(旧版)科学的根拠に基づく急性胆管炎・胆嚢炎の診療ガイドライン
第XIII章 特殊な胆道炎
3. 無石胆嚢炎
Q116. 急性無石胆嚢炎の危険因子は何か?
急性無石胆嚢炎は,手術後・外傷・熱傷など重症疾患の治療中に発生しやすい。 表1に,急性無石胆嚢炎に関連する危険因子を列挙した。 近年重症患者が増加し,治療が複雑化するとともに,急性無石胆嚢炎の頻度は増加しているという(レベル4)9,10)。
1)術後胆嚢炎に関連する因子
本邦で1976年から1985年の10年間に全国122の施設で経験した494例の術後急性胆嚢炎を対象にしたレビューでは(レベル4)23),全体的な術後急性胆嚢炎の発生率は0.06%,うち445例(90%)が無石性であり,平均年齢は60歳,男女比は2.8:1と男性に多く,また435例が腹部手術後に発生しており,術式としては胃癌手術が最も多い。 表2に,わが国からの術後急性胆嚢炎の報告を示す。
表3に,種々の術後急性胆嚢炎の発症頻度を示す。 大動脈瘤,特に破裂性動脈瘤の術後には急性胆嚢炎が高率に発生する。 大動脈瘤の場合,非破裂性動脈瘤術後の急性胆嚢炎の頻度は1%程度であるが(レベル4)11,12,13),破裂性動脈瘤術後の頻度は13.6%にも上る(レベル4)11)。 また心臓手術後の急性胆嚢炎の頻度はそれほど高くないものの(0.12〜0.94%)(レベル4)14,15,16,17,18) 弁置換と冠動脈バイパスの合併手術は,術後急性胆嚢炎のリスク因子だといわれている。 心血管手術後に急性胆嚢炎を発症した症例30例を同時期に手術を受けた非発症群11,300例と比較では,発症群に弁置換と冠動脈バイパスの合併手術が占める割合が23%(7/30)であるのに対し,非発症群では11%(1,299/11,300)である(P=0.03)(レベル4)14)。 心血管手術後に急性胆嚢炎を発症した症例30例を同時期に手術を受けた非発症群11,300例と比較では,発症群に弁置換と冠動脈バイパスの合併手術が占める割合が23%(7/30)であるのに対し,非発症群では11%(1,299/11,300)である(P=0.03)(レベル4)14)。 また心臓移植後も,高率に(0.7〜5.7%)術後胆嚢炎が発生する(レベル4)20,21,22)。 術後の急性胆嚢炎は,結石がある場合にもない場合にも同等の頻度で起こる(レベル4)19)。胆石がある場合には,術後の急性胆嚢炎の頻度は,男女で同等である。 しかし術後の無石胆嚢炎は,男性に起こりやすい。
表1 急性無石胆嚢炎に関連する可能性のある因子
危険因子 | |
手術 | |
心臓手術24,16,17,18) | |
心臓移植20,21,22,23) | |
大動脈瘤手術11,12,13) | |
外傷 | |
熱傷 | |
糖尿病32,33,34) | |
腹部血管炎14,30) | |
悪性腫瘍の肝門部転移27) | |
うっ血性心不全,出血性ショックによる低血圧,心停止後31) | |
医原性 | |
インターロイキン-2療法,リンフォカイン活性キラー細胞療法34) | |
経皮経肝胆道ドレナージ術41) | |
骨髄移植術後35) | |
他部位の感染からの波及 | |
カンジダ全身感染36) | |
レプトスピラ症37) | |
結核 | |
胆管のサルモネラ感染38,39) | |
AIDS42,43) | |
その他のまれな原因による肝外胆管の閉塞 | |
血性胆汁 | |
エキノコッカス嚢胞 |
表2 わが国における術後急性胆嚢炎の発生頻度
報告者 | 報告年 | 患者の特徴 | 患者数 | 発生頻度(%) |
井上ら44) | 1989 | 全手術 | 0.06 | |
1989 | 開腹手術 | 0.09 | ||
Takahashi45) | 1990 | Gastrectomy | 1,096 | 0.6 |
古河ら46) | 1991 | 胃切除 | 300 | 0.1 |
落合ら47) | 1992 | 非胆道系腹手術 | 671 | 0.4 |
鷲沢ら48) | 1994 | 胃切除 | 256 | 3.1 |
鈴木ら49) | 1995 | 開心術 | 1,001 | 0.3 |
1995 | 動脈瘤手術 | 535 | 0.9 | |
1995 | 胃がん手術 | 647 | 0.7 | |
1995 | 食道がん手術 | 179 | 1.7 | |
1995 | 開腹術 | 2,041 | 0.8 | |
Saito50) | 1997 | Cardiac surgery* | 1,015 | 0.6 |
