(旧版)高血圧治療ガイドライン2009

 
第2章 血圧測定と臨床評価


POINT 2b

【血圧値の分類と危険因子の評価】
  • 血圧値により,至適血圧,正常血圧,正常高値血圧,I度高血圧,II度高血圧,III度高血圧,(孤立性)収縮期高血圧に分類し判断する。
  • 血圧値のほかに,血圧以外の危険因子,高血圧性臓器障害,心血管病の有無により高血圧患者を低リスク,中等リスク,高リスクの3群に層別化する。なかでも糖尿病,慢性腎臓病の存在はリスクを高める。正常高値血圧を含めたメタボリックシンドロームの存在にも注意する。
  • 高血圧の病型は,本態性高血圧と二次性高血圧に分類される。二次性高血圧は問診,身体所見,一般臨床検査所見により疑い,必要に応じて特殊検査を行う。
  • リスクの層別化に応じた治療計画を立て,生活習慣病の修正をすべての患者に徹底させながら,降圧目標達成のために必要に応じて降圧薬治療を開始する。




2.血圧値の分類と危険因子の評価
1)血圧値の分類
血圧値と心血管病発症のリスクには正相関が認められるが,血圧値は連続性分布を示すもので,高血圧の定義は人為的になされたものである。1999 WHO/ISHガイドライン81)では混乱を避けるために従来の高血圧の診断基準をJNC-VI79)の診断基準に基本的に統一した。その後,2003年にJNC750),ESH-ESC 2003ガイドライン/80),2003 WHO/ISH statement139),ESH-ESC 2007ガイドライン85)と,ガイドラインの改訂がなされた。140/90mmHg以上を高血圧とすることはいずれのガイドラインでも共通である。
本邦の久山町研究においても収縮期血圧が120mmHg未満,拡張期血圧が80mmHg未満での心血管病の累積死亡率が最も低く,収縮期血圧140mmHg以上は120mmHg未満に比し,また拡張期血圧90mmHg以上は80mmHg未満に比較して,高齢者を含めて心血管病のリスクが有意に高い9),129)。また,北海道における18年間にわたる前向き疫学研究である端野・壮瞥町研究においても,収縮期血圧140mmHg以上あるいは拡張期血圧90mmHg以上は心血管病死および総死亡の有意な危険因子となる140)。さらにNIP-PON DATA 80においても同様に140/90mmHg以上での全循環器病疾患死亡率の上昇を認めている7)
これまでJSHガイドラインでは血圧レベルの分類を軽症,中等症,重症としていたが,軽症高血圧でも高リスク高血圧である場合があり,混乱を避けるために,JSH2009では軽症をI度に,中等症をII度に,重症をIII度と置き換えた。JSH2009においてもI度高血圧以上の高血圧の基準は従来通り140/90mmHg以上とし,1999 WHO/ISHガイドライン81),およびESH-ESC 2003ガイドライン80),ESH-ESC 2007ガイドライン85)と同じ血圧分類を採用している。
一方,本邦の疫学データを含め,世界の観察研究から得た100万人規模のデータをメタ解析した結果によると,血圧が110-115/70-75mmHgより上で直線的に心血管病のリスクの増大が認められている11)。正常高値血圧レベル(130-139/85-89mmHg)が,正常あるいは至適血圧を有する対象に比して心血管疾患の発症率が高いことは,欧米の観察研究141),142)のみならず本邦の研究成果からも示されている22),143)。120/80mmHg未満を至適血圧とすることから,120-129/80-84mmHgの正常血圧はすでに至適血圧を超えている事実を示唆している。正常,正常高値血圧の対象では生涯のうちに高血圧へ移行する確率の高いことが明らかにされている144)
これらの血圧値の分類(表2-6)は観察研究に基づく診断の基準であり,必ずしも降圧薬開始血圧レベルや降圧目標レベルを意味するものではない。外来血圧による血圧分類は,降圧薬非服用下で,初診時以後に複数回来院し,各来院時に測定した複数回の血圧値の平均値で決定される。収縮期血圧と拡張期血圧はそれぞれ独立したリスクであるので,収縮期血圧と拡張期血圧が異なる分類に属する場合には高い方の分類に組み入れる。

