(旧版)前立腺癌診療ガイドライン 2006年版
第1章 疫学
CQ9 | 前立腺癌検診によって前立腺癌の死亡率減少が可能か? |
欧米ではPSAスクリーニングの普及に伴い死亡率の減少が報告されており,現在,大規模な無作為比較対照研究が米国およびヨーロッパで進行中である。 |
カナダのケベック州における10万人あたりの前立腺癌死亡数は1976年から徐々に上昇し,1991年が最も高くなったが,その後,1995年までは徐々に,1996年には急激に低下しており,1991年から1997年の間で23%低下した1)。また,ミネソタ州オルムステッド郡における前立腺癌死亡率の変化について,10万人あたりの年齢調整前立腺癌死亡率は1984年以降急激に上昇し,1989年から1992年にはピークを迎え,その後の前立腺癌死亡率は低下に転じている2)。これらの前立腺癌死亡率の低下には,PSA検診の普及が関与していると推測されている。
また,信頼性の高い研究としては,PSAを用いた検診の死亡率減少効果に関するオーストリアのチロル地方のスクリーニングデータがある3)。チロル地方では,1993年より45〜75歳の住民に対し無料でのPSA測定を提供し,その後5年間の間に対象住民の2/3以上が少なくとも1回以上のPSA測定を受けた。その結果,1998年の実際の前立腺癌死亡者数は予測値に比べ42%低下し,チロル地方以外のオーストリア国内の前立腺癌死亡率に比べても有意に低くなった。
また,小規模の無作為比較対照試験はカナダのケベック州で実施され,スクリーニング群に振り分けられた症例の実際のスクリーニング受診率が23%と低いことが原因で,当初の振り分け群間では統計学的な有意差はなかった4)。しかし,実際のスクリーニング受診者と未受診者間での前立腺癌死亡率の比較では,スクリーニング未受診者は受診者に比べ,前立腺癌死亡率が10万人/年あたり,3.25倍高くなっていた。ケベック州の研究はさらに11年間の長期間の経過観察を行っており,スクリーニング受診者群は,非受診者群に比べ前立腺癌死亡率が62%低下していた5)。
また,前立腺癌スクリーニングの有効性に関する大規模な無作為比較対照試験が米国のPLCO(Prostate, Lung, Colorectal and Ovarian)Cancer Screening 研究6),ヨーロッパでのERSPC(European randomized study of screening for prostate cancer)7)と進行中である。結果が待たれるところであるが,PSAスクリーニングが普及している欧米では,非スクリーニング群へ割付けられた症例のスクリーニング受診(コンタミネーション)が研究を遂行する上での問題点となっている。
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1) | Meyer F, Moore L, Bairati I, et al. Downward trend in prostate cancer mortality in Quebec and Canada. J Urol. 1999;161:1189-91. | |
2) | Roberts RO, Bergstralh EJ, Katusic SK, et al. Decline in prostate cancer mortality from 1980 to 1997, and an update on incidence trends in Olmsted County, Minnesota. J Urol. 1999;161:529-33. | |
3) | Bartsch G, Horninger W, Klocker H, et al. Prostate cancer mortality after introduction of prostate-specific antigen mass screening in the Federal State of Tyrol, Austria. Urology. 2001;58:417-24. | |
4) | Labrie F, Candas B, Dupont A, et al. Screening decreases prostate cancer death:first analysis of the 1988 Quebec prospective randomized controlled trial. Prostate. 1999;38:83-91. | |
5) | Labrie F, Candas B, Cusan L, et al:Screening decreases prostate cancer mortality:11-year follow-up of the 1988 Quebec prospective randomized controlled trial. Prostate. 2004;59:311-8. | |
6) | Prorok PC, Andriole GL, Bresalier RS, et al. Design of the Prostate, Lung, Colorectal and Ovarian(PLCO)Cancer Screening Trial. Control Clin Trials. 2000;21(6 Suppl):273S-309S. | |
7) | Schröder FH, Denis LJ, Roobol M, et al. The story of the European Randomized Study of Screening for Prostate Cancer. BJU Int. 2003. 92(suppl 2):1-13. |
注)疫学に関する事項は推奨グレードをつけられない部分が多いため,他のパートと異なり各クリニカルクエスチョンに対して,コメントおよび解説,文献の3部からなる構成とした。また文献の評価は,それぞれが扱っている対象が日本人か外国人か,community-basedかhospital-basedかの2点を明記した。