(旧版)高血圧治療ガイドライン2009

 
第12章 二次性高血圧


POINT 12e

【薬剤誘発性高血圧】
  • 非ステロイド性抗炎症薬は血圧を上昇させ,利尿薬,β遮断薬,ACE阻害薬,ARBの降圧効果を減弱させる。その影響は高齢者で著しい傾向がみられる。
  • カンゾウの主要有効成分であるグリチルリチンの大量使用で低K血症を伴う高血圧(偽性アルドステロン症)をきたすことがある。特に漢方薬使用時には注意する。中止が困難であればアルドステロン拮抗薬を用いる。
  • グルココルチコイドも大量使用で血圧上昇をきたす。服用を中止できなければ,一般的な降圧薬(Ca拮抗薬,ACE阻害薬,ARB,β遮断薬,利尿薬など)を用いる。
  • シクロスポリン,タクロリムス,エリスロポエチン,エストロゲン,交感神経刺激作用を有する薬物の使用で血圧上昇をきたす可能性がある。これらの薬剤使用で血圧上昇を認めれば,減量あるいは中止を考慮する。中止ができない場合には,Ca拮抗薬,ACE阻害薬,ARB,α遮断薬などを用いる。




7.薬剤誘発性高血圧
医療用薬剤のうち非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs),カンゾウ製剤,グルココルチコイド,シクロスポリン,エリスロポエチン,経口避妊薬,交感神経刺激薬などは血圧上昇作用を有し,高血圧を誘発するとともに,降圧薬との併用により降圧効果を減弱させる可能性が指摘されている(表12-8)。高血圧患者が他の疾患を合併し,複数の医療機関を受診することは少なくなく,これまで血圧管理ができていた患者の血圧管理が困難になった場合や,コントロール不良の高血圧の場合には,薬剤誘発性高血圧の可能性を考慮する。またこれらの薬剤を使用する場合には血圧管理に留意し,漫然と投与することのないよう注意が必要である。

表12-8.薬剤誘発性高血圧の原因薬物と高血圧治療法
原因薬物 高血圧の原因 高血圧治療への対策
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs) 腎プロスタグランジン産生抑制による水・Na貯留と血管拡張抑制,ACE阻害薬・ARB・β遮断薬・利尿薬の降圧効果を減弱 NSAIDsの減量・中止,使用降圧薬の増量,Ca拮抗薬
カンゾウ(甘草)
グリチルリチンを含有する肝疾患治療薬,消化器疾患治療薬,漢方薬,健康補助食品,化粧品など
11β水酸化ステロイド脱水素酵素阻害によるコルチゾール半減期延長に伴う内因性ステロイド作用増強を介した水・Naの貯留とK低下 漢方薬などの減量・中止,アルドステロン拮抗薬
グルココルチコイド レニン基質の産生増加,エリスロポエチン産生増加,NO産生抑制などが考えられるが十分には解明されていない グルココルチコイドの減量・中止,Ca拮抗薬,ACE阻害薬,ARB,β遮断薬,利尿薬など
シクロスポリン・タクロリムス 腎毒性,交感神経賦活,カルシニューリン抑制,血管内皮機能障害 Ca拮抗薬,Ca拮抗薬とACE阻害薬の併用,利尿薬など
エリスロポエチン 血液粘稠度増加,血管内皮機能障害,細胞内Na濃度増加など エリスロポエチンの減量・中止,Ca拮抗薬,ACE阻害薬,ARB,β遮断薬,利尿薬など
エストロゲン
経口避妊薬,ホルモン補充療法
レニン基質の産生増加 エストロゲン製剤の使用中止,ACE阻害薬,ARB
交感神経刺激作用を有する薬物
フェニルプロパノールアミン,三環系抗うつ薬,四環系抗うつ薬,モノアミン酸化酵素阻害薬など
α受容体刺激,交感神経末端でのカテコールアミン再取り込みの抑制など 交感神経刺激作用を有する薬物の減量・中止,α遮断薬


