(旧版)高血圧治療ガイドライン2009

 
第12章 二次性高血圧


POINT 12a

【腎実質性高血圧】
  • 腎実質性高血圧とは腎実質性疾患に伴って発症する高血圧で,二次性高血圧として頻度が高い。
  • 糸球体疾患では初期から高血圧が発症するのに対し,間質性腎疾患では末期になってから高血圧が発症する。ただし,多発性嚢胞腎では初期から高血圧の頻度が高い。
  • 高血圧が発症すると腎症の進行が加速されるため,降圧療法は心血管事故抑制と腎保護の両面で重要である。
  • 糸球体疾患(糸球体腎炎や糖尿病性腎症)では一般に糸球体血圧が上昇し,尿蛋白量は多い。RA系阻害薬を中心とする積極的降圧(目標:125/75mmHg未満)が必須である。
  • 間質性腎疾患(腎盂腎炎,多発性嚢胞腎)や腎硬化症では一般に糸球体血圧は正常~低値を示し,尿蛋白量は少ない。降圧薬(種類を問わない)によって130/80mmHg未満への降圧を目指す。ただし,尿蛋白が増加すれば糸球体疾患と同様にRA系阻害薬によって積極的降圧を目指す。




1.腎実質性高血圧
腎実質性疾患に伴って発症する高血圧である腎実質性高血圧は,二次性高血圧のなかでも頻度が高く,高血圧全体の2-5%を占める710),715),716),717),718),719),720)。40歳以上の一般住民を対象とした久山町研究では,1961年からの20年間に131例の高血圧者が剖検されたが,二次性高血圧の頻度は3.8%で,腎性高血圧のそれは3.1%であった710)
高血圧治療の進歩により脳卒中や心臓病の発症および死亡率は減少してきたが,末期腎不全の発症は増加の一途にある。2006年1年間に透析導入された35192名の基礎疾患をみると,第1位は糖尿病性腎症(42.9%)で,第2位の慢性糸球体腎炎(25.6%),第3位の腎硬化症(9.4%)と続く。第4位の多発性嚢胞腎(2.4%)を含めると,80%を上位4疾患で占める158)。これらの慢性腎臓病(CKD)の多くは高血圧を発症させるが,一方で,高血圧は腎障害を進展させるため,末期腎不全に至る悪循環が形成される721),722)。CKDを根治する方法のない現在,RA系阻害薬(ARBないしはACE阻害薬)を中心とする降圧薬療法によって血圧をコントロールすることが,末期腎不全を予防するうえできわめて重要である723)。本邦には末期腎不全の発症率に顕著な地域差が存在し724),725),発症率の高い地域ではRA系阻害薬の使用量が少ないという逆相関が認められる事実726),727)からも,RA系阻害薬が現実に腎不全の進行を抑制していると考えられる。
CKDと高血圧の間には密接な関係が存在することから,両者が合併している場合,どちらが原因でどちらが結果なのか判定できない場合も多い。高血圧に先行して検尿異常や腎機能障害が出現したり,妊娠早期から高血圧や蛋白尿/腎機能障害(加重型妊娠高血圧腎症)が存在したことを確認できれば,CKDに基づく高血圧である可能性が高い。また,検尿異常や腎障害に比し,高血圧が軽症である場合や,腎以外の高血圧性心血管合併症に乏しい場合も,CKDが基礎にあると推測される。検尿や血清クレアチニン測定を高血圧患者全員に施行すべきであり,継続して異常がある場合は,超音波診断装置ないしはCTにより腎形態の評価を行う必要がある。
CKD,特に腎実質性疾患では早期治療により予後が改善される可能性があるため,腎実質性疾患の存在が疑われたならば,腎専門医へ紹介することが推奨される。本態性高血圧症を基盤として腎機能障害を発症する腎硬化症や糖尿病性腎症に関しては,第6章 3.腎疾患で取り扱われている。

1)慢性糸球体腎炎
慢性糸球体腎炎患者では初期から高血圧を合併する頻度が高く,腎機能障害の進行につれ血圧はさらに上昇し,末期腎不全に至ると高血圧はほぼ必発する728)。腎生検組織所見の高度な例ほど高血圧を呈しやすい。原因として,Na排泄障害(食塩感受性亢進)による体液貯留,RA系の不適切な活性化,交感神経系の関与などが考えられている721),722),729),730)
慢性糸球体腎炎に伴う高血圧の治療方針は,本質的に糖尿病性腎症と同様である(表12-2)。一般に,糸球体血圧の上昇を反映し尿蛋白は1g/日以上を呈することが多い。基本治療として減塩と蛋白摂取制限,および禁煙を指導する458)。降圧薬療法としてはRA系阻害薬を中心として125/75mmHg未満への積極的な降圧を図ることが重要である723)。利尿薬を含む多剤併用が必要となる場合が多い422),474),731)
RA系阻害薬は正常血圧のIgA腎症732)や糖尿病性腎症451),521)においても尿蛋白を軽減させるため,腎保護薬として活用されている。逆に,蛋白尿を伴わないCKDに対するRA系阻害薬の腎保護作用は確立していない。