Ishikawa51) | 1997 | Cardiovascular surgery | 321 | 1.2 |
*無石性急性胆嚢炎のみを対象とした研究 |
表3 海外における術後急性胆嚢炎の発生頻度
報告者 | 報告年 | 患者の特徴 | 患者数 | 発生頻度(%) |
Ouriel12) | 1984 | Aneurysm repair | 703 | 1.1 |
Scher11) | 1986 | Aortic aneurysm repair,elective | 352 | 1.0 |
Aortic aneurysm repair,emergency | 22 | 13.6 | ||
Hagino13) | 1997 | Aortic aneurysm repair | 996 | 1.0 |
Barie15) | 1993 | Cardiac surgery | 31,710 | 0.12 |
Sessions16) | 1993 | Cardiac surgery | 6,393 | 0.34 |
Leitman14) | 1987 | Cardiac surgery | 6,452 | 0.94 |
Savino17) | 1985 | Cardiac surgery | 2,100 | 0.24 |
Welling18) | 1986 | Cardiac surgery | 1,596 | |
Steed20) | 1985 | Cardiac transplantation | 142 | 0.7 |
Merrell21) | 1989 | Cardiac transplantation | 178 | 2.2 |
Rakhit22) | 2002 | Pediatric cardiac transplantation | 105 | 5.7 |
注)BariePSらのレビュー19)を基に作成した。有石胆嚢炎も含む |
2)外傷後・熱傷後
外傷後や熱傷後には,急性無石胆嚢炎が起こりやすい。急性無石胆嚢炎の12から49%は,外傷後あるいは大手術後である(レベル4)7)。 外傷後の急性胆嚢炎の発生率は,脊髄損傷で3.7%(191例中7例,無石性のみ,多発性外傷患者では18%(45例中8例,無石性および有石性)と高く(レベル4)24),また外傷患者の急性胆嚢炎の90%は,無石性である。 外傷患者の多くは若年男性であるため,外傷後の急性胆嚢炎のほとんどは,男性に発生している。
3)経静脈栄養
長期間の経静脈栄養は胆汁うっ滞を引き起こし,3ヶ月以上経静脈栄養を受けた患者では高率に胆石を認める。 3ヶ月以上経静脈栄養を受けた患者71人を対象にしたPittらの観察研究によると,うち11人(15%)が経静脈栄養を受ける前から胆嚢結石を有し,残りの60人中21人(35%)は経静脈栄養を受けている最中に胆嚢結石が発見されている(レベル4)25)。 長期的に経静脈栄養を受けている患者は,胆石性胆嚢炎だけでなく無石胆嚢炎の発症率が高くなる。 Petersonらの自験例では,中心静脈栄養を受けている患者の4%に急性無石胆嚢炎が発生している(レベル4)26)。
4)悪性腫瘍
肝胆道膵腫瘍など消化器癌をはじめ,メラノーマ・乳癌などでも,転移により胆嚢管を閉塞した場合には,急性無石胆嚢炎の原因となる可能性がある(レベル4)27)。
5)肝動注療法
肝動注療法には,薬剤毒性やカテーテル合併症が発現する。 Barnettらの3,991例の肝動注療法症例における合併症の検討から(レベル4)28,29),急性胆嚢炎を含む胆道系毒性(?)の発現頻度は4%にみられている。 結腸癌や直腸癌の肝転移に対して,肝動脈内注入療法を行う場合には予防的胆嚢摘出が勧められている(レベル4)29)。
6)その他
胆石性その他の急性無石胆嚢炎の発生に関連する因子として,腹部血管炎(レベル4)30),出血性ショックや心停止後(レベル4)31) などがあげられている。
糖尿病と急性胆嚢炎の相関については,感染性合併症の頻度が高くなるという報告と(レベル3b)32),危険性を増大させないという報告(レベル2c)33) の双方がある。
急性無石胆嚢炎は,転移性腎細胞がんに対するインターロイキン2療法やリンフォカイン活性キラー細胞療法後34),骨髄移植後35) などでもみられてる。
急性無石胆嚢炎が,カンジダ属やレプトスピラの全身感染症による胆嚢の二次感染や(レベル4)36,37),胆道のサルモネラ菌感染38,39) の結果起こることもある。
脳血管障害急性期患者における無石胆嚢炎の発生率は約1%で外傷後や手術後の頻度とほぼ同じである(レベル4)40)。