有効性評価に基づく肺がん検診ガイドライン
VI.考察
2. 不利益に関する評価
本ガイドラインでは、「有効性評価に基づくがん検診ガイドラインの作成手順9)」に基づき、がん検診の特性を考慮し、各検診方法別の不利益を比較検討した。
偽陰性、偽陽性、過剰診断、放射線被曝、受診者の身体的・心理的負担などが該当する。これらの不利益について、検査方法別の比較表を作成した(表14)。偽陰性率、偽陽性率などは可能な限り数値を提示した。偽陰性率・偽陽性率が最大のJohns Hopkins Lung Projectに関しては、評価する検診と確定診断までの期間が記載されていないため、他の成績と並列に扱うことには問題がある点に留意する必要がある。以下、特に問題となる放射線被曝について言及する。
胸部単純X線検査の放射線被曝は、直接撮影0.04mSv、間接撮影0.07mSv54)とされている。これらは、胃X線検査55)に比べて撮影時間が短いため、直接撮影で約100分の1、間接撮影でも約10分の1の線量であり、甚だ小さい。ここで被曝による生涯リスクの算定方法について検討してみる。2005年BEIR-VII報告では、100mSvの被曝によるがん罹患の生涯リスクは、白血病では10万対男性100、女性70、白血病以外の固形がんについては10万対男性800、女性1,300である101)。一方、被曝の有無にかかわらず、日本人のがん罹患の生涯リスクは男性10万対46,300、女性10万対34,800との報告がある102)。従って、胸部直接X線撮影の一回の被曝では、生涯リスクの男性で0.0008%、女性では0.0016%程度の増加につながる可能性がある。また間接X線に関しては一回の被曝で、男性で0.0014%、女性で0.0028%程度の生涯リスクの増加につながる可能性がある。累積の被曝の場合、生涯リスクの増加は、一回の被曝に回数をかけたものより小さくなるので、胸部X線検査を40歳から70歳まで計30回受診したとしても、直接撮影で男性0.002%、女性で0.05%、間接撮影で男性0.05%、女性で0.08%以下の生涯リスクの増加になる。一般に放射線被曝による生涯リスクと、被曝に係わらない生涯リスクの算定方法や仮定が異なる点から、単純比較は困難ながら、X線被曝による一生涯におけるがん罹患の過剰発症リスクは、バックグラウンドのリスクの大きさと比較しても、極めて小さいと考えられる。
一方、胸部CTによる放射線被曝は、単純撮影に比べれば甚だ大きい。本ガイドラインで評価している胸部CT検診は、50mAs以下に抑えた低線量CTであるが、この放射線被曝は、シングル・ディテクターCTで0.60-2.7mSv(いずれも50mAs)54),69)、マルチ・ディテクターCTで0.43-0.65mSv(10-40mAs)60),71)と報告されている。一回検査の実効線量を1mSvと仮定し、40歳から70歳まで低線量CT検診を計30回受診した場合、男性0.6%、女性で1.2%以下の生涯リスクの増加になる。Bulsらの同様の検討では、40歳開始の場合、50歳開始の場合、60歳開始の場合での致死がんの過剰発症リスクがそれぞれ0.16%、0.1%、0.05%と推定している73)。またBrennerらの検討では、50歳喫煙者が75歳まで低線量CT検診を毎年受診した場合の肺がん発症リスクは男性で0.23%、女性で0.85%と推定している103)。
一生涯におけるがん発症生涯発がんリスクに比べれば小さいものの、低線量CT検診による被曝の大きさは単純X線撮影に比べれば無視できない大きさである。対象年齢や検診間隔をより限定したものにする必要があるとともに、利益とのバランスについての十分な検討が必要である。
ただし、放射線被曝に関するここでの検討は、しきい値なし直線影響(Linear Non Threshold;LNT)仮説に基づいた実効線量100mSv未満においても、放射線被曝による発がんリスクが存在するという立場に基づくもので、実際には100mSv未満の低線量での発がんリスクの増加は疫学的に観察・証明されているわけではないことを付け加える。
表14 肺がん検診における不利益の比較 | ||||||||||||||||
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注1) | 肺がん検診の偽陰性率(=1-感度)、偽陽性率(=1-特異度)の算出方法は、主に追跡法である。しかしその算出条件は研究間で異なるため、単純な比較は困難であるが、参考値として上記表に示している。特に偽陰性率で最も高い値を示すJohns-Hopkins Lung Projectでは、算出条件が論文上に記載されていないことに留意する必要がある(詳細は個別の検査方法の証拠のまとめ および表9参照)。 |
注2) | 過剰診断については、個別の検査方法の証拠のまとめの不利益に関する記載を参照。 |
注3) | 放射線被曝については、考察および表10参照。マルチ・ディテクターCTについては、至適管電流が10-30mAと幅をもって設定されているため、30mAの場合は、10mAの場合の約3倍の被曝線量が見込まれる。 |
注4) | 精密検査の偶発症については、考察および表15参照。 |