保健法による肺がん検診マニュアル」13)および日本肺癌学会編集の「肺癌取扱い規約」14)に定められた肺がん検診としての要件を満たしていない。特に労働安全衛生法における職場の健康診断において実施されてきた胸部X線検診は、肺がん検診の対象外である大多数の若年層の中に少数の中高齢層を含んだ形で運営されており、胸部X線検査の撮影法・読影法についても現時点では何ら規定されていない。このような形で運営されたものに本ガイドラインでの評価を適応することには、きわめて無理があると言わざるを得ない。職場検診の対象疾患として肺がんを含めるのであれば、市町村による住民を対象とした肺がん検診との整合性を保つ意味からも、その検査方法は「肺癌取扱い規約」に定められた肺がん検診としての要件を満たすものとして規定することが必須である。
また住民検診においても、精度を無視して検診運営費用の安い検診機関が入札により選択される傾向にある。公的な資金を用いて、精度の低い検診を住民に提供することは、極めて大きな問題であり、事業としての見直しが必要である。住民検診は職域検診に比べれば、受診者が高齢層に偏り、発見率などのアウトカム指標も得やすい体制にある。市町村と検診実施機関が協力し、精度管理を行うとともに、検診実施機関の選択の条件に、精度管理指標を盛り込む必要がある。都道府県に設置された生活習慣病検診管理指導協議会は、市町村や検診実施機関の精度管理指標を評価し、バラツキが生じている場合は、その問題の所在を明らかにし、適切でない場合は、市町村および検診実施機関に改善を求めていく必要がある。これらの精度管理の状況は、いままで広く公開されることがなく、その重要性が一般には認知されて来なかったことが、精度向上が進まなかった原因としてもっとも大きい。今後国もしくは都道府県において、市町村および各検診実施機関の精度を、一般の国民にも理解しやすい形で積極的に公開することで、精度管理の重要性をアピールしていくことが望まれる。
胸部CTに関しては、日本CT検診学会により、会員である検診機関を対象とした全国集計が行われている。しかし要精検率や精検結果把握率にバラツキが大きい109)。学会が主導する集計のため、この集計では市町村単位で行われた検診については、把握が困難である。この学会においてはCT撮影マニュアル110)や精度管理ガイドライン111)、読影認定医制度などが検討されはじめている。また発見された微小結節の判定基準と経過観察ガイドライン91)も作成されている。我が国では胸部CTは多くの医療機関に設置されているために、任意型検診として健常者を対象に臨床現場での撮影が安易に行われているが、このような場面において、これらのマニュアルや諸制度の普及を期待したい。