有効性評価に基づく肺がん検診ガイドライン
IV.結果
2. 検診方法の証拠
1)非高危険群に対する胸部X線検査、及び高危険群に対する胸部X線検査と喀痰細胞診併用法
直接的証拠
胸部X線検査と高危険群に対する喀痰細胞診併用法による肺がん死亡率の減少効果については、2報の無作為化比較対照試験(表7)と5報の症例対照研究が行われている(表8)。Mayo Lung Projectでは、45歳以上の男性高喫煙者でMayo Clinicの外来患者を対象に、初回検診の後、検診群(4,618人)と対照群(4,593人)に無作為割付し、6年の間、検診群には4ヶ月に1度の胸部X線2方向と喀痰細胞診を強力に勧奨し、対照群には年に一度は検診を受けることを勧めるのみとした結果、肺がんによる死亡率は1,000人年あたり検診群3.2、非検診群3.0で有意差はなく、長期の追跡調査を行った後も結果は変わらなかった17),18)。この研究では、受診率が最後は75%まで低下したことと、対照群の73%が最後の2年間のうち1回以上の胸部X線検査を研究外で受けていることが判明しており19)、コンプライアンスの低さとコンタミネーションの高さが問題とされている。一方で、研究デザインの統計学的なパワー不足を指摘する意見もある20)。また、検診群の罹患が著しく多かった事に関して過剰診断(Overdiagnosis bias)とする考え方と無作為割付の不完全さとする考え方が提起されている21)。(注:文献20及び21は、無作為化比較対照試験の評価に関する引用文献である。証拠としては採用していない。)Czechoslovakian Studyでは、40-64歳の男性高喫煙者に初回検診を行った後、検診群(3,171人)は6ヵ月ごと3年の胸部X線検査と喀痰細胞診、対照群(3,174人)は3年後に胸部X線検査と喀痰細胞診、その後両群に3年間毎年胸部X線検査を行った結果、肺がん死亡率は検診群で1,000人年対3.6、対照群で2.6と有意差がなかった22),23)。この研究では、術後30日以内の死亡率は11%であることが判明しており現代とは大きく異なっている。また、喀痰発見例が5人しかなく、そのうち喀痰のみによる発見例は2人のみでいずれも小細胞がんであり、喀痰細胞診の精度に疑問が持たれている。これらはいずれも1970-80年代初頭に行われたものである。
一方、日本で行われた5報の症例対照研究のうちの4報では、有意な肺がん死亡率の減少効果が示されており、残りの1報でも同様の傾向であった。毎年検診受診での肺がん死亡率減少効果は、住民検診を対象とした岡山の研究24)(40-79歳、症例412人、対照3,490人)では、喫煙訂正オッズ比(smoking adjusted odds ratio: SAOR)が0.59(95%CI:0.46-0.74)で肺がん死亡率減少効果が41%であった。同様に、新潟の研究25)(40-79歳、症例174人、対照801人)では60%(SAOR=0.40, 95%CI:0.27-0.59)、宮城の研究26)(40-79歳、症例328人、対照1,886人)では46%(SAOR=0.54, 95%CI:0.41-0.73)、個別検診を対象とした金子班の研究27)(40-74歳、症例193人、対照579人)では46%(SAOR=0.535, 95%CI:0.337-0.850)、喀痰細胞診非併用地区も含んだ成毛班の研究28)(40-74歳、症例273人、対照1,269人)では28%(SAOR=0.72, 95%CI:0.50-1.03, p=0.07)であった。症例対照研究ではセルフセレクション・バイアスが最も重要なバイアスとなるが、これらの研究ではその問題は認識されており、多変量解析、喫煙歴の有無でのマッチング、基本集団を検診受診者とするなどの手法により、ある程度の制御は行われたと考えられる。なお、これらの地区での喀痰細胞診受診者の比率は,成毛班の研究では、男性の受診者全体の約20%、女性の約1.6%,全体の約9%28),宮城県での同時期の研究では受診者全体の約5%29)と報告されている。これらの症例対照研究をまとめて検討した報告は2報あり、1報は厚生省藤村班で行われた4報の研究のデータを統合して解析した結果、毎年受診の肺がん死亡率減少効果は44%で(SAOR=0.56, 95%CI:0.48-0.65)、70歳以上・未満及び男女に関わらず有意な死亡率減少効果を認めた30)。