1)非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)
NSAIDsは,アラキドン酸からプロスタグランジンが産生される過程でシクロオキシゲナーゼ(COX)を阻害し,腎プロスタグランジン産生を抑制することにより,水・Na貯留と血管拡張の抑制をきたす818)。高齢者や腎機能障害者では,代償機序として腎プロスタグランジンが腎機能を保持し,血圧上昇の抑制に関与する。NSAIDsの使用によりプロスタグランジンの産生が抑制され,腎機能の低下を介して血圧上昇をきたす。COXには,COX-1と炎症時に誘導されるCOX-2のアイソフォームがあり,古典的なNSAIDsは非選択的に両者を阻害するが,COX-2選択的阻害薬は後者を主に阻害する。非選択的NSAIDsとCOX-2選択的阻害薬の,心血管系への有害作用については,選択性の有無ではなくCOX-1とCOX-2の抑制比,組織特異的COX分布などが関連している。したがって,非選択的NSAIDsとCOX-2選択的阻害薬使用時には同等の注意が必要である819),820),821)
高齢者ではNSAIDsにより急性腎機能障害をきたしやすく,腎機能障害が血圧上昇をさらに促進させ,また,利尿薬とNSAIDsの併用例では,利尿薬単独服用例と比較すると心不全の危険性を上昇させる。このため高齢者高血圧患者にNSAIDsを投与する場合,少量を一定期間用いてきめの細かい観察と腎機能チェックが必要である。
利尿薬は,腎尿細管でNaClの再吸収を抑制すると同時に,プロスタサイクリン産生を刺激する。したがってNSAIDsと利尿薬の併用では,利尿薬の降圧効果が減弱する。また,NSAIDsとの併用によってACE阻害薬,β遮断薬の降圧効果が減弱する。ARBとの併用による影響については十分な検討がなされていないが,ACE阻害薬と同等に影響を受ける822)。Ca拮抗薬との併用では降圧効果への影響は少ないとされる。

2)カンゾウ(甘草),グリチルリチン
カンゾウ(甘草)は肝疾患治療薬,消化器疾患治療薬,その他多くの漢方薬,健康補助食品,化粧品などに含まれている。主要有効成分であるグリチルリチンはコルチゾールを不活性のコルチゾンへ代謝する11β水酸化ステロイド脱水素酵素を阻害して,コルチゾールの半減期を延長して内因性ステロイド作用を増強させ823),Na,水の貯留,K低下をきたし,偽性アルドステロン症を発症する。グリチルリチンの投与量,投与期間,年齢(60歳以上)が本症の危険因子であるとされているが824),大量,長期にわたりグリチルリチンを服用しなければ高血圧が問題となることは少ない。
診断は,高血圧と同時に低K血症を認め,低レニン活性,血漿アルドステロン低値であれば(偽性アルドステロン症),本症を疑う。患者自身から漢方薬,健康補助食品の利用が報告されることは少ないので,使用の有無については注意を要する。臨床的には数週間(最大4か月)のカンゾウの中断,あるいはアルドステロン拮抗薬の併用で改善する。

3)グルココルチコイド
グルココルチコイドは喘息,慢性関節リウマチの長期治療においても低用量を用いれば高血圧をきたすことは少ない。しかし,中等量のグルココルチコイド長期投与は高頻度に高血圧を合併する825)。他の薬剤と同様,高齢者ではプレドニゾロン服用量の増加に伴い,血圧上昇度が大となり,20mg/日以上を服用するとその上昇は顕著であった。これらの高齢者では37.1%に高血圧が観察され,高血圧家族歴陽性者が非高血圧者と比較して高頻度であった826)。グルココルチコイドによる血圧上昇の機序は,レニン基質の産生増加によるアンジオテンシンII増加827),エリスロポエチン産生増加による血管収縮828),一酸化窒素(NO)の産生抑制829)あるいはスーパーオキシド過剰産生によるNOの利用障害による血管内皮機能障害830)などが考えられているが,十分には解明されていない。
治療はグルココルチコイドの減量あるいは中止が第一であるが,困難である場合,Ca拮抗薬,ACE阻害薬,ARB,β遮断薬,利尿薬などを用いる。

