(旧版)前立腺癌診療ガイドライン 2006年版
第2章 診断
1 直腸診,PSA,経直腸超音波検査
直腸診による異常所見は,検者の経験によっても左右されるが,全前立腺癌症例の15-40%に認められる。無症状で前立腺癌を疑わせない人々に直腸診を行った場合,癌が発見されるのは0.1-4%に過ぎない1),2)(V)。
PSAはもっぱら前立腺腺上皮から分泌されるカリクレイン様セリンプロテアーゼである。臨床的には前立腺特異的ではあるが前立腺癌特異的ではないため,その値は前立腺肥大症や前立腺炎,その他の良性前立腺疾患でも上昇することがある。前立腺癌の独立した予測因子としてPSAは直腸診や経直腸超音波検査よりも優れている3)(III)。
現在多くのPSA測定キットが市販されているが,国際標準となるものは存在しない。前立腺癌の生検陽性率はPSAが4-10ng/mlで25-30%,10ng/ml以上で50-80%と上昇する4)(III)。触知不能前立腺癌の診断に関しては,PSAが10ng/ml以上,おそらく実際には4.0ng/ml以上で生検を行うべきというのが共通認識であろう。
PSAの基準値を低く設定することの注意すべき点は,臨床的に意味のない癌の発見を,いかにして避けるかということである。現時点では,触知不能だが臨床的に意味のある前立腺癌を見つけるのに最適なPSAの値を推奨できるような長期成績はまだ得られていない。
前立腺癌の早期発見のためにPSAの特異度を高めるべく次のようなPSAの工夫が報告されている。すなわち,PSA density,移行領域でのPSA density,年齢階層別PSA,PSA molecular form,PSA velocity,PSA倍加時間,などである。ここに述べたPSAの工夫は特に4-10ng/mlの間における前立腺癌と前立腺肥大症との鑑別にある程度役立つと思われる。しかしこれらの一般診療への適用については合意が得られていない5),6)(III)。
このような前立腺の早期診断におけるPSAの利用拡大は,T1cという新たな臨床病期を生み出した。このT1cとは,直腸診や経直腸超音波検査は正常であるがPSAが高値のために行った生検で発見された癌を指す。臨床病態や病理所見の検討によるとT1c癌の11-26%は臨床的に意味のない癌であるが,18-49%は局所浸潤癌であるという7)(III)。
経直腸超音波検査は,1)癌が疑われる領域の同定,2)前立腺生検の正確さの向上,という点で大きな能力を持つ。直腸診とPSAとが正常であれば経直腸超音波検査だけで癌を見つけるのはほとんど不可能である。カラードプラーもまだ試行段階であり,癌の発見や病期診断におけるルーチン検査とはなっていない。
スクリーニングにおいて,直腸診,PSA,経直腸超音波検査の3者の組み合わせにより陽性反応的中率(PPV)が20-80%になる。この3者のうち1つの異常だけでは生検陽性率は6-25%だが,2つに異常があると18-60%となり,3つすべてが異常だと56-72%にまで高まる8)(II),9)(III)。
直系家族(父または兄弟)に前立腺癌患者が1人以上存在する場合にはPSA検査を受けることにより早期に前立腺癌を検出する可能性が高まる10)(II)。