また、最終受診からの期間別の解析では、診断の前1年を超え2年以内に検診を受診した場合には死亡率減少効果は認めなかった。もう1報は8報の症例対照研究及び4報の無作為化比較対照試験を対象としたもので、すべての研究を含めると死亡率減少効果は22%(summarized RR=0.780, 95%CI:0.710-0.857)であったが、症例対照研究と無作為化比較対照試験を同時に解析することの妥当性に関する方法論上の問題を有している31)。その他に地域相関研究が2報あり、1報は、ある県の中で肺がん検診実施地区と非実施地区の肺がん死亡数の推移を検討し、実施地区では肺がん死亡が22-24%減少していることが示唆されたと報告されているが、実施地区が33町村であるのに比較して非実施地区が5町村と少ない点にやや問題がある29)。もう1報は、全国の市町村から肺がん検診高率実施地区と、それらと対象者集団の類似性の強い対照市町村を選択し、両者の肺がん死亡率の推移を観察した結果、高率実施地区のほうが肺がん死亡率が低めになる傾向があったが有意差はなかった32)。
胸部X線検査のみによる肺がん死亡率減少効果に関する研究は、3報の症例対照研究(表8)があり、東ドイツで2報、日本で1報行われている。東ドイツで行われたものは2年に1回の70mmのフィルムを用いた胸部間接X線検査の評価で、1報目の研究33)(70歳未満男性、症例130人、対照A:地区住民260人、対照B:病院受診者260人)では肺がん死亡率減少効果は認められず(対照A, OR=0.88, 95%CI:0.53-1.45, 対照B, OR=1.09, 95%CI:0.67-1.78)、2報目の研究34)(60歳未満男女、症例278人、対照:地区住民967人)は、症例の診断以前の10年間に1回以上検診受診している者の中からも対照を選ぶことによりセルフセレクション・バイアスの制御も試みたが、同様に肺がん死亡率減少効果は認められなかった(SAOR=0.93, 95%CI:0.65-1.33)。肺がん罹患や死亡の好発年齢から考えると60歳未満という設定には疑問も残る。また、組織型の分布をみると、男女ともに日本に比較して腺がんがきわめて少ない。群馬の研究35)(40-79歳、症例121人、対照536人)では,肺がん死亡率の減少傾向は認められたが有意ではなかった(SAOR=0.68,95%CI:0.44-1.05)。前述した喀痰細胞診との併用法において、喀痰細胞診を行わない非高危険群のオッズ比も高危険群のオッズ比に遜色がないことから、併用法における胸部X線検査の寄与度は高いことが推定されるが、胸部X線検査のみで有意な肺がん死亡率減少効果を証明した報告はない。
喀痰細胞診単独による肺がん死亡率の減少効果に関する研究は存在しない。
喀痰細胞診による胸部X線検査への肺がん死亡率減少の上乗せ効果については、1970-80年代に行われた2報の無作為化比較対照試験(表7)と、1990年代に行われた1報の症例対照研究(表8)がある。Johns Hopkins Lung Projectでは、45歳以上の男性高喫煙者を対象にして、X線検査群(5,161人)は胸部X線2方向年に1回、喀痰細胞診併用群(5,226人)はそれに加えて4ヶ月に1回の喀痰細胞診を行い、検診の期間は5-7年、総観察期間は平均約5.5年で、肺がんによる死亡率は1,000人年あたりX線検査群3.8で喀痰細胞診併用群3.4となり、併用群の死亡が約10%少なかったが有意差はなかった36),37)。Memorial Sloan-Kettering Studyも同様な計画で、X線検査群(4,968人)、喀痰細胞診併用群(5,072人)に検診を行い、期間は5-8年、その後2年間追跡調査した。肺がんによる生存率は、当初喀痰細胞診併用群が良好だったが最終的にほぼ一致し、肺がんによる死亡数は、喀痰細胞診併用群74対X線検査群82で、Johns Hopkins Lung Projectと同様に、併用群の死亡が約10%少なかったが有意差はなかった38),39)。これら2報の無作為化比較対照試験は、いずれも1970-80年代初頭の検診及び治療水準を評価したもので、喀痰細胞診の主たる対象である中心型扁平上皮がんに対するレーザー治療などその後の治療法の進歩に関しては全く考慮されていない。また、追跡期間が短い可能性が指摘されている。症例対照研究は、前述した宮城の研究で用いたデータのうち高危険群のものを再検討したもので、X線検査のみ受診した場合と比べて喀痰細胞診を併用して受けた場合には、死亡率が下がる方向へオッズ比は動いたが(SAOR=0.63, 95%CI:0.30-1.33)有意差はなかった40)。この研究ではセルフセレクション・バイアスは比較的制御されているが、主たる研究が終了した後に計画されたものであるために、症例数が十分ではない等の研究デザイン上の問題が少なくない。
