(旧版)高血圧治療ガイドライン2009
第11章 特殊条件下高血圧の治療
POINT 11b |
【高血圧緊急症および切迫症】
- 緊急症が疑われる症例には,迅速な診察と検査によって診断および病態の把握を行い,早急な治療開始が必要である。
- 高血圧性脳症や急性大動脈解離に合併した高血圧,肺水腫を伴う高血圧性左心不全,重症高血圧を伴う急性冠症候群,褐色細胞腫クリーゼ,子癇などは急性の臓器障害が進行しており,入院のうえ,直ちに経静脈的降圧治療を開始する必要がある。原則として高血圧専門医のいる施設に治療を依頼する。加速型-悪性高血圧も緊急症に準じて対処する。
- 急性の臓器障害の進行を伴わない持続性の著明な高血圧(通常,180/120mmHg以上)は切迫症として内服薬により降圧を図るが,臓器障害を有する例や治療抵抗性を示す例が多く,高血圧専門医への紹介が望ましい。
2.高血圧緊急症および切迫症の診断と治療
1)定義と分類
高血圧緊急症は単に血圧が異常に高いだけの状態ではなく,血圧の高度の上昇(多くは180/120mmHg以上)によって,脳,心,腎,大血管などの標的臓器に急性の障害が生じ進行している病態である。迅速に診断し,直ちに降圧治療を始めなければならない。緊急症には,高血圧性脳症,急性大動脈解離を合併した高血圧,肺水腫を伴う高血圧性左心不全,高度の高血圧を伴う急性冠症候群(急性心筋梗塞,不安定狭心症),褐色細胞腫クリーゼ,子癇などが該当する(表11-2)698),699)。高度の高血圧であるが,臓器障害の急速な進行がない場合は切迫症として扱う。切迫症では緊急降圧による予後改善のエビデンスはない。なお,緊急症であるかどうかは血圧のレベルだけで判断すべきではない。血圧が異常高値であっても急性あるいは進行性の臓器障害がなければ緊急降圧の対象ではなく,子癇や急性糸球体腎炎による高血圧性脳症や大動脈解離などでは,血圧が異常高値でなくても緊急降圧の対象となる。迅速に病態の把握を行い(表11-3),緊急症か切迫症であるかを判断し,どのような薬物を用いるか,その投与法,降圧目標レベル,それに到達するのに要する時間などを決定する。しかし,緊急症の場合,評価にいたずらに時間を費やして治療開始が遅れてはならない。
*褐色細胞腫の疑いがあれば少量のフェントラミン静注
表11-2.高血圧緊急症 |
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加速型-悪性高血圧,周術期高血圧,反跳性高血圧,火傷,鼻出血などは,重症でなければ切迫症の範疇に入りうる。 *ここでの「重症高血圧」はJSH2004の血圧レベル分類に一致したものではない。各病態に応じて緊急降圧が必要な血圧レベルが考慮される。 |
(文献698,699をもとに作成) |
表11-3.高血圧緊急症を疑った場合の病態把握のために必要なチェック項目 |
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2)治療の原則
緊急症では入院治療が原則である。集中治療室かそれに類する環境下で原則として経静脈的に降圧を図る。観血的に血圧をモニターすることが望ましい。臓器障害や血管病変を有しているため,必要以上の急速で過剰な降圧は,臓器灌流圧の低下により脳梗塞,皮質黒内障,心筋梗塞,腎機能障害の進行などの虚血性障害をひき起こす可能性が高い。したがって,降圧の程度や速度が予測でき,かつ即時に調整が可能な薬物や降圧方法を用いることが望ましい。一般的な降圧目標は,はじめの1時間以内では平均血圧で25%以上は降圧させず,次の2-6時間では160/100-110mmHgを目標とする50)。しかし,大動脈解離,急性冠症候群,以前には血圧が高くなかった例での高血圧性脳症(急性糸球体腎炎や子癇など)などでは,治療開始の血圧レベルおよび降圧目標値も低くなる。
初期降圧目標に達したら,内服薬を開始し,注射薬は用量を漸減しながら中止する。本邦で降圧治療に使用できる注射薬は少ないが,表11-4に用法・用量,効果発現・作用持続時間,副作用・注意点を主な適応とともに示した。ニトロプルシドは瞬時に作用が発現し,持続も短いため降圧の速度,レベルを調節しやすい。2µg/kg/分までであれば,シアン中毒は生じにくい。しかし,本邦ではニトロプルシドの使用経験が少ないことや副作用の問題などから,Ca拮抗薬が多く使用されている。Ca拮抗薬の場合は,作用持続が比較的長いため用量調整に注意が必要である。