4)その他
シクロスポリンやタクロリムスは臓器移植,骨髄移植などの拒絶反応の抑制に用いられる。いずれの薬剤も投与量,治療期間,病態別で異なるものの,高頻度に高血圧を発症させる。高血圧発症機序は十分に解明されていないが,腎毒性831),交感神経賦活832),カルシニューリン抑制833),血管内皮細胞機能障害834)などが考えられている。免疫抑制薬による高血圧の治療にはCa拮抗薬が有効であるが,ACE阻害薬との併用がより有効との報告がある835)。利尿薬も有効であるが,腎移植では尿酸代謝に注意する。Ca拮抗薬はシクロスポリン,タクロリムスの血中濃度を上昇させる可能性があり,必要であれば免疫抑制薬の血中濃度測定を考慮する。
エリスロポエチンは腎性貧血を改善するが,血圧上昇をひき起こす。本邦の市販後調査では29%の患者に血圧上昇が報告されている836)。その機序については,エリスロポエチンによる貧血の改善によるヘマトクリット値の上昇,血液粘稠度の増加に伴う末梢血管抵抗の上昇が考えられるが,関係がなかったとの報告もある837)。細胞内Na濃度の上昇838),血管内皮機能障害839),遺伝的素因840)の関与も考えられる。透析前では,エリスロポエチンによる血圧上昇が観察されない841)との報告もある。しかし,高血圧を発症するか,血圧が上昇した場合にはエリスロポエチンの減量,中止をするが,軽度の上昇であれば降圧薬の有用性も報告されている842)一方で,82%がエリスロポエチン投与を受けている慢性透析患者(日本透析学会患者登録)における血圧コントロールは,降圧薬投与にもかかわらず十分でないとの報告もある843)
エストロゲンは経口避妊薬や更年期障害の治療薬として用いられるが,大量使用では副作用として血圧上昇や血栓塞栓症をきたすとされてきた。エストロゲンによる昇圧機序は,肝臓におけるレニン基質の産生増加がいわれているが,詳細は明らかになっていない。経口避妊薬と健康状態を調査した成績では,使用者では非使用者に比較してわずかに血圧が高かったが安全であった844)。血圧上昇の程度は用量依存性であり,低用量から注意が必要である。現在まで本邦では経口避妊薬と高血圧に関する十分な解析が行われていない。経口避妊薬使用時には定期的に血圧測定を行い,血圧上昇が認められる場合は中止し,他の避妊法を選択するべきである。中止できない場合には,ACE阻害薬あるいはARBの投与を考慮する。ホルモン補充療法については「第9章 女性の高血圧」の「2.更年期女性に関連した高血圧」 を参照のこと。
交感神経刺激作用を有する薬物は血圧上昇をきたす可能性がある。総合感冒薬に含まれるフェニルプロパノールアミンの過量服用では,血圧上昇をきたすことがある。β遮断薬の単独服用時に併用すると,α受容体刺激優位になるため,著しい血圧上昇をきたす可能性があり,注意が必要である。三環系抗うつ薬や四環系抗うつ薬は交感神経末端でのカテコールアミン再取り込みを抑制することにより,末梢交感神経抑制薬の降圧効果を抑制し,高血圧クリーゼ845)や高血圧緊急症846)を呈することがある。パーキンソン病治療薬に用いられるモノアミン酸化酵素(MAO)阻害薬も血圧上昇や起立性調節障害をきたす。MAO阻害薬と三環系抗うつ薬の併用は禁忌である。エフェドリンやメチルエフェドリンとの併用も血圧上昇,頻脈をきたすことがある。これらの薬物により高血圧が生じた場合には,減量あるいは中止が必要であるが,中止できない場合にはα遮断薬,中枢性交感神経抑制薬を投与する。
消化器疾患治療薬として用いられるドパミン(D2)受容体拮抗薬のメトクロプラミドや,β遮断薬,三環系抗うつ薬などは,褐色細胞腫の顕性化,高血圧クリーゼをきたす847)ので注意が必要である。

 

 
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