(旧版)前立腺癌診療ガイドライン 2006年版

 
第4章 外科治療

 
CQ12  前立腺全摘除術において神経温存手術の適応はどのように決定すべきか。

推奨グレード C
神経温存適応に関する適切な基準は確立していない。また予想以上に勃起機能に関する長期成績は不良である。

 背景・目的
術後,勃起機能不全は尿失禁とともに前立腺全摘除術の術後後遺症の一つであるが,神経温存の安全な適応に関してはエビデンスが確立しているか,さらに性機能温存に関してはその機能が本当に温存されているか検証した。

 解 説
早期癌には神経温存手術により勃起機能を温存することが可能である1)(III)と考えられている。初期のデータでは神経温存手術を施行した場合,術前に性機能のあった症例の40-65%が術後に膣挿入・性交が可能であり,性交可能な勃起が得られない症例は約60%と報告されている2)(III)
神経温存に関してはいくつかの観点から検討,検証する必要がある。
1) 明確な適応の基準が存在するのか
2) 神経温存を行って切除断端陽性となった場合に,そのことが予後を左右するのか
3) 神経温存を行った場合,勃起機能は本当に温存されているのか
という点である。


(1)神経温存に対する適切な適応基準は確立しているか? 確立していない。
適応に関して低分化癌,前立腺尖部に広がる癌,術中に触知可能な癌などは神経温存手術に適していないと報告されているが3)(III),術中の前立腺触診所見で神経温存の適否の判断が可能かという点については術中の触診所見では判断できない,との報告もある4)(III)
予測因子との関係では,生検により得られるGleasonスコア,percent tumor volume,perineural invasionの有無の3つの因子を評価することにより,神経血管束(NVB)を温存する際に,切除断端陽性率を減少させうるとの報告5)(III)があるが,そもそもこの報告の症例群はT1cがほとんどであり,したがってT1c癌に対してはこのような要因で選択できるかもしれないという結論になる。また生検時標本で癌ありとなった同側NVBを温存することは,全摘標本で切除断端陽性となるリスクが大きいので,広範囲な切除が望ましいという検討結果がある6)(III)。MRIはNVBへの浸潤の評価においても優れており,神経温存術式を決定する上で参考になるとの報告がある7)(III)。以上の点は現状では実践的な基準ではあると考えられるが,神経温存の明確な適応基準は確立していない8)(IV)

(2)温存による切除断端陽性は予後に関係しているのか? エビデンスが乏しい。
神経を温存することによるデメリットは切除断端陽性の危険性を有している点であるが,このことが予後に関して危険因子となるかの検討は少ない。神経を温存することがPSA再発の危険因子となるかという点をよくデザインされた研究方法で検討した論文はない。多くの論文は症例選択にバイアスがあり,結果の解釈を困難にしている。たとえばある研究では神経温存症例と非温存症例の比較で温存例の断端陽性率は24%(n=58)で,非温存が31%(n=152)と有意差を認めず,また,術後3年目,5年目でのPSA再燃は神経温存群で各々9.7%,14.4%,非温存群は17.1%,21.1%であり,神経温存術は危険因子ではなかったと結論づけている9)(III)が,無作為化試験ではなく,非温存例で31%の断端陽性は高すぎる印象があり,結論の解釈は困難である。

(3)実際に機能は温存されているか? 予想以上に機能は温存されていない。
医療者側の評価に反して尿失禁の長期結果が予想外に悪いことは前述したが,同様の傾向が神経温存後の性機能についても認められている。術後2年以上経過すると,驚くことに神経温存根治的前立腺全摘除術と非温存術との間に勃起機能保持率に差がなくなることが報告されている10)(I)。同様の結果はpopulation-based longitudinal cohort studyでも認められており,術後18カ月以上の経過観察で術前勃起機能のあったもので,術後EDとなった率は神経温存なし:65.6%,片側温存:58%,両側温存でも56.0%であった11)(III)と報告されている。多くの症例で勃起機能が保持されておらず,何らかの術後サポートの必要性が強調されている12)(III)同様の結果は本邦の報告でも認められており,前立腺全摘除術を受けて12カ月以上たった患者では,性機能の減退に大きな不満があったと報告されている13)(III)したがって神経温存手術においても性機能障害が起こる危険性を考慮するべきである。


 参考文献
1) Walsh PC, Partin AW, Epstein JI. Cancer control and quality of life following anatomical radical retropubic prostatectomy:results at 10 years. J Urol. 1994;152:1831-6.
2) Catalona WJ, Basler JW. Return of erections and urinary continence following nerve sparing radical retropubic prostatectomy. J Urol. 1993;150(3):905-7.
3) Huland H, Hubner D, Henke RP. Systematic biopsies and digital rectal examination to identify the nerve-sparing side for radical prostatectomy without risk of positive margin in patients with clinical stage T2, N0 prostatic carcinoma. Urology. 1994;44(2):211-4.
4) Vaidya A, Hawke C, Tiguert R, et al. Intraoperative T staging in radical retropubic prostatectomy:is it reliable? Urology. 2001;57(5):949-54.
5) Shah O, Robbins DA, Melamed J, et al. The New York University nerve sparing algorithm decreases the rate of positive surgical margins following radical retropubic prostatectomy. J Urol. 2003;169(6):2147-52.
6) Park EL, Dalkin B, Escobar C, et al. Site-specific positive margins at radical prostatectomy:assessing cancer-control benefits of wide excision of the neurovascular bundle on a side with cancer on biopsy. BJU Int. 2003;91(3):219-22.
7) Ogura K, Maekawa S, Okubo K, et al. Dynamic endorectal magnetic resonance imaging for local staging and detection of neurovascular bundle involvement of prostate cancer:correlation with histopathologic results. Urology. 2001;57:721-6.
8) Sokoloff MH, Brendler CB. Indications and contraindications for nerve-sparing radical prostatectomy. Urol Clin North Am. 2001;28(3):535-43.
9) Sofer M, Hamilton-Nelson KL, Schlesselman JJ, et al. Risk of positive margins and biochemical recurrence in relation to nerve-sparing radical prostatectomy. J Clin Oncol. 2002;20(7):1853-8.
10) Robinson JW, Moritz S, Fung T. Meta-analysis of rates of erectile function after treatment of localized prostate carcinoma. Int J Radiat Oncol Biol Phys. 2002;54(4):1063-8.
11) Stanford JL, Feng Z, Hamilton AS, et al. Urinary and sexual function after radical prostatectomy for clinically localized prostate cancer:the Prostate Cancer Outcomes Study. JAMA. 2000;283(3):354-60.
12) Schover LR, Fouladi RT, Warneke CL, et al. Defining sexual outcomes after treatment for localized prostate carcinoma. Cancer. 2002;95(8):1773-85.
13) Arai Y, Okubo K, Aoki Y, et al. Patient-reported quality of life after radical prostatectomy for prostate cancer. Int J Urol. 1999;6(2):78-86.

 

 
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