特発性正常圧水頭症診療ガイドライン 第3版
iNPHのリハビリテーションについて記載された書物・文献はほとんどなくエビデンスもないものの「全人的な情報収集」に基づき,さまざま心身合併症による「リハビリ阻害要因」に向き合うことが大事であることは論を俟たない。「全人的な情報収集」の手法として「高齢者総合的機能評価(Comprehensive Geriatric Assessment;CGA,表1)1)2)」は有用と考える。
表1 | 高齢者総合的機能評価(CGA) |
1-高齢者総合的機能評価(CGA)
高齢者において,病気(disease)は臓器や運動器の障害(impairment)を引き起こし,これらは移動や排泄などの基本的日常生活動作(basic ADL;BADL)の低下(disability)をもたらす。この能力低下は社会参加の妨げになり,不利益(handicap)につながることが稀ではない。
こうした一連の流れを把握するうえで,CGAを理解・活用することはわが国で進む少子高齢化社会において医療・介護従事者に求められている。
さまざまな心身合併症が絡むiNPHの病像を把握するうえでCGAは有用で,心身面を把握するばかりでなく,生活状況の理解がすすみ,今後どのように機能向上を図るか診療・介護計画を立てやすくなる。
ただし,CGAはさまざまな情報収集を行うにあたっては,医師だけで完結することは難しく,看護師やリハビリ職種,介護職種の協力が必要となる。そのため病院組織に留まらず,地域全体でさまざまな職種に評価手法の教育・啓蒙活動がすすめられる。
また,CGAを有効活用するためには,地域における認知症対策をすすめ,BADLの共通理解を医療・介護の現場双方に求めることが重要となる。iNPHのようなリハビリニーズが大きい病気と向き合うには,BADLとしてBarthel Index(BI)や動作分析を行い「しているADL」を評価する機能的自立度評価法(Functional Independence Measure;FIM),在宅ケアアセスメント表(Minimum Date Set for Home Care;MDS-HC)2.0などを活用することを推奨する。特にMDS-HC2.0のADL項目はFIMと対応関係が明確になっており,介護の現場,特にケアマネージャーに有用であると考える。
2-リハビリ阻害要因
iNPHそのものが心身の廃用を加速させうる病態であり「リハビリ阻害要因」の主たるものと考えられる。リハビリテーションの観点から水頭症手術がリハビリの効果を上げるために加える治療とすれば,症状改善が期待できる患者には積極的な手術がすすめられる3)。
DESHの画像所見や脳脊髄液排除試験の改善内容でシャント介入を判断するが,症状改善の可能性が高い指標が得られたとしても,手術治療後に改善しない症例を経験する。症状改善のない症例では,環境要因も重要である。
a) | 内的環境要因 | |
① | 高度~きわめて高度レベルの認知症,制御・調整が困難な精神疾患が共存する。 | |
② | 制御・調整が困難な痛みを伴う身体疾患が共存する。 | |
③ | 身体疾患により体力・生命力が消耗している。 | |
b) | 外的環境要因 | |
① | 地域にリハビリサービスが不足している。 | |
② | 患者本人とその家族が生活に目標をもてない。 | |
③ | 医療・介護従事者が生活目標やゴール設定の提案ができず,リハビリマインドに乏しい。 |
3-トレーニングの概要
iNPHに対するトレーニングについて,エビデンスのある方法はない。日常生活動作能力や基本動作能力が自立している人は,認知症の発症・進行予防も兼ねて,①1日の始まりで日付・曜日を確認する(リアリティー・オリエンテーション法),②日中に約30分の有酸素運動(cf.散歩など)を行う,③1日の終わりに日記もしくは家計簿をつける(回想法),といったことを毎日積み上げることで症状の改善・維持は図りうると考える。
基本動作能力が自立しているものの,日常生活動作能力が低下している人として,バランス能力の低下が目立つ患者に対しては,理学療法士の指導下で筋力増強訓練,バランス訓練,歩行訓練を行うことがすすめられる。また,転倒・骨折のリスクが高い症例群では周囲の見守り体制の強化は必要となる。
基本動作能力において起立動作・起立保持動作に介助を要する場合には,同じく理学療法士の指導下で筋力増強訓練,バランス訓練,歩行訓練を行うことがすすめられ,日常生活に関連する動作を活用した生活リハビリテーションの積み重ねがより重要となる(p67.SINPHONI-2で採用した手術待機患者用のリハビリテーションプログラムの項を参照)。理学療法士と連携をとりながら介護提供者の働きかけが大切となるが,介護環境が乏しければ改善はかなわない。
トレーニングの開始時期は,脳室拡大,DESH所見が頭部CT/MRIでみられるようになった頃より,指導を開始することを推奨する。術前より,身体機能を強化することで,術後の合併症予防,身体的活動性の早期自立,早期退院を目指すプレハビリテーションを導入することは,今後検討する余地があると思われる。
4-フレイル,サルコペニアとiNPH
フレイルは,厚生労働省研究班の報告書において「加齢とともに心身の活力(運動機能や認知機能など)が低下し,複数の慢性疾患の併存などの影響もあり,生活機能が障害され,心身の脆弱性が出現した状態であるが,一方で適切な介入・支援により,生活機能の維持向上が可能な状態像」とされている。健康な状態と日常生活でサポートが必要な介護状態の中間を意味しており,多くの人は,フレイルを経て要介護状態へ進むと考えられている。
サルコペニアは,サルコという筋肉をあらわす言葉と,ペニアという減少を意味する言葉を組み合わせたギリシャ語の造語である。加齢に伴い筋肉が減少することを意味する。筋肉の減少とは,筋肉量の減少と筋力(筋肉の質)の低下をあらわしており,一般的に筋肉の質の低下が先行し量の低下が引き起こされ,日常生活に支障をきたすような状態となることが,大きな特徴といえる。サルコペニアは数日~1週間の短期間で一気に重症化するといわれており,何らかのきっかけで,1週間以内にサルコペニアの状態となる患者は多い。
サルコペニアは,加齢が原因で起こる一次性サルコペニアと,活動・疾患・栄養に関連する二次性サルコペニアに分類されるものの,ほとんどの患者が両方に当てはまる。サルコペニアの診断基準には3つの要素があり,①筋肉量の測定,②歩行速度の測定,③筋力の測定の検査からサルコペニアは診断される。サルコペニアの治療の基本は栄養療法(良質な一定量の蛋白質の摂取)と運動療法(筋肉に負荷をかける抵抗運動)の2本立てであり,安定した体調管理の下これらを継続することで改善が期待できる。
フレイルやサルコペニアは,iNPH診療で重要な要素となりうるので,リハビリ評価項目に加えて長期的な経過観察のもとで検証されることが望まれる。
iNPHは歩行障害・認知障害・尿失禁の三主徴が徐々に進行し,体重を支える介護量が増える,コミュニケーションがスムースに取りづらい,排泄介助が増えるといった肉体的・精神的に介護提供者の負担が増える。医療・介護従事者が本疾患と上手に向き合うために「病気だけではなく人を診る」視点が重要である。iNPHに対するリハビリテーションは包括的アプローチで対応し,ゴール設定は,歩行スピード,modified Rankin Scale(mRS)やFIMなどの改善だけではなく,「社会参加が継続され地域で生き生きと暮らしていること」に注目すべきである。そのために長期的なフォローアップを地域ぐるみで行うことが今後の課題である。
[文献]
1) | 長寿科学総合研究CGAガイドライン研究班.鳥羽研二(監):高齢者総合的機能評価ガイドライン.東京:厚生科学研究所;2003. |
2) | 日本老年医学会(編):健康長寿診療ハンドブック.東京:メジカルビュー社;2011 |
3) | 新井一(監).石川正恒,森悦朗(編):特発性正常圧水頭症の診療.京都:金芳堂;2014 |
(熊本託麻台リハビリテーション病院:平田好文先生作成)
(手術待機群の方に自宅待機中のリハビリテーションプログラムを渡す)
※待機中のリハビリテーションプログラム
① | ウォーミングアップ | (2分間) | |
② | 背伸び | (2分間) | 10回×2回 |
③ | ももあげ | (2分間) | 10回×2回 |
④ | 座り立ち | (2分間) | 10回×2回 |
⑤ | ひざ伸ばし | (2分間) | 10回×2回(左右1回) |
【合計 10分間です(1日1~2セットやってみましょう)】 | |||
⑥ | 余裕があれば 5分間ゆっくり歩いてみましょう。必ずご家族が見守るか介助してください。 |
自宅でトレーニングする場合も,ウォーミングアップやストレッチングを行い,身体を動かす準備をしましょう。
A-ウォーミングアップ
![]() | [その場で足踏み 2~3分] その場で足踏みをして身体を温めましょう。 特に冬場の寒い時期には,身体がぽかぽかと温まってくるまで足踏みを続けましょう。マーチ系の音楽をかけたり,歌を口ずさんだりしながら楽しく行いましょう。 |
1)ストレッチング
使う筋肉の周りをストレッチングしておきましょう。ストレッチングは,関節の動く範囲を広げて動きやすくする他,筋肉のけがの予防にも役立ちます。
《ストレッチングの注意点》
- はずみや反動をつけない。
- 息をこらえない(自然な呼吸で)。
- 痛みがあるときは無理をしない。
- ほどよいストレッチ感(伸びているという感覚)が感じられるところまでゆっくりと伸ばす。
- 10~30秒程度は同じ姿勢を維持する。
B-背伸び(カーフレイズ)
鍛えられる筋肉:ふくらはぎ(下腿三頭筋)
目標回数:1日20~30回

