(旧版)高血圧治療ガイドライン2009
第9章 女性の高血圧
POINT 9 |
【妊娠に関連した高血圧】
- 妊娠にみられる高血圧は特殊な条件下での高血圧と理解する。
- 妊娠高血圧症候群と妊娠前から高血圧を有する場合に分けられる。
- 妊娠高血圧症候群では
- 妊娠20週以後に出現した高血圧(140/90mmHg以上)を妊娠高血圧と定義する。
- 軽症の妊娠高血圧の治療は積極的には行わない。
- 重症の妊娠高血圧の治療は行う。
- 160/110mmHg以上または蛋白尿2g/日以上を重症とする。
- 妊娠前から高血圧を有する場合,降圧薬の変更は慎重に行う。
- 主たる降圧薬はメチルドパ,ヒドララジン,ラベタロールである。必要により,慎重にかつ患者との十分なインフォームドコンセントのもとにCa拮抗薬を用いる。
- ACE阻害薬とARBは禁忌である。
1.妊娠に関連した高血圧
妊娠中にみられる高血圧は,妊娠高血圧症候群(pregnancy induced hypertension)と,妊娠前から高血圧を有する場合に分けられる。妊娠高血圧症候群の病型分類を表9-1に,重症度分類を表9-2にそれぞれ示した。さらに症候による分類および発症時期による病型分類も行っているが,これについては日本妊娠高血圧学会による妊娠高血圧症候群の定義および分類を参考にしていただきたい609)。妊婦の高血圧では妊娠高血圧症候群および,当然のことであるが本態性高血圧,二次性高血圧による血圧上昇の可能性もあり注意が必要である。さらに他の高血圧と同様に,24時間自由行動下血圧測定が蛋白尿の出現,新生児の体重,さらには早期産の可能性などの予知に役立つという報告もある610),611),612),613)。
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1)妊婦の高血圧の降圧薬治療
(1) 妊娠高血圧症候群の軽症高血圧
軽症高血圧を呈する妊娠高血圧症候群患者の降圧薬治療の適否について検討するための無作為化対照試験は,研究デザイン設定や被検者確保に難しい点が多い。そのため本邦におけるエビデンスはほとんどなく,海外でも十分とはいえない。しかしこれまでのメタ解析では,降圧薬群はコントロール群に比して,臓器障害を伴わない軽症高血圧(収縮期血圧140-159mmHg,拡張期血圧90-109mmHg)から重症高血圧(収縮期血圧160mmHg以上,拡張期血圧110mmHg以上)への移行が50%以下に減少したが,妊娠高血圧腎症(前子癇)への進展頻度はコントロール群と差がなく,さらに周産期死亡や早産にも有意差を認めなかった614)。これらをもとに現時点では妊娠中の軽症高血圧に対する降圧治療には否定的な意見が多い615)。さらに軽症高血圧の場合,妊娠前から服用中の降圧薬の服用を中止しても血圧が下降していることが多いが,血圧が拡張期血圧110mmHg,収縮期血圧160mmHg前後で再度降圧治療を開始すべきとしている616)。
さらに胎児への影響をみたメタ解析では,どのような降圧薬を用いた試験の成績でも,平均血圧が107mmHgから129mmHgの範囲では,平均血圧の降下と低体重児の割合には直接の関連があるとされている617)。
さらに胎児への影響をみたメタ解析では,どのような降圧薬を用いた試験の成績でも,平均血圧が107mmHgから129mmHgの範囲では,平均血圧の降下と低体重児の割合には直接の関連があるとされている617)。
(2)妊娠高血圧症候群の重症高血圧
十分なエビデンスがなく経験に基づいて治療されている場合が多い。臓器障害を有する場合には降圧治療の積極的治療の対象であり618),619),さらに重症高血圧では母体の脳をはじめ心血管,腎臓などに臓器障害が生じるため,速やかに降圧治療を行う必要がある。しかし,重症高血圧の治療は母体の臓器障害防止が主目的であり,それにより妊娠継続が可能となった場合に胎児にもよい影響を与えるか否かについては,必ずしも十分なデータはない620)。
このような意見を踏まえたうえでESH-ESC2007ガイドラインでは収縮期血圧150mmHg以上,拡張期血圧95mmHg以上で薬物による降圧治療を開始すべきとしており,さらに既往に妊娠高血圧症候群がある場合,高血圧が妊娠以前からある場合には,より積極的に薬物による降圧治療(収縮期血圧140mmHg以下,拡張期血圧90mmHg以下)を勧めている85)。
このような意見を踏まえたうえでESH-ESC2007ガイドラインでは収縮期血圧150mmHg以上,拡張期血圧95mmHg以上で薬物による降圧治療を開始すべきとしており,さらに既往に妊娠高血圧症候群がある場合,高血圧が妊娠以前からある場合には,より積極的に薬物による降圧治療(収縮期血圧140mmHg以下,拡張期血圧90mmHg以下)を勧めている85)。
(3)高血圧の女性が妊娠した場合
血圧が140/90mmHg以下にコントロールされていることで良好な妊娠経過および出産が可能となる。多剤による降圧治療を受けていたり,臓器障害を伴っている場合,高齢出産(35歳以上),肥満や糖尿病を合併している場合には速やかに高血圧専門医と産科医に相談する。
(4)妊娠高血圧腎症
妊娠高血圧腎症は多臓器疾患として認識し,母体では子癇以外にHELLP症候群(hemolysis, elevated liver enzymes, and low platelets syndrome),肺水腫,腎障害,播種性血管内凝固症候群,脳血管障害,常位胎盤早期剥離などが起こる。さらに胎盤機能障害を通じて児の死亡率や疾患罹患率も高くなる。
