(旧版)高血圧治療ガイドライン2009

 
第7章 他疾患を合併する高血圧


POINT 7a

【糖尿病】
  • 糖尿病合併高血圧の降圧目標は130/80mmHg未満とする。
  • 糖尿病合併高血圧患者における降圧薬選択に際しては,糖・脂質代謝への影響と合併症予防効果の両面より,ACE阻害薬,ARBが第一選択薬として推奨され,血圧管理にCa拮抗薬,少量のサイアザイド系利尿薬が併用される。また,労作性狭心症や陳旧性心筋梗塞合併例では,β遮断薬も心保護作用を有し,血圧管理に使用可能である。




1.糖尿病

糖尿病患者の血圧測定では,起立性低血圧を呈する症例もあるため,座位に加えて,臥位・立位の血圧も測定する。本邦の成績においても糖尿病患者における高血圧の頻度は,非糖尿病者に比べ約2倍高い511)。一方,高血圧患者においても糖尿病の頻度は2-3倍高く511),両者間の成因上の関連も指摘されている。すなわち,2型糖尿病と高血圧は,インスリン抵抗性状態を共通の背景因子とし,メタボリックシンドローム(後述)を構成する主要因子であるとの考えである。
糖尿病の細小血管合併症としては腎症や神経障害,網膜症があり,これらは重篤な機能障害から,QOLのみならず生命予後にも影響しうる疾患である。一方,糖尿病と高血圧はいずれも動脈硬化による大血管障害の重要な危険因子であるが,両者が合併すると脳血管障害や虚血性心疾患発症頻度が大きく増加すること512)が知られている。したがって,糖尿病合併高血圧患者においては,細小血管障害や大血管障害を予防し改善させるためにも,厳しい血糖の管理とともに,血圧の厳格な管理が重要となる。
糖尿病を合併する高血圧患者の降圧レベルに関しては,Ca拮抗薬を基礎薬として降圧薬療法を行ったHOT159)では,拡張期血圧80mmHg以下の最も低い降圧目標群で,拡張期血圧85mmHg以下,90mmHg以下のより高い降圧目標群より心血管イベントのリスクが有意に減少することが明らかにされた。血圧を平均157/87mmHgより147/82mmHgへとより低く下げたほうが,大血管障害と細小血管障害のリスクを著明に減少させるというUKPDS 39513)の成績や,正常血圧の糖尿病患者に対しても降圧療法が有用であることを認めた臨床試験成績514)からも,糖尿病を合併した高血圧に対し,目標血圧値を低く設定することがより大きな治療効果をもたらすと考えられる。このような成績より,糖尿病を伴った高血圧患者の降圧目標は低めに設定されており,JNC-VI,1999年WHO/ISHガイドライン,JSH2000では,130/85mmHg以上の正常高値血圧から治療対象となっていた。一方,2002年の米国糖尿病学会(ADA)勧告515),JNC750)(2003),ESH-ESC2007 ガイドライン85)では,HOT159)やUKPDS 39512)の成績より,正常高値血圧という血圧区分とは関係なく,130/80mmHg未満を降圧目標としている。本邦の端野・壮瞥町研究516)でも,境界型糖尿病・糖尿病では収縮期血圧130mmHg以上,拡張期血圧80mmHg以上で120/80mmHg未満の至適血圧群に比べて心血管疾患による死亡率が有意に増加しており,糖尿病合併高血圧患者では,本邦においても130/80mmHg未満を降圧目標とすることを支持する成績となっている。糖尿病性腎症を伴った患者では特に降圧を厳格にすべきで,尿蛋白1g/日以上の対象では125/75mmHg未満を降圧目標としている。
血圧は130/80mmHg以上で治療を開始する。高血圧を合併した糖尿病患者では,体重減量や運動療法などの非薬物療法によって,インスリン抵抗性改善を介した耐糖能改善とともに血圧の低下が期待できる。したがって,糖尿病合併高血圧では,体重減量,運動療法,減塩などの生活習慣の修正を強力に行い,同時に降圧薬の投与を開始することが原則となる。一方,血圧が130-139/80-89mmHgで,生活習慣の修正によって降圧目標達成が見込める場合は,3か月を超えない範囲で生活習慣の修正による降圧を試みてもよい。
糖尿病合併高血圧に対する薬物療法では,個々の降圧薬のインスリン感受性,糖代謝や脂質代謝に対する影響についての十分な配慮が必要となる。利尿薬とβ遮断薬はインスリン感受性を低下させ,トリグリセライドを上昇させると報告されている。さらに,β遮断薬は糖尿病患者に起こる低血糖症状を自覚しにくくする作用があり,両薬剤とも糖代謝を考えると不利な面が指摘されている。一方,β遮断薬のなかでは,末梢血管抵抗を減少させるタイプの薬剤はインスリン抵抗性を改善し,脂質代謝への悪影響もないとの報告もある。ACE阻害薬,ARB517)や長時間作用型のジヒドロピリジン系Ca拮抗薬は,インスリン感受性を改善し脂質代謝に影響を及ぼさず,代謝面からはよい適応がある。一方,3薬剤間の比較では,糖尿病新規発症抑制からみると,ARBとACE阻害薬はCa拮抗薬よりも優れた効果があり218),221),328),ARB,ACE阻害薬のインスリン抵抗性改善効果がCa拮抗薬よりも強いことを示している。α遮断薬は糖・脂質代謝改善作用はあるが,臓器保護のエビデンスは明らかでない。
