特発性正常圧水頭症診療ガイドライン 第3版

 
 第1部 第2章 Ⅵ 介護保険と社会資源
第1部 診療マネジメント編
第2章特発性正常圧水頭症(iNPH)の治療
介護保険と社会資源

iNPHは歩行障害,認知障害,排尿障害をきたし,シャント術にて改善を得ることのできる症候群である。このようにiNPHは治療可能な疾患ということで,これまでにも医療経済の面からシャント術を検討した報告がみられる1)-4)

わが国の総人口は,平成27(2015)年10月1日現在,1億2,711万人であり,65歳以上の高齢者人口が総人口に占める割合(高齢化率)は26.7%となった。また,総人口が減少するなかで高齢者が増加することにより高齢化率は上昇を続け,2035年には3人に1人が高齢者となると推測されている。

急速な高齢化が進むわが国においては,iNPHの治療に伴う治療効果のみならず,医療費や介護保険費用といった医療経済効果に関する評価も重要である。

iNPHに対するシャント術の医療経済効果に関するものとして次のようなものがあげられる。本邦からの報告3)では,VPシャントで治療されたSINPHONI研究の100名,ならびにLPシャントで治療されたSINPHONI-2研究の83名のデータを基にiNPHに対する治療費(手術費と介護費の合算)を推計したところ,術後1年のincremental cost-effectiveness ratio(ICER)はVPシャントで29,934-40,742 USD/QALY(quality-adjusted life year),LPシャントで58,346-80,392 USD/QALYであった。この結果をLaupasisらの新技術導入に関する医療経済効果の評価判定に照らし合わせ,iNPHに対するシャント術は術後1年の段階でGrade 3(中等度)の根拠をもつと結論づけている。また,非手術群と比較して,手術群では,VPシャントでは術後18ヵ月,LPシャントでは術後21ヵ月で黒字化する,つまり治療費総額は手術群のほうが安価になる。この結果を同様にLaupasisらの新技術導入に関する医療経済効果の評価判定に照らし合わせ,iNPHに対するシャント術はGrade 1(確固たる)の根拠をもつと結論づけている。

このようにシャント術による治療効果としての自立度の改善が介護費の削減に寄与することにより,手術費に代表される医療費と介護費を含めた治療総額は,手術した当該年度は赤字に陥るものの,術後2年では黒字に転じることを示した。

また,iNPHに対するシャント術の医療経済効果は日本のみならず,北欧からも報告がある4)。iNPH患者30名に対して術後半年間のフォローを実施しデータを収集,また非治療群は,スウェーデンのNational Board of Health and Welfareより2012年に報告された認知症にかかるコストのデータを使用してマルコフモデルによる医療経済効果に関する解析を行ったところ,iNPHに対するシャント術は2.2年の生存期間の延長をもたらし,手術をしない自然歴と比べて€13,000の追加コストで1.7QALYsを得るとしている。つまり,ICERは€7,500/QALYとなり,日本同様に北欧においてもiNPHに対するシャント術は医療経済効果があると示されている。

これらの報告を総合すると,iNPHに対するシャント治療が医療経済効果を有するには術後2年以上効果が持続することが必要である。そのため,手術適応の判断は重要であるし,また合併症発症率を下げることも重要となる。

[文献]
1)Stein SC, Burnett MG, Sonnad SS: Shunts in normal-pressure hydrocephalus: do we place too many or too few? J Neurosurg 105: 815-822,2006
2)Williams MA, Sharkey P, van Doren D,et al :Influence of shunt surgery on healthcare expenditures of elderly fee-for-service Medicare beneficiaries with hydrocephalus. J Neurosurg 107: 21-28,2007
3)Kameda M, Yamada S, Atsuchi M,et al: Cost-effectiveness analysis of shunt surgery for idiopathic normal pressure hydrocephalus based on the SINPHONI and SINPHONI-2 trials. Acta Neurochir (Wien) 159: 995-1003,2017
4)Tullberg M, Persson J, Petersen J,et al: Shunt surgery in idiopathic normal pressure hydrocephalus is cost-effective-a cost utility analysis. Acta Neurochir (Wien) 160: 509-518, 2018
 
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