切迫症では,高血圧の病歴が長く慢性の臓器障害もみられる場合が多い。したがって,臓器血流の自動調節能の下限が高いことが想定される。そのため,降圧治療は診断後,数時間以内には開始すべきであるが,その後24時間から48時間かけて比較的緩徐に160/100mmHg程度まで降圧を図る。切迫症では内服薬によってコントロールできる場合が多い。Ca拮抗薬のニフェジピンカプセル内容物の投与やニカルジピン注射薬のワンショット静注は,過度の降圧や反射性頻脈をきたすことがあるため,行わない。作用発現が比較的速いCa拮抗薬(短時間作用薬や中間型作用薬),ACE阻害薬,αβ遮断薬のラベタロール,β遮断薬の内服,また,病態によってループ利尿薬の併用など行う。カプトプリルは作用発現が速く,持続も短いので投与量を調整しやすいが,悪性高血圧やRA系が亢進している脱水状態では過度の降圧をきたす可能性があるため,少量(6.25-12.5mg)から投与を始める。腎機能障害例では,ACE阻害薬投与1-2日後より高K血症をきたしやすいので注意が必要である。両側性や単腎性の腎血管性高血圧例では腎不全が生じるので,疑わしい例では使用しないか,投与した場合も血清クレアチニン値や血清K値の監視が必要である。初期治療は外来で可能であるが,投与開始後5-6時間は施設内にて,その後2-3日は外来で注意深い観察と薬剤の調整が必要である。以後,長時間作用型降圧薬を中心に使用して,最終の目標血圧までコントロールし,降圧療法の維持・継続を行う。しかし,高血圧切迫症でも心血管病の既往など高リスクを有する場合は,入院加療が望ましい。
初期降圧目標に達したら,内服薬を開始し,注射薬は用量を漸減しながら中止する。本邦で降圧治療に使用できる注射薬は少ないが,表11-4に用法・用量,効果発現・作用持続時間,副作用・注意点を主な適応とともに示した。ニトロプルシドは瞬時に作用が発現し,持続も短いため降圧の速度,レベルを調節しやすい。2µg/kg/分までであれば,シアン中毒は生じにくい。しかし,本邦ではニトロプルシドの使用経験が少ないことや副作用の問題などから,Ca拮抗薬が多く使用されている。Ca拮抗薬の場合は,作用持続が比較的長いため用量調整に注意が必要である。
切迫症では,高血圧の病歴が長く慢性の臓器障害もみられる場合が多い。したがって,臓器血流の自動調節能の下限が高いことが想定される。そのため,降圧治療は診断後,数時間以内には開始すべきであるが,その後24時間から48時間かけて比較的緩徐に160/100mmHg程度まで降圧を図る。切迫症では内服薬によってコントロールできる場合が多い。Ca拮抗薬のニフェジピンカプセル内容物の投与やニカルジピン注射薬のワンショット静注は,過度の降圧や反射性頻脈をきたすことがあるため,行わない。作用発現が比較的速いCa拮抗薬(短時間作用薬や中間型作用薬),ACE阻害薬,αβ遮断薬のラベタロール,β遮断薬の内服,また,病態によってループ利尿薬の併用など行う。カプトプリルは作用発現が速く,持続も短いので投与量を調整しやすいが,悪性高血圧やRA系が亢進している脱水状態では過度の降圧をきたす可能性があるため,少量(6.25-12.5mg)から投与を始める。腎機能障害例では,ACE阻害薬投与1-2日後より高K血症をきたしやすいので注意が必要である。両側性や単腎性の腎血管性高血圧例では腎不全が生じるので,疑わしい例では使用しないか,投与した場合も血清クレアチニン値や血清K値の監視が必要である。初期治療は外来で可能であるが,投与開始後5-6時間は施設内にて,その後2-3日は外来で注意深い観察と薬剤の調整が必要である。以後,長時間作用型降圧薬を中心に使用して,最終の目標血圧までコントロールし,降圧療法の維持・継続を行う。しかし,高血圧切迫症でも心血管病の既往など高リスクを有する場合は,入院加療が望ましい。
表11-4.高血圧緊急症に用いられる注射薬(降圧薬)
