有効性評価に基づく肺がん検診ガイドライン
VI.考察
4. がん検診におけるインフォームド・コンセント
我が国でのがん検診全般について認められることであるが、その利益と不利益については、現状では十分な説明が行われていない。肺がん検診に関しては、従来結核検診で撮影されたフィルムを利用して肺がん検診を行うという実施上の方式が、受診者に内容を分かりにくくさせていた。地域保健・老人保健事業報告においては、肺がん検診の受診率は他のがん検診に比べてぬきんでて高いが、国民生活基礎調査による一般人へのアンケート調査では、逆に肺がん検診の受診率が他のがん検診よりも少なく報告されており、受診者自身が肺がん検診と理解せずに受診していると考えられる108)。結核予防法の改定により、肺がん検診と結核検診は分離されたこともあり、受診者に肺がん検診であることをきちんと明示し、検診の利益としての肺がん死亡率減少効果について適切に説明するとともに、偽陰性・偽陽性・被曝などの不利益について十分な説明を行う必要がある。
喀痰細胞診については、標的となる肺門部扁平上皮がんや頭頸部がんの特徴、画像診断では発見し得ないこと、精密検査として気管支鏡が必要であることなどを事前に十分に説明するとともに、喀痰細胞診による標的がんの発見が期待されるのは重喫煙者のみで、非喫煙者には受診することによる利益がないことを説明する努力が欠かせない。
低線量胸部CTを用いた肺がん検診については、現段階では死亡率減少効果は不明であり、対策型検診としての実施は勧められない。すでにこの検診を事業として実施している場合には、本ガイドラインの結果を踏まえて、再検討が必要であり、平行して有効性評価に関する研究に参加・協力する場合以外は正当化されないことを言及する。任意型検診として行う場合にも、がん検診提供者は、死亡率減少効果が不明であり、不利益が無視できないことを検診受診者に十分説明する責任を有する。ただし、個人のリスクを低減することを目的とした任意型検診においては、受診者の価値観を踏まえた上で選択する余地は残されている。しかし受診者の価値観を尊重するということは、科学的根拠を無視し、嗜好のみを重視した選択を行うということではない。この場合、医療従事者は科学的根拠を明確にしたうえで、受診者の選択を支援するための情報提供を行うことが基本である。その上でなお、どのような検診を受診するかは、受診者の最終的な判断によるものであり、医療従事者が強要や誘導を行うことは厳に慎むべきである。しかしながら、本来、評価の定まらない判定保留(推奨I)となった低線量胸部CTを用いた肺がん検診については、対策型・任意型のいずれの検診であっても、単なる発見率の報告にとどまらず、本ガイドラインで評価したような有効性評価を目的とした研究(直接的証拠・間接的証拠)に限定して実施されることが望ましい。また、研究としての実施にあたっては、「疫学研究に関する倫理指針」に沿った形での研究計画を策定するとともに、追跡調査等の研究を行うことを事前に説明するなどの倫理面での配慮が必要である。