① | 椅子や壁などに手を添えて身体を支えます。 |
② | ゆっくりとかかとを上げて背伸びをします。その後ゆっくりとかかとを降ろしましょう。 |
※ご家族が必ず見守るか,介助してください。
C-ももあげ(ニーアップ)
鍛えられる筋肉:太もも前(大腿四頭筋)股関節まわり(腸腰筋)
目標回数:1日片足20回

① | 椅子や壁などに手を添えて身体を支えます。 |
② | ゆっくりとももを上げます,その後ゆっくりと降ろしましょう。この動作を左右交互に繰り返しましょう。 |
※ご家族が必ず見守るか,介助してください。
D-座り立ち(スクワット)
鍛えられる筋肉:脚全体,背中
目標回数:1日20~30回

① | キャスターなどのない,安定した椅子の前に立ちます。脚は少し開いてもかまいません。 |
② | ゆっくりと椅子に座ります。その後,ゆっくりと立ち上がります。この動作を繰り返しましょう。 |
③ | 前かがみになり過ぎないよう注意しましょう。 |
※ご家族が必ず見守るか,介助してください。
E-ひざ伸ばし(ニーエクステンション)
鍛えられる筋肉:太もも前(大腿四頭筋)
目標回数:1日片足20回

① | キャスターなどのない安定した椅子に座ります。背もたれに楽にもたれましょう。 |
② | ゆっくりと片足の膝を伸ばします。その後ゆっくりと脚を降ろしましょう。この動作を左右交互に繰り返しましょう。 |
※ご家族が必ず見守るか,介助してください。
F-5分間歩行
![]() | 余裕があれば5分間ゆっくり歩いてみましょう。 |
※必ずご家族が見守るか介助してください。