(旧版)科学的根拠に基づく急性胆管炎・胆嚢炎の診療ガイドライン
第II章 本ガイドライン作成の必要性と特徴
1. 本ガイドライン作成の背景
急性胆管炎に特徴的な所見として「Charcot3徴(1877)1)」が,そして急性胆嚢炎の診断法として「Murphy徴候(1903)2)」が提唱されてから既に100年以上が経過した。 その間,急性胆道炎に関する様々な基礎的研究が蓄積され,内視鏡や腹腔鏡手術など様々な診断や治療のための新しい手技が導入されたが,急性胆道炎はいまだに時に致死的な疾患である。 さらに,急性胆道炎の診断基準・治療方針や診療パターンには,国内でもそして国外でも現在大きなバリエーションがあることが明らかになっている3,4,5,6,7,8,9,10)。 もし「ベストの治療」なるものが存在するならば,診療パターンの多様性は医療の質の低さを表すかもしれない。
臨床研究の成果を積極的に診療に取り入れ,好ましくない診療バリエーションを解消するために,わが国で急性胆道炎を取り扱う学会が一同に会して「エビデンスに基づいた急性胆道炎の診療ガイドライン」の作成が計画され,ガイドライン策定のためのワーキンググループが2003年7月に結成された。 メンバーは,消化器内科・外科の専門家だけでなく,集中治療,小児診療,検査診断学,臨床疫学や医療経済学の専門家など多彩である。
医師の診療上の意思決定には,エビデンスに代表される純粋な医学的効果だけではなく,その他の様々な要素,すなわち支払い制度・医療システム・医療機関の特性や医師の技術・医療の経済性などが関与している。 これらの要素を考慮せずに作られた推奨は,実地診療に役に立たない空虚なものとなる恐れがある。 この問題を解決するためにワーキンググループは,エビデンスを重視しつつも,その他の診療に関係するあらゆる側面を加味した上で,最良の患者アウトカムが得られるような診療を提案することを目指した。 異なる見解や意見を幅広く調整しつつ診療の指針となる具体的な提案ができるように,ワーキンググループ内で「最終的なコンセンサス」が得られるまで,十数回にわたる討議が行われた。 さらに重篤な経過をたどる危険性のある患者を同定し,迅速に適切な診療を提供できる体制を整えるために,急性胆管炎・急性胆嚢炎それぞれにおいて,重症度を新たに提案したのも,本ガイドラインの大きな特徴である。 最終的にワーキンググループ内でコンセンサスが得られた後グループ外の意見を募るために,素案がガイドライン作成の母体となった日本胆道学会,日本腹部救急医学会,および日本肝胆膵外科学会において公開された。 この三つの学会で学会員が参加するコンセンサス会議が開催され,急性胆道炎の定義・重症度・診療の推奨に対する妥当性について,さらに検討が重ねられた。学会からのフィードバックに対してさらにワーキンググループ内で検討を加えた結果,最終案が完成した。
本稿では,「科学的根拠に基づく急性胆管炎・胆嚢炎の診療ガイドライン」の特徴を述べるとともに,主な診療上の推奨を概説する。