表7 胸部X線検査と高危険群に対する喀痰細胞診併用法に関する無作為化比較対照試験
研究名 | 報告年 | 文献No | 症例数 | 対照数 | 対象 | 比較した検診法 | 結果 | 有意差 |
Mayo Lung Project |
1986 | 17, 18 | 4,618 | 4,593 | 45歳以上 男性高喫煙者 |
(直接胸部X線+喀痰細胞診)年3回 vs.なし |
肺癌死亡率*1 検診群 3.2, 対照群 3.0 |
なし |
Czechoslovakian Study |
1990 | 22, 23 | 3,171 | 3,174 | 40歳以上 男性高喫煙者 |
(70-110mm間接胸部X線+喀痰細胞診)年2回 vs.なし |
肺癌死亡率*1 検診群 3.6, 対照群 2.6 |
なし |
Johns Hopkins Lung Project |
1986 | 36, 37 | 5,226 | 5,161 | 45歳以上 男性高喫煙者 |
直接胸部X線年1回+喀痰細胞診年3回 vs.直接胸部X線年1回 |
肺癌死亡率*1 喀痰併用群3.4、X線単独群3.8 |
なし |
Memorial Sloan- Kettering Study |
1987 | 38, 39 | 4,968 | 5,072 | 45歳以上 男性高喫煙者 |
直接胸部X線年1回+喀痰細胞診年3回 vs.直接胸部X線年1回 |
肺癌死亡数 喀痰併用群74、X線単独群82 |
なし |
表8 胸部X線検査及び胸部X線検査と高危険群に対する喀痰細胞診併用法に関する症例対照研究
研究名 | 報告年 | 文献No | 症例数 | 対照数 | 対象 | 検討した検診法 | 結果(OR) | 有意差 |
胸部X線検査および胸部X線検査と高危険群に対する喀痰細胞診併用法を評価した研究 | ||||||||
成毛班の研究 | 1992 | 28 | 273 | 1,269 | 40-74歳男女 | 100mmの間接胸部X線+高危険群に喀痰細胞診、1年に1回 | 0.72(喫煙補正) | なし |
金子班の研究 | 1999 | 27 | 193 | 579 | 40-74歳男女 | 直接胸部X線+高危険群に喀痰細胞診、1年に1回 | 0.535(喫煙補正) | あり |
宮城の研究 | 2001 | 26 | 328 | 1,886 | 40-79歳男女 | 100mmの間接胸部X線+高危険群に喀痰細胞診、1年に1回 | 0.54(喫煙補正) | あり |
新潟の研究 | 2001 | 25 | 174 | 801 | 40-79歳男女 | 100mmの間接胸部X線+高危険群に喀痰細胞診、1年に1回 | 0.40(喫煙補正) | あり |
岡山の研究 | 2001 | 24 | 412 | 3,490 | 40-79歳男女 | 100mmの間接胸部X線+高危険群に喀痰細胞診、1年に1回 | 0.59(喫煙補正) | あり |
胸部X線検査単独の効果を評価した研究 |
||||||||
GDR-1 | 1987 | 33 | 130 | A:260, B:260 | 70歳未満男性 | 70mmの間接胸部X線、2年に1回 | A:0.88, B:1.09 | なし |
GDR-2 | 1990 | 34 | 278 | 967 | 60歳未満男女 | 70mmの間接胸部X線、2年に1回 | 0.93(喫煙補正) | なし |
群馬の研究 | 2002 | 35 | 121 | 536 | 40-79歳男女 | 100mmの間接胸部X線、1年に1回 | 0.68(喫煙補正) | なし |
高危険群に対する喀痰細胞診の上乗せ効果を評価した研究 |
||||||||
宮城喀痰 | 2003 | 40 | 49 | 243 | 40-79歳男性高喫煙者 | 100mmの間接胸部X線1年1回に喀痰細胞診の上乗せ効果 | 0.63(喫煙補正) | なし |
OR=odds ratio |