表12-2.CKDの原疾患別にみた蛋白尿レベルと降圧療法の目安
原疾患 糸球体血圧 尿蛋白*1
(g/日)
降圧目標
(mmHg)
推奨降圧薬
糖尿病性腎症
糸球体腎炎
上昇 通常
1g/日以上
125/75未満*2 RA系阻害薬
腎硬化症
多発性嚢胞腎
間質性腎障害
正常~低値 通常
1g/日未満
130/80未満 特に種類を
問わない*3
糖尿病性腎症や糸球体腎炎では高血圧がなくても腎保護のためにRA系阻害薬が使用されることがある。
蛋白尿を伴わないCKDに対するRA系阻害薬の腎保護作用は確立していない。
  • *1 尿蛋白量1g/日の基準は大まかな目安。
  • *2 糖尿病性腎症や糸球体腎炎でも尿蛋白が1g/日未満では,降圧目標<130/80mmHg。
  • *3 尿蛋白が増加すれば糸球体血圧の上昇が推定されるのでRA系阻害薬による積極的降圧が望ましい。

2)慢性腎盂腎炎
慢性腎盂腎炎を代表とする間質性腎疾患では,糸球体腎炎や糖尿病性腎症のような糸球体疾患とは異なり,初期に高血圧を呈することはまれで,腎機能低下が進行してはじめて高血圧に陥る728),733)。末期腎不全の原疾患としては,急速進行性糸球体腎炎に次いで第6位(年間295名,0.8%)に位置する158)。一般に,糸球体血圧は正常ないし低値を示し,尿蛋白量は少ない(表12-2参照)。降圧目標は130/80mmHg未満とし,降圧薬の種類は問わない。
慢性腎盂腎炎は,急性腎盂腎炎とは対照的に症状に乏しいことが多い。尿路感染に直接起因する症状を呈することはむしろ少なく,無症候性の細菌尿,頻尿などの下部尿路症状,側腰背部不快感,間欠的微熱などにとどまる。尿細管-間質障害が進行すると,高血圧やNa喪失,尿濃縮力低下,高K血症,アシドーシスをきたす。臨床的には,尿濃縮力低下とNa喪失傾向にあるため,脱水に陥りやすく,高血圧を発症するのは腎機能障害がかなり進行してからである。尿蛋白が1g/日以上であれば,尿細管-間質障害を基礎に巣状糸球体硬化に陥っている可能性が考えられる734)。この場合,RA系阻害薬を中心とした125/75mmHg未満への積極的降圧が必要である。
慢性腎盂腎炎は女性に多く,膀胱-尿管逆流現象に合併して発症することが多いので,泌尿器科的な診断/治療も重要である。

3)多発性嚢胞腎
両側の腎臓に嚢胞が多発する疾患であり,診断には超音波断層像またはCTで両側の腎臓に多数の嚢胞が存在することを確認することが必要である735)。多発性嚢胞腎の大部分の原因遺伝子はPKD1 (16番染色体短腕)とPKD2 (4番染色体長腕)であり,常染色体優性遺伝形式を示すが,その他に常染色体劣性遺伝形式を示すものもある。PKD1 が80-90%を占め,残りがPKD2 である736)。多発性嚢胞腎により医療機関を受療している患者数は,人口2000-4000人に1人である737)。疾患は進行性で腎機能は経時的に低下し,50歳代で約40%が末期腎不全に陥る737)
高血圧は腎機能が正常な初期から約60%に認められ728),738),末期腎不全に達すると必発する739)。嚢胞による血管系の圧排によって腎局所が虚血に陥り,その結果としてレニン分泌が亢進することが高血圧の発症に関与する740)。RA系阻害薬が降圧効果を発揮することが多く,ときには血圧と腎機能の急激な低下が誘発される。脳動脈瘤が約10%の症例に合併し,その破裂による頭蓋内出血の危険因子となることから,血圧を他のCKDと同じく130/80mmHg未満にコントロールすることが推奨される。
RA系阻害薬が多発性嚢胞腎でも腎保護作用を発揮するかどうかは不明である735),741),742),743),744),745)。糸球体血圧を低下させる他の治療法,たとえば積極的降圧746)や蛋白摂取制限747)も多発性嚢胞腎では有効でないとする報告が多い。病理組織学的にも腎障害進行には糸球体高血圧よりは,むしろ腎虚血が中心的役割を果たしていると考えられる。

 

 
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