(旧版)高血圧治療ガイドライン2009

 
第3章 治療の基本方針


4.治療法の選択

本態性高血圧の発症,進展には遺伝因子と環境因子が複雑に絡み合っている。したがって,治療法を考えるときには環境因子の多くを占めている生活習慣の修正(非薬物療法)を抜きにすることはできない。しかし,生活習慣の修正のみによって目標血圧レベルに到達できる患者は少なく,大部分の患者には薬物療法が必要となる。個々の高血圧患者においては,高血圧のレベルと,心血管病に対する危険因子の評価,および心血管合併症を総合的に評価して,リスクの層別化に応じた治療計画の概要を設定する(図3-1)。
リスクプロフィールにより高血圧患者を大別すると低リスク,中等リスク,高リスクとなるが,正常高値血圧であっても糖尿病,心血管病,CKDを伴う場合には降圧薬治療の対象となる。

図3-1.初診時の高血圧管理計画
図3-1.初診時の高血圧管理計画
正常高値血圧の高リスク群では生活習慣の修正から開始し,目標血圧に達しない場合に降圧薬治療を考慮する

1)生活習慣の修正
高血圧は生活習慣病の一つであり,生活習慣の修正によって高血圧を予防できる可能性が示されているだけでなく,降圧効果も証明されている212),213),214)。正常高値血圧以上の血圧はすべて生活習慣の修正の対象となる。高血圧に脂質異常症,糖尿病など心血管病の危険因子が加わっている場合には,生活習慣の修正は特に重要な治療法であり,最小のコストでこれらの危険因子を同時に減らすことができる。
生活習慣の修正のみでは多くの高血圧患者は目標とする降圧は得られないが,降圧薬の種類と用量を減らすことはできる215),216)。降圧薬治療を開始しても生活習慣の修正は継続する。生活習慣の修正項目は,食塩摂取量の制限,野菜・果物の積極的摂取とコレステロール・飽和脂肪酸の摂取制限,適正体重の維持,アルコール摂取量の制限,運動,禁煙などである。将来的な高血圧発症予防のためには,すべての国民が生活習慣の修正を心がけるべきである。

2)降圧薬の開始時期
低・中等リスク群では,一定期間生活習慣の修正を行っても140/90mmHg未満に下降しない場合は,降圧薬治療を開始する。高リスク高血圧は生活習慣の修正と並行して薬物治療を開始する。糖尿病や心血管病やCKD合併例では高リスク高血圧なので,生活習慣の修正と同時に降圧薬治療を開始する。高血圧緊急症は直ちに薬物治療を必要とするが,高血圧専門家に紹介するのが望ましい。高齢者でも140/90mmHg以上であれば薬物治療の対象となるが,80歳以上では薬物治療を開始する血圧値は明確ではない(「第8章 高齢者高血圧」 参照)。

3)降圧薬治療
本邦の多くの高血圧患者には薬物治療が必要である。本邦で現在降圧薬として使用されている主な薬物は,カルシウム(Ca)拮抗薬(ジヒドロピリジン系とジルチアゼム),レニン・アンジオテンシン(RA)系阻害薬であるアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬とアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB),利尿薬(サイアザイド系および類似薬,カリウム保持性利尿薬,ループ利尿薬),β遮断薬(αβ遮断薬を含む),α遮断薬,中枢性交感神経抑制薬(メチルドパ,クロニジンなど)である。作用機序が異なる降圧薬は副作用にもそれぞれ特徴がある。科学的根拠に基づく治療薬の選択という観点に立てば,利尿薬,Ca拮抗薬,ACE阻害薬,ARBの有用性を証明した成績は多い。最近,本邦においても高血圧患者を対象として,ARBやCa拮抗薬の有用性を示した大規模臨床試験の成績が報告されてきている217),218)。β遮断薬についても有用性が証明されているが,脳卒中の抑制効果が他の降圧薬に比較して弱いとの報告がある219),220)
降圧薬同士を比較した無作為化介入試験やこれらをメタ解析した成績によれば,一部の心血管病の抑制には特定の降圧薬がより有効である可能性が示唆されているが,一般的には降圧薬治療による心血管病の抑制は特定の降圧薬の効果によるものではなく,降圧自体が重要であることが示されている。高リスク高血圧患者を対象とした大規模臨床介入試験221),222)の成績では,早期(1-3か月)からの降圧の重要性が指摘されているが,治療内容の急激な変更が危険であることも示唆されている。
どの降圧薬を選択するにしても,使用上の原則がある。[1]降圧薬としては原則として1日1回投与のものを選ぶ,[2]降圧薬の投与量は低用量から始める,特にサイアザイド系利尿薬は日本医薬品集に記載されている初期量は多すぎるのでその半錠ないし1/4錠から開始する,[3]II度以上の高血圧(≧160/100mmHg)では初期から併用療法を考慮するが,副作用の発現を抑え降圧効果を増強するためには,適切な降圧薬を組み合わせる(「第5章 降圧薬治療」 参照),[4]最初に投与した降圧薬でほとんど降圧効果を認めなかった場合や忍容性が悪い場合は,作用機序が異なる別の降圧薬に変更する,[5]他の疾患を合併している場合は,適応と禁忌に注意して降圧薬を選択し投与する。また,降圧薬と他の疾患に投与されている薬物との相互作用を必ず確かめる。
成人における降圧治療のフローチャートを図3-1に示した。これはあくまでも日常診療に際しての原則であって,個々の患者については,病態に即してさらに適切な治療方針を組み立てる。家庭血圧の測定は,白衣高血圧(診察室高血圧)81)や仮面高血圧(逆白衣高血圧)223)の診断,ならびに高血圧治療の効果判定に有用である。白衣高血圧と診断した患者の場合は,危険因子や標的臓器障害の有無などを考慮して治療すべきか否かを決める。薬物療法を行わないと判断した場合でも6か月ごとに慎重に経過を観察する。仮面高血圧では,その原因を検討するとともに,臓器障害の有無を評価する必要がある。

 

 
ページトップへ

ガイドライン解説

close-ico
カテゴリで探す
五十音で探す

診療ガイドライン検索

close-ico
カテゴリで探す
五十音で探す