2)使用する降圧薬
最もよく使用されていたのが,メチルドパとヒドララジンである。これらについては安全性が十分に確認されていることより,現在に至るまで妊娠中の高血圧の治療の主流として用いられてきた621)。
しかし,これらの降圧薬は通常はほとんど使用されていないため,最近ではCa拮抗薬の有用性が少しずつ認められるようになってきており,欧米諸国のガイドラインでも使用を認めている85),606),622),623)。本邦では多くのCa拮抗薬のDI(Drug Information)に妊娠中は禁忌とされているが,少なくとも重篤な副作用の報告がほとんどないこと624),625),また諸外国では使用がガイドラインでも勧められていることより,今後は必要に応じて十分なインフォームドコンセントを得て使用してもよいと考えられる606),626)。
β遮断薬については一般にαβ遮断薬であるラベタロールが中心的に用いられている。
ACE阻害薬とアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)は妊娠中には禁忌とされている627)。ともに胎児に羊水過小症,腎不全,成長障害などさまざまな障害をもたらすことが報告されている628),629)。しかし,これら薬剤を服用中にたまたま妊娠し,それを継続した成績が報告されており,それによると,必ずしもすべてがこのような障害を起こすのではなく,むしろ確率はそれほど高くはないとされているが630),確率が低いといっても妊娠中にはACE阻害薬とARBは禁忌であることに変わりはない。
利尿薬については,理論的に妊娠高血圧腎症の病態は通常血液濃縮・循環血漿量低下を伴っており,利尿薬の使用はこれを悪化させて胎盤血流量が低下する可能性が強い。したがって,妊娠高血圧腎症の患者には,肺水腫や心不全徴候がないかぎり原則として利尿薬を使用しない。一方,妊娠前より降圧利尿薬を服用している場合は,継続しても胎盤血流量が大きく減ることは少ないとされている631)。
しかし,これらの降圧薬は通常はほとんど使用されていないため,最近ではCa拮抗薬の有用性が少しずつ認められるようになってきており,欧米諸国のガイドラインでも使用を認めている85),606),622),623)。本邦では多くのCa拮抗薬のDI(Drug Information)に妊娠中は禁忌とされているが,少なくとも重篤な副作用の報告がほとんどないこと624),625),また諸外国では使用がガイドラインでも勧められていることより,今後は必要に応じて十分なインフォームドコンセントを得て使用してもよいと考えられる606),626)。
β遮断薬については一般にαβ遮断薬であるラベタロールが中心的に用いられている。
ACE阻害薬とアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)は妊娠中には禁忌とされている627)。ともに胎児に羊水過小症,腎不全,成長障害などさまざまな障害をもたらすことが報告されている628),629)。しかし,これら薬剤を服用中にたまたま妊娠し,それを継続した成績が報告されており,それによると,必ずしもすべてがこのような障害を起こすのではなく,むしろ確率はそれほど高くはないとされているが630),確率が低いといっても妊娠中にはACE阻害薬とARBは禁忌であることに変わりはない。
利尿薬については,理論的に妊娠高血圧腎症の病態は通常血液濃縮・循環血漿量低下を伴っており,利尿薬の使用はこれを悪化させて胎盤血流量が低下する可能性が強い。したがって,妊娠高血圧腎症の患者には,肺水腫や心不全徴候がないかぎり原則として利尿薬を使用しない。一方,妊娠前より降圧利尿薬を服用している場合は,継続しても胎盤血流量が大きく減ることは少ないとされている631)。
3)非降圧薬治療
妊娠中の高血圧の非降圧薬治療に関しては唯一,低用量のアスピリンが20週から28週以内に発症した妊娠高血圧腎症のさらなる進展を抑制する可能性がある632)とされている以外,非降圧薬治療としての減塩,減量,カルシウム補充などいずれも有効性は証明されていない。
降圧薬ではないが硫酸マグネシウム(MgSO4)の適応は,子癇切迫症状を有する重症の妊娠高血圧腎症患者で分娩誘導を行うときの,子癇発症予防目的でも広く使用され633),MgSO4を静注(100mL 5%グルコース中に4g MgSO4を10分から15分かけて)し,その後1時間当たりMgSO4を1-2g投与するのが最も効果がある。
降圧薬ではないが硫酸マグネシウム(MgSO4)の適応は,子癇切迫症状を有する重症の妊娠高血圧腎症患者で分娩誘導を行うときの,子癇発症予防目的でも広く使用され633),MgSO4を静注(100mL 5%グルコース中に4g MgSO4を10分から15分かけて)し,その後1時間当たりMgSO4を1-2g投与するのが最も効果がある。
4)授乳
授乳に関しては,ほとんどの降圧薬が数%は分泌されるので注意が必要である。もし拡張期血圧が100mmHg未満の高血圧であれば,授乳の目的があれば,降圧薬を中止することも考慮すべきである。しかしそれ以上の高血圧に関しては,降圧薬による治療を優先して授乳を中止することが望まれる。ただし,カプトプリルとサイアザイド系利尿薬については,使用可能とする報告もある634)。