(旧版)高血圧治療ガイドライン2009

 
第1章 高血圧の疫学


5.公衆衛生上の高血圧対策

NIPPON DATA80では,脳卒中死亡の半数以上が軽症高血圧以下(収縮期血圧160mmHg未満,拡張期血圧100mmHg未満)と分類される対象群で起こっている7)。したがって,特に血圧の高い患者のみならず,国民の血圧水準を低下させる環境整備が重要といえる。
国民の血圧水準に影響を与える要因は,年齢,食塩とカリウム,蛋白質,カルシウム,マグネシウム,脂肪酸摂取量,肥満度,アルコール摂取量,身体活動量などである。未文明化地域の住民を除き,年齢が高くなると血圧は高くなるが,この要因の一つに食塩の過剰摂取がある36)。本邦では,食塩摂取量が依然として多い。1日当たり食塩3gの低下で,収縮期血圧の1-4mmHgの低下が期待できる10),50)。また,男性では,肥満度の増加が血圧水準の低下を妨げていると考えられる44)。また,中年期男性の飲酒量が多いことも,血圧水準の低下を抑制している要因であろう。
遺伝的素因も個人の血圧値に影響を与えるが,国民の血圧水準に影響を及ぼしているものはみつかっていない(「第12章二次性高血圧」遺伝性高血圧参照)。
国民の血圧水準が平均としてわずか1-2mmHg低下しても,脳卒中や心筋梗塞などの罹患率・死亡率に大きな影響があることが知られている10),51)。『健康日本21』では,本邦の疫学調査研究をまとめ,国民の血圧水準の低下による脳卒中,虚血性心疾患罹患率の低下の期待値を算出した。それによれば,国民の収縮期血圧水準2mmHgの低下で,脳卒中罹患率は6.4%の低下が,虚血性心疾患罹患率は5.4%の低下が期待できる。また,脳卒中死亡者数は9000人程度減少し,日常生活動作(ADL)低下者は3500人程度減少する(表1-110)。虚血性心疾患死亡者数の減少は約4000人となる10)
国民の食塩摂取量の低下を図るには,第一に高血圧者に対する減塩指導の徹底が必要である。しかし,実際に減塩していると回答した人の減塩程度は,1日当たり1-2g程度であることがINTERMAP研究で観察されている52)。したがって,高血圧者や減塩を必要とする人に対して,より減塩を実行しやすい環境を整える必要がある。また,国民の多くが自然に減塩できる環境を整備していくことが,国民全体の血圧水準を下げるうえで必要である。
本邦では,食品の栄養表示は一部の栄養素や添加物しかなされておらず,食塩量その他の必要な栄養素含有量の表示は義務化されてはいない。加えて,Na量が表示されていても食塩換算量の表示は少なく,また,米国のようにその食品からの食塩摂取量が1日許容量当たりの何パーセントに相当するかという国民にわかりやすい表示もない。これらのことは,高血圧対策上,きわめて重要な問題である。

表1-1.収縮期血圧2mmHgの低下から推計される脳卒中死亡・罹患および日常生活動作(ADL)低下者数,虚血性心疾患死亡・罹患者数,循環器疾患死亡者数の減少
血圧2mmHgの低下 脳卒中 虚血性心疾患 循環器疾患
死亡者の減少(人) 9127 3944 21055
罹患者の減少(人) 19757 5367 -
ADL低下者の減少(人) 3488 - -
(文献 10 より改変)

 

 
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