肺水腫,心不全や体液の貯留がある場合や耐性が生じた場合にはフロセミドやカルペリチドを併用する。
薬剤 | 用法・用量 | 効果発現 | 作用持続 | 副作用・注意点 | 主な適応 |
血管拡張薬 | |||||
ニカルジピン | 持続静注 0.5-6µg/kg/分 | 5-10分 | 15-30分 | 頻脈,頭痛,顔面紅潮,局所の静脈炎など | ほとんどの緊急症。頭蓋内圧亢進や急性冠症候群では要注意 |
ジルチアゼム | 持続静注 5-15µg/kg/分 | 5分以内 | 30分 | 徐脈,房室ブロック,洞停止など。不安定狭心症では低用量 | 急性心不全を除くほとんどの緊急症 |
ニトログリセリン | 持続静注 5-100µg/分 | 2-5分 | 5-10分 | 頭痛,嘔吐,頻脈,メトヘモグロビン血症,耐性が生じやすいなど。遮光が必要 | 急性冠症候群 頭蓋内圧亢進では要注意 |
ニトロプルシド・ナトリウム | 持続静注 0.25-2µg/kg/分 | 瞬時 | 1-2分 | 悪心,嘔吐,頻脈,高濃度・長時間でシアン中毒など。遮光が必要 | ほとんどの緊急症。頭蓋内圧亢進や腎障害例では要注意 |
ヒドララジン | 静注 10-20mg | 10-20分 | 3-6時間 | 頻脈,顔面紅潮,頭痛,狭心症の増悪,持続性の低血圧など | 子癇(第一選択薬ではない) |
交感神経抑制薬 | |||||
フェントラミン | 静注 1-10mg 初回静注後0.5-2mg/分 で持続投与してもよい | 1-2分 | 3-10分 | 頻脈,頭痛など | 褐色細胞腫,カテコールアミン過剰 |
プロプラノロール | 静注 2-10mg(1mg/分)→ 2-4mg/4-6時間ごと | 徐脈,房室ブロック,心不全など | 他薬による頻脈 |
3)高血圧性脳症
急激または著しい血圧上昇により脳血流の自動調節能が破綻し,必要以上の血流量と圧のために脳浮腫を生じる状態である。長期の高血圧者では220/110mmHg以上,正常血圧者では160/100mmHg以上で発症しやすい700)。蛋白尿や高血圧性網膜症がない症例もみられる。高血圧性脳症は最も重篤な緊急症で,適切に治療されなければ,脳出血,意識障害,昏睡,死に至る。悪化する頭痛,悪心・嘔吐,意識障害,けいれんなどを伴い,巣症状は比較的まれである。脳卒中では原則として緊急降圧が禁忌であるため,その除外は重要である。MRIでは頭頂~後頭葉の白質に血管性の浮腫の所見が認められることが多い。脳血流の自動調節能が障害されているため,急激で大きな降圧により脳虚血に陥りやすい。用量を調節しやすい静注薬(持続静注)で治療を始める。血圧値と神経症状を監視しながら,降圧速度を調整する。最初の2-3時間で25%程度の降圧がみられるように降圧を行う。ニカルジピン,ジルチアゼムやニトロプルシドが使用できる。細胞外液の増加を伴う例や耐性を生じた場合にはフロセミドを併用する。頭蓋内圧を上昇させるヒドララジンは用いない。
4)脳血管障害
「第6章 臓器障害を合併する高血圧」の第1項「脳血管障害」 を参照のこと。
5)高血圧性急性左心不全
肺水腫を生じた高血圧性左心不全は直ちに治療を開始する必要がある。効果発現が早く,後負荷とともに静脈系も拡張させ前負荷を軽減するニトロプルシドが好ましいが,ニカルジピンも有用である。ニトログリセリンは降圧作用がやや弱いが,虚血性心疾患に伴う場合に有用である。これらと同時にフロセミドを用いて肺水腫をコントロールする。肺うっ血が強い場合には,カルペリチド(α型ヒト心房性ナトリウム利尿ポリペプチド製剤)を併用する701)。明確な目標血圧は定められていないが,症状の改善をみながら降圧を行う(通常10-15%程度の収縮期血圧の低下)。一定の降圧が得られたあとは,ACE阻害薬やARBなどのRA系阻害薬を中心にCa拮抗薬などの内服併用治療に移行する。
6)急性冠症候群(急性心筋梗塞,不安定狭心症)に重症高血圧が合併
血圧上昇を伴う狭心症発作には,まず亜硝酸剤の舌下投与・口腔内噴霧を行う。急性冠症候群に高血圧が合併した場合には,降圧とともに心筋酸素需要量の減少,冠血流量の増加を図る目的でニトログリセリンを持続静注する。著明な徐脈など禁忌がなければβ遮断薬を併用する。β遮断薬が使用できない場合や降圧が不十分な場合はジルチアゼムを用いる。なお,心筋梗塞急性期からのβ遮断薬や早期からのACE阻害薬の投与が予後改善に有用とされている。