表2-6.成人における血圧値の分類(mmHg)
分類
収縮期血圧 拡張期血圧
至適血圧
<120 かつ <80
正常血圧
<130 かつ <85
正常高値血圧
130-139 または 85-89
I度高血圧
140-159 または 90-99
II度高血圧
160-179 または 100-109
III度高血圧
≧180 または ≧110
(孤立性)収縮期高血圧
≧140 かつ <90


2)心血管病の危険因子
高血圧は脳卒中の最も重要な危険因子であるが,心血管病全体にとっては危険因子の一つにすぎず,高血圧患者の予後は高血圧のほかに,高血圧以外の危険因子および高血圧に基づく臓器障害の程度ならびに心血管病合併の有無が深く関与する(表2-7)。高血圧の診療においては,本態性高血圧か二次性高血圧かの鑑別診断とともに血圧レベル,心血管病の危険因子(表2-7A)と臓器障害/心血管病(表2-7B)の有無を評価する。

表2-7.高血圧管理計画のためのリスク層別化に用いる予後影響因子
A.心血管病の危険因子
高齢(65歳以上)
喫煙
収縮期血圧,拡張期血圧レベル
脂質異常症

  • 低HDLコレステロール血症(<40mg/dL)
  • 高LDLコレステロール血症(≧140mg/dL)
  • 高トリグリセライド血症(≧150mg/dL)
肥満(BMI≧25)(特に腹部肥満)
メタボリックシンドローム*1
若年(50歳未満)発症の心血管病の家族歴
糖尿病
  • 空腹時血糖≧126mg/dL
  • あるいは
  • 負荷後血糖2時間値≧200mg/dL
  • *1メタボリックシンドローム:予防的な観点から以下のように定義する。正常高値以上の血圧レベルと腹部肥満(男性85cm以上,女性90cm以上)に加え,血糖値異常(空腹時血糖110-125mg/dL,かつ/または糖尿病に至らない耐糖能異常),あるいは脂質代謝異常のどちらかを有するもの
  • *2eGFR(推算糸球体濾過量)は日本人のための推算式,eGFR=194×Cr-1.094×年齢-0.287(女性は×0.739)より得る
B.臓器障害/心血管病
脳出血・脳梗塞
無症候性脳血管障害
一過性脳虚血発作
心臓 左室肥大(心電図,心エコー)
狭心症・心筋梗塞・冠動脈再建
心不全
腎臓蛋白尿(尿微量アルブミン排泄を含む)
低いeGFR*2(<60mL/分/1.73m2
慢性腎臓病(CKD)・確立された腎疾患(糖尿病性腎症・腎不全など)
血管 動脈硬化性プラーク
頸動脈内膜・中膜壁厚 >1.0mm
大血管疾患
閉塞性動脈疾患(低い足関節上腕血圧比:ABI<0.9)
眼底 高血圧性網膜症