糖尿病を伴った高血圧患者における各種降圧薬の合併症予防効果に関しては,ACE阻害薬では非高血圧患者でも蛋白尿を伴う1型糖尿病患者における腎機能の低下を抑制し,透析療法移行を減少させることが判明している518)。2型糖尿病性腎症においては,本邦のJ-MIND519)においてCa拮抗薬とACE阻害薬が糖尿病性腎症の蛋白尿や腎機能に対して同等の効果があることも明らかにされ,UKPDS 39513)においては,糖尿病合併高血圧患者でACE阻害薬,β遮断薬が細小血管障害を同等に予防することが示されている。ARBの2型糖尿病性腎症に関する効果については,RENAAL160),IDNT469),IRMA-2520),MARVAL521)においてその有用性が示されている。本邦においてもSMART450)やINNOVATION451)でARBの有用性が明らかにされた。このように,糖尿病性腎症に関しては,ACE阻害薬とARBの有用性が明らかで,微量アルブミン尿があれば高血圧の有無にかかわらず,ACE阻害薬,ARBの投与が勧められるが,130/80mmHg未満では保険適応になっていないものが多いので留意する。
糖尿病を合併した高血圧患者の心血管事故予防については,CAPPP522)においてACE阻害薬の,HOT159)やSyst-Eur523)においてCa拮抗薬の有用性が判明している。一方,UKPDS 39513)においては,ACE阻害薬もしくはβ遮断薬を基礎薬とした治療が,ほぼ同程度の有用性を示している。IDNT469)においては,プラセボに比し,ARBは降圧効果が収縮期血圧/拡張期血圧で4/3mmHg優れ,かつ心筋梗塞,脳卒中抑制効果には差異は認められなかったが,うっ血性心不全の抑制は有意に優れること,Ca拮抗薬はプラセボに比し,3/3mmHg降圧効果に優れ,心不全抑制効果は認められなかったが,心筋梗塞抑制は有意に優れ,脳卒中抑制も優れる傾向を示し,ARBとCa拮抗薬の心血管疾患発症抑制効果には差異のある可能性が指摘されている。2型糖尿病患者の大血管障害の予後に対して,LIFE219)においては,ARBがβ遮断薬より有意に心血管疾患発症を抑制している。このように,糖尿病合併高血圧の心血管事故予防の立場からはACE阻害薬,ARBとCa拮抗薬の有用性が確認されている。ACE阻害薬とCa拮抗薬の薬剤間の比較に関しては,小規模ではあるがABCD524),FACET525)において予防効果が検討されており,ACE阻害薬のほうがCa拮抗薬より有用であるとしているが,ALLHATのサブ解析526)では両者間に差は認められず,大血管障害に対するACE阻害薬とCa拮抗薬の効果の異同を明らかにするには,今後のさらなる検討が必要となろう。
糖尿病合併高血圧患者における降圧薬選択に関しては,糖・脂質代謝への影響と合併症予防効果の両面より,ACE阻害薬,ARB,長時間作用型ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬が推奨されるが,糖代謝改善,臓器保護のエビデンスから考えるとRA系阻害薬(ARB,ACE阻害薬)をまず使用し,降圧が不十分な場合に二次選択薬としてCa拮抗薬あるいは少量のサイアザイド系利尿薬を併用,さらに降圧を要する場合は3剤を併用する。糖尿病性腎症におけるRA系阻害薬との併用薬として,Ca拮抗薬と利尿薬を比較したGUARD527)では,蛋白尿減少には利尿薬,eGFR保持にはCa拮抗薬の併用で効果が強いことが示されている。また,労作性狭心症や陳旧性心筋梗塞合併例においてはβ遮断薬も心保護作用を有しているため血圧管理に使用可能である。糖尿病合併高血圧の治療指針を図7-1に示す。

図7-1.糖尿病を合併する高血圧の治療計画
図7-1.糖尿病を合併する高血圧の治療計画
  • 血圧が130-139/80-89mmHgで生活習慣の修正で降圧目標が見込める場合は,3か月を超えない範囲で生活習慣の修正により降圧を図る

 

 
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