7)大動脈解離
「第6章 臓器障害を合併する高血圧」の第4項「血管疾患」 を参照のこと。
8)褐色細胞腫クリーゼ
カテコールアミンの過剰分泌による急激な血圧上昇である。フェントラミン2-5mgを血圧が落ち着くまで5分ごとに静注する。初回量の静注後は,持続性静脈内注入を行ってもよい。同時に選択的α遮断薬であるドキサゾシンなどの内服薬も開始する。頻脈に対してはβ遮断薬が有効であるが,十分量のα遮断薬を投与したあとに用いる。褐色細胞腫で高血圧性脳症や,急性左心不全,加速型-悪性高血圧を呈することもあり,そのような場合にもα遮断薬を主体とした治療を行う。
9)加速型-悪性高血圧
拡張期血圧が120-130mmHg以上であり,腎機能障害が急進行し,放置すると全身症状が急激に増悪し,心不全,高血圧性脳症,脳出血などが発症する予後不良の病態である。長期の高度の高血圧による細動脈の内皮障害,血管壁への血漿成分の浸入に続くフィブリノイド壊死,増殖性内膜炎が病理学的特徴であり,腎の病理所見は悪性腎硬化症と呼ばれる。この病態では進行性の腎機能障害と昇圧の悪循環を生じる。眼底では網膜出血,軟性白斑,網膜浮腫や乳頭浮腫を認める。脳においては,血管障害によって血流の自動調節能が破綻し,脳浮腫が生ずれば,高血圧性脳症となりうる。効果的な降圧治療がなかった時代には,悪性腫瘍と同様の予後であったことから悪性高血圧と呼ばれた経緯がある。従来は,乳頭浮腫(Keith-Wagener分類IV度)を伴う悪性高血圧と,出血や浸出性病変のみ(Keith-Wagener分類III度)を伴う加速型高血圧を区分していたが,両者に臓器障害の進行や生命予後に差はないため,最近は,まとめて加速型-悪性高血圧と呼ばれる。独立した疾患ではないことから,悪性相高血圧(malignant phase hypertension)85)と呼ぶのが妥当と思われる。高血圧発症時から血圧が高いこと,降圧治療の中断,長期にわたる精神的・身体的負荷が悪性高血圧の発症に関与すると報告されている702)。近年,降圧薬治療の普及,社会・生活環境の改善などにより発症頻度は減少している。同一施設の検討で,1971年から1983年までの症例に比べ,1984年から1999年までの症例では,眼底所見,左室肥大,腎障害などの臓器障害の程度がより軽症となっている703),704)。本態性高血圧のみならず,腎実質性や腎血管性高血圧などの二次性高血圧からも加速型-悪性高血圧を呈しうる。
加速型-悪性高血圧は切迫症として扱われているが,細動脈病変が進行する病態であり,緊急症に準じて扱われるべきである85)。多くは経口薬で治療目的が果たせる。高血圧の病歴が長い患者が多いため,急速な降圧は重要臓器の虚血をきたす危険を伴う。最初の24時間の降圧は拡張期血圧100-110mmHgまでにとどめる85)。多くは圧利尿によって体液減少状態にあることや,本態性高血圧に起因する例704)や膠原病の腎クリーゼではRA系の亢進が病態形成に深く関与しているので,ACE阻害薬やARBの効果が期待される。しかし,これらの薬物により過度の降圧が生じる可能性もあるため,少量から開始する。ナトリウム(Na)・水貯留を伴う場合には,ループ利尿薬を併用する。
加速型-悪性高血圧は切迫症として扱われているが,細動脈病変が進行する病態であり,緊急症に準じて扱われるべきである85)。多くは経口薬で治療目的が果たせる。高血圧の病歴が長い患者が多いため,急速な降圧は重要臓器の虚血をきたす危険を伴う。最初の24時間の降圧は拡張期血圧100-110mmHgまでにとどめる85)。多くは圧利尿によって体液減少状態にあることや,本態性高血圧に起因する例704)や膠原病の腎クリーゼではRA系の亢進が病態形成に深く関与しているので,ACE阻害薬やARBの効果が期待される。しかし,これらの薬物により過度の降圧が生じる可能性もあるため,少量から開始する。ナトリウム(Na)・水貯留を伴う場合には,ループ利尿薬を併用する。