有効性評価に基づく肺がん検診ガイドライン
IV.結果
3. 各種検診と精密検査による不利益
検診方法別の不利益を検討するため、偽陰性率、偽陽性率及び受診者の負担も加え、各検査方法の比較表を作成した(表14)。肺がん検診の不利益には、偽陰性率、偽陽性率、偶発症、放射線被曝、受診者の心理的・身体的負担などが該当する。不利益の評価は、比較表に基づき、委員会内で検討した。
肺がん検診は、受診に伴う食事や薬剤の制限がないことから、検査そのものについては、受診者の身体的負担は比較的軽微である。しかしながら、肺がん検診において、放射線被曝は特に検討すべき課題であることから、その結果を表1051),52),53),54),55),60),69),71)に示した。過剰診断については、各検査法について、単純な比較が困難なことから、検査方法別の不利益の記載に留めた。
いずれの検査においても起こりうる精密検査の偶発症については表15に示した76),77),78),79),80),81),82),83),84),85),86),87),88),89),90)。要精検率が高い場合には、精密検査による偶発症を誘発する可能性がある。
胸部単純X線撮影や胸部CTからの要精検者には、精密検査として胸部単純X線と胸部CTを行い、更に肺がんが疑われる少数例に対して気管支鏡検査・経皮的肺穿刺などの侵襲的な検査が行われる。確定診断がつかない末梢性病変の場合には、治療を兼ねて胸腔鏡検査が全身麻酔下で行われることがある。表15のA-Cに各検査法の偶発症の主な報告を示した。いずれの報告も母集団を全検査例としており、特に気管支鏡検査では、びまん性肺疾患や人工呼吸器による呼吸管理例に対する検査を含んだ成績であり、無症状の検診受診者に対する偶発症の発症率よりも高い値である可能性に留意する必要がある。
気管支鏡検査の偶発症発症率はおおむね1%前後である76),77),78),79)。気管支鏡検査後の死亡例は、1980年代の調査では0.012-0.02%76),77)であったが、90年代の調査では0.006%に低下している78)。これは症例の選択と安全管理が進んだためと考えられる。
経皮的肺穿刺法特にCTガイド下の場合、偶発症としての気胸発生率が20-40%と極端に高い(表15のB)80),81),82),83),84),85),86)。これは、CTによる気胸の検出率が、単純X線に比べて、極端に高いためかもしれない。しかし穿刺ルートへの播種や、空気塞栓などの致命的な偶発症が報告されており、死亡率も気管支鏡検査に比べて10倍ほど高いため、その適応には慎重な判断が必要である。
胸腔鏡検査の偶発症の報告は、気胸に対する治療によるものを多く含んだ成績である。初期の報告には死亡例が報告されている87),90)が、その後の報告では死亡例は報告されていない88),89)。主たる偶発症は術後の空気漏れで、再手術等を要したものである。腫瘍を胸腔鏡下で切除した初期の報告には、播種が報告されているが87),89)、現在、手技は改善されている。
肺がん検診の場合、要精検者に合併症を有した高齢者が多いことから、おおむね精密検査は画像診断や喀痰細胞診などの非侵襲的な検査を主体とし、気管支鏡などの侵襲的な検査は症例を選択して行われている。特にCT検診発見例に対しては、検診の死亡率減少効果の有無自体が明らかでないため、偶発症の可能性が高いCTガイド下穿刺や全身麻酔を要する胸腔鏡検査を安易に行うことには問題がある。また高分解能CTによる肺野病変の追跡に対しても、被曝線量が1回数mSvに及ぶことから、たとえ年数回の撮影としても5年以上にわたる長期間の追跡の安全性に関しては、定かではない。安易な追跡は慎み要精検率を軽減させることと、撮影間隔の延長や低線量CTでの追跡への変更を検討すべきである。なお日本CT検診学会から判定基準と経過観察ガイドラインがホームページ上で公開されている91)。
喀痰細胞診による要精検者への精密検査には、耳鼻科的診察・胸部CT・気管支鏡検査が必須である。一回の気管支鏡検査では病変を確定し得ないことも多いため、十分な説明をした上での受診者の同意が必要であり、また高齢者に肺門部扁平上皮がんが多いことから、気管支鏡の実施には慎重な判断を要する。
表10 肺がん検診のスクリーニング検査に伴う放射線被曝 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
注)吸収線量は、局所での被曝線量を表し、実効線量は体全体の被曝線量を評価するために、放射線の種類・臓器毎のリスクで重みをつけたものである。 |
表14 肺がん検診における不利益の比較 | ||||||||||||||||
|
注1) | 肺がん検診の偽陰性率(=1-感度)、偽陽性率(=1-特異度)の算出方法は、主に追跡法である。しかしその算出条件は研究間で異なるため、単純な比較は困難であるが、参考値として上記表に示している。特に偽陰性率で最も高い値を示すJohns-Hopkins Lung Projectでは、算出条件が論文上に記載されていないことに留意する必要がある(詳細は個別の検査方法の証拠のまとめ および表9参照)。 |
注2) | 過剰診断については、個別の検査方法の証拠のまとめの不利益に関する記載を参照。 |
注3) | 放射線被曝については、考察および表10参照。マルチ・ディテクターCTについては、至適管電流が10-30mAと幅をもって設定されているため、30mAの場合は、10mAの場合の約3倍の被曝線量が見込まれる。 |
注4) | 精密検査の偶発症については、考察および表15参照。 |
表15 肺がん検診の精密検査による不利益 A 気管支鏡検査での偶発症 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
B 経皮的肺穿刺検査での偶発症 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
C 胸腔鏡検査での偶発症 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|