3)予後評価のためのリスクの層別化
血圧値のほかに,血圧以外の危険因子[喫煙,糖尿病,脂質異常症,肥満(特に腹部肥満),慢性腎臓病(CKD),高齢,若年発症の心血管病の家族歴など],高血圧性臓器障害,心血管病の有無などを評価する。また,低・中等リスクを有するものでも追跡期間の延長により脳・心血管疾患の危険度が高くなることから,高血圧の罹病期間にも注意しなければならない145)
JSH2009における心血管病の危険因子の一つに,本邦の診断基準に基づいたメタボリックシンドロームが加わった146)。ただし,表2-7A表2-8におけるメタボリックシンドロームとは,“予防的な観点”からみたものである。完成した糖尿病は,独立した強い危険因子であることから,表2-7A表2-8では独立して記されている。表2-7A表2-8で示されるメタボリックシンドロームは,正常高値以上の血圧レベルと肥満(特に腹部肥満)を有することを前提とし,空腹時血糖異常かつ/または糖尿病にいたらない耐糖能異常,あるいは脂質代謝異常のどちらかを有するものと定義される。
さらにJSH2009の予後影響因子として,CKDが新たに加わった。CKDは,高血圧の臓器障害であるとともにそれ自身が心血管病の危険因子であることが知られている15),147),148),149),150),151),152)。危険因子のなかでも糖尿病やCKDを伴う場合は特にリスクが高く,多くの介入試験の成績150),153),154),155),156)を根拠に積極的な降圧治療がJNC750),ESH-ESC 2007ガイドライン85)で推奨されている。久山町研究においても糖尿病が脳梗塞および虚血性心疾患の主要な危険因子であることが示されており157),また,本邦では近年,糖尿病性腎症から慢性腎不全に至る例も著増している158)
糖尿病を合併する高血圧患者では,厳格な降圧治療による予後改善が示されている154),155),156),159),160)。また,糖尿病性腎症を含めた腎障害の進展抑制に高血圧の治療が重要であることも示されている154),156),160),161),162)ので,糖尿病や腎障害を合併する場合には特に積極的な高血圧の管理が重要である。
1999 WHO/ISHガイドライン81)では,フラミンガム研究に基づく45-80歳(平均60歳)の追跡期間10年間での心血管病発症の絶対リスクに基づいて,高血圧を4段階のリスクに分類している(低,中,高,超高リスク)。またJNC750)では集団管理戦略の立場をとり,血圧レベルに最も注目しているが,過去のJNC-VI79)では高血圧患者を危険因子に応じて3群に層別化して治療方針を決定している。
一方,1999 WHO/ISHガイドライン81) とESH-ESC 2003ガイドライン80),ESH-ESC 2007ガイドライン85)では危険因子に応じて低,中,高,超高の4群に層別化しているが,治療方針に関しては高リスクと超高リスクは同じ扱いとなっている。
本邦においては,集団管理戦略とともに高リスク管理戦略もきわめて有効と考えられることから,本ガイドラインにおいては高血圧患者を表2-8のように血圧分類,主要な危険因子(糖尿病およびその他の危険因子),高血圧性臓器障害,心血管病の有無により低リスク,中等リスク,高リスクの3群に層別化する。正常高値血圧といえども,糖尿病,CKD,3個以上の危険因子,臓器障害,あるいは心血管病を有する場合は高リスクであり,臨床的には高血圧と判断する。生活習慣の修正から開始し,目標血圧に達しない場合には適応のある降圧薬療法を考慮する。また,本邦における高血圧治療の実態に即し,II度高血圧で1-2個のリスク,メタボリックシンドロームを有する場合を高リスク群とした。リスク層別化は本来,1960年代に登録されたフラミンガム研究の未治療集団における平均10年間の心血管病リスクのデータを根拠としている。しかし,II度高血圧で1-2個のリスク,メタボリックシンドロームを有する未治療患者の心血管リスクを評価したエビデンスはない。一方,本邦の大迫研究163)では,多くの降圧治療中の対象を含むものの,II度高血圧で1-2個のリスク,メタボリックシンドロームを有する群で,きわめて高い脳卒中リスクを示すことが報告されている。これらの背景を考慮し,現時点では,リスクの過小評価を避けるべくこの層の患者を高リスクに層別する。

表2-8.(診察室)血圧に基づいた脳心血管リスク層別化
表2-8.(診察室)血圧に基づいた脳心血管リスク層別化
  • *リスク第二層のメタボリックシンドロームは予防的な観点から以下のように定義する。正常高値以上の血圧レベルと腹部肥満(男性85cm以上,女性90cm以上)に加え,血糖値異常(空腹時血糖110-125mg/dL,かつ/または糖尿病に至らない耐糖能異常),あるいは脂質代謝異常のどちらかを有するもの。両者を有する場合はリスク第三層とする。他の危険因子がなく腹部肥満と脂質代謝異常があれば血圧レベル以外の危険因子は2個であり,メタボリックシンドロームとあわせて危険因子3個とは数えない

4)高血圧の病型分類
高血圧の約90%は本態性高血圧であるが,その診断は二次性高血圧を除外することによってなされる。本態性高血圧のなかには医療機関(診察室)でのみ高血圧を示す白衣高血圧も含まれる。白衣高血圧は診察室での血圧測定だけではなく,家庭血圧測定やABPMを実施することで診断される。また,高齢者では動脈硬化により大動脈の伸展性が低下するために,収縮期血圧は上昇し拡張期血圧はむしろ低下するので,(孤立性)収縮期高血圧の頻度が高くなる。なお,高齢者では脳梗塞や心筋梗塞に対して収縮期血圧が強い危険因子であることが,フラミンガム研究130)や久山町研究,大迫研究などでも示されている73),129),135),136)。高齢者の収縮期高血圧は,本態性高血圧が加齢に伴って拡張期血圧が低下して生じるもの(burned out)と,老年期になって収縮期血圧が上昇し,新たに発症したもの(de novo)に分けられる。

 

 
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