(旧版)高血圧治療ガイドライン2009

 
第3章 治療の基本方針


5.その他の留意事項
1)初期治療
初期治療の目的は,血圧を目標レベルまで低下させるために有効な降圧薬を選び,用量を決定することである。したがって,目標とするレベルに血圧が低下するまで降圧薬の増量,変更,併用などが必要である。一般的にはI度の高血圧であれば単剤最小用量より降圧薬治療を開始し,降圧が不十分であれば増量,あるいは作用機序の異なる他の降圧薬に変更,あるいは作用機序の異なる他の降圧薬を併用する。II度やIII度あるいは高リスク高血圧では初期から併用療法を考慮する。併用薬としてはRA系阻害薬と利尿薬あるいはCa拮抗薬,Ca拮抗薬(ジヒドロピリジン系)とβ遮断薬が好ましい組み合わせである。利尿薬とβ遮断薬は他の降圧薬よりも糖尿病の新規発症頻度が高いので224),肥満症例やメタボリックシンドロームなどでは併用すべきではない。

2)長期治療(継続治療)
長期治療の目的は,目標降圧レベルを長期間にわたり維持し,また血圧以外の危険因子も総合的に管理して心血管病を予防することである。
高血圧の治療は,患者の苦痛や自覚症状が乏しく長期にわたるため,途中で来院しなくなる患者がいる。どうすれば患者に通院を継続し,生活習慣の修正を心がけ,服薬を指示どおり継続してもらえるかを工夫することは,担当医師の重要な責務である。治療の継続を良好に保つためには,医師は患者と十分なコミュニケーションを保ち,高血圧という病気,治療法,治療することによって期待される効果,降圧薬の予想されうる副作用などを十分に説明することで,良好な医師(医療機関)-患者関係を保つことが大切である。降圧薬による血圧の低下を高血圧の治癒と勘違いして治療を中断してしまう場合がある225)ので,十分な説明が必要である。医師との十分なコミュニケーションおよび医療機関のスタッフに対する患者の満足度は,患者のQOLにも大きく影響する226)。患者の日常生活や社会生活に支障をきたすことがないように,QOLに配慮し,患者参加型治療をすることが望ましい。

3)QOLへの配慮
高血圧患者のQOLの障害度は他の重篤な疾患に比較して少ないが,高血圧を意識すること自体がQOLを障害することが示されている227),228)。血圧が高いほど,情緒状況や反応,睡眠,心臓あるいは消化器症状,満足感などに問題がある229)。さらに加齢がQOLに大きく影響している。高齢者ほどQOLの障害度は増加し,個人差が大きくなる特徴がある230)。QOLの評価の範囲は,自覚的な身体症状,精神状況,精神的・肉体的満足度,健康感(well-being),仕事,趣味,社会活動,家庭,性生活など多岐にわたっているので,これらの項目をできる限り客観的にかつ総合的に評価する231)
降圧薬の副作用によるQOLの障害についても十分に注意する必要があるが,高血圧の治療によってQOLが改善することが報告されている232),233)。高血圧の治療は長期にわたるので,治療を継続させるうえでも高血圧患者のQOLを損なわないように配慮しなければならない。

4)コンコーダンス,アドヒアランス
コンコーダンスは,疾病について十分な知識をもった患者が自己の疾病管理にパートナーとして参加し,医師と患者が合意に達した診療を行うことを指す234)。高血圧は自覚症状に乏しいことから,アドヒアランス(治療継続)が不良で,未治療であったり,服薬を中断しがちであるが,コンコーダンスを重視した治療により,アドヒアランスが改善し,心血管病の予防につながると考えられている。
本邦の高血圧患者を対象にしたアンケート調査では,高血圧治療の目的が心血管病の予防であると答えたものは,治療中の高血圧患者の約50%であり,高血圧治療の目的が十分に理解されていないことが示唆された235)。さらに,降圧薬治療を中断した患者に対するアンケート調査では,血圧が低下したことにより高血圧が治癒したと思ったとの答えが多く225),高血圧治療におけるアドヒアランスの重要性が十分に理解されていないことが示唆されている。アンケート調査によると,望ましい医師像として患者の話をよく聞くことを,医師,患者とも最重視しているが,そのための診察時間が不足していることを医師,患者とも認識していた235)。十分な情報提供などによりアドヒアランスがよくなり,血圧コントロールも改善することが報告されている236),237)。また,降圧薬の副作用はアドヒアランスを低下させるので,副作用に対して十分に注意を払うべきである。
本邦の高血圧患者を対象としたアンケート調査では,具体的に治療方針や薬剤選択にまで関与する希望を持つものは多くはないが,副作用に関心があるものは多く,しかも副作用を懸念して薬剤の変更や増量を好まないものが多かった238)。さらに,服薬錠数が多くなると,アドヒアランス不良者が増加する傾向がみられている238)。1日の服薬錠数,服薬回数を少なくすること239),合剤の使用はアドヒアランス改善に有用と報告されている240)。医療者と患者が共通の理解に到達し,パートナーとして治療を行う方法を表3-2に示す。

表3-2.医療者と患者が共通の理解に到達しパートナーとして治療を行う方法
  • 患者と高血圧のリスクおよび治療の効果について話し合う。
  • 治療計画について,書面および口頭で明確に説明する。
  • 治療計画を患者の生活習慣に合わせる。
  • 患者の配偶者および家族に,高血圧および治療計画に関して情報を提供する。
  • 家庭血圧測定や,飲み忘れ防止法などの行動論的方法を活用する。
  • 副作用によく注意し,必要に応じて用量変更,薬剤の切り替えを行う。
  • 1日の服薬錠数,服薬回数を減らし,合剤の使用を含め,処方を簡素化する。
  • 服薬忘れとその要因について話し合う。
  • 服薬継続,受診継続,生活習慣修正を支援するシステムを提供する。
  • 生涯にわたる治療の費用と効果を説明する。

5)降圧療法の費用対効果
高血圧治療は全体の医療費からみても大きな問題であり,さまざまな臨床試験の結果などに基づき効果と費用をあわせて評価する医療経済分析が行われている241),242)
高血圧治療の効果の指標には,血圧の低下度や心血管病の発症予防効果などがある。また,新規糖尿病の発症,高尿酸血症など代謝面の変化に加えて,QOLの悪化などの負の効果も含まれる。
降圧薬には安価な後発医薬品がある。費用には降圧薬の薬剤費に加え,高血圧による心血管病,新規に発生する代謝性疾患の治療費などが含まれる。5年間前後の期間で行われる大規模臨床試験の結果のみでは新規に発生する代謝性疾患の心血管病への影響を明らかにできない可能性もあり243),包括的に高血圧の生涯治療の費用対効果を評価するため,シミュレーションモデルによる検討がなされている。その結果によれば,無治療に比べ,降圧薬治療は費用対効果に優れ244),また常用量を含む用量による利尿薬を中心とした治療は,生涯治療においては必ずしも医療経済的に優れるとはいえないことが示唆されている245),246)

 

 
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