(旧版)高血圧治療ガイドライン2009

 
第1章 高血圧の疫学


3.高血圧と心血管病の発症および予後
1)高血圧による脳卒中の多発
血圧水準が高いと脳卒中罹患率・死亡率が高くなる。高血圧は脳卒中との関連性が強く,本邦では,依然として脳卒中死亡率・罹患率が虚血性心疾患あるいは心筋梗塞死亡率・罹患率より高い2)。しかし,脳卒中死亡率が減少したことにより,心疾患全体の死亡率は脳卒中死亡率よりもやや高くなっている。
2005年の人口動態統計による年齢調整脳卒中死亡率は,年齢調整急性心筋梗塞死亡率よりも約3倍高い2)。罹患率を調査した沖縄県における全県登録の成績でも,脳卒中は心筋梗塞の4倍である5)。1989-93年の,35-64歳の脳卒中罹患率と心筋梗塞罹患率を比較した本邦の6集団の成績では,脳卒中罹患率は,心筋梗塞罹患率よりも男性では3-6倍,女性では4-12倍であった2)
高血圧と脳卒中罹患率・死亡率との関係には,段階的な正の関連がある6),7),8)。脳卒中の病型別では,脳出血が脳梗塞よりも血圧との関連は強いが,段階的な正の関連は同じである。久山町研究の追跡調査では,血圧と脳卒中の関連は,図1-2に示すように,段階的な強い正の関連がみられている9)。また,久山町研究では,ラクナ梗塞においても,米国高血圧合同委員会第VI次報告(JNC-VI)による血圧区分とよく相関した8)。JNC-VI血圧区分と脳卒中死亡の強い関連性は,国民の代表集団約1万人を14年間追跡したNIPPON DATA80においても明瞭に示されている7)
日本内外の追跡調査結果をまとめて示した血圧と脳卒中罹患・死亡率の相対危険度が,『健康日本21』の資料にも示されている10)。それによれば,収縮期血圧10mmHgの上昇は,男性では約20%,女性では約15%,脳卒中罹患・死亡の危険度を高める。
高齢者においても,青壮年者における関連よりも弱くなるが,血圧と脳卒中の関連は認められる。欧米および日本の多くのコホートを統合したメタ解析では,弱くなっても明瞭に関連が示されている11)。また,アジア・オセアニア地区のコホートを統合した研究においても,60歳未満の群から70歳以上の高齢者の群にいたるまで,日常収縮期血圧と脳卒中発症リスクのハザードは,対数直線的な正の関連が示されている(図1-36)

図1-2. 血圧値別にみた脳卒中発症率
久山町第1集団,60歳以上の男女,580名,追跡32年,性・年齢調整
図1-2. 血圧値別にみた脳卒中発症率
(文献9より作図)

図1-3. 年齢群ごとの脳卒中リスクと収縮期血圧の関係
図1-3. 年齢群ごとの脳卒中リスクと収縮期血圧の関係
(文献6

2)高血圧による心疾患の発症
高血圧と心疾患の関連も,脳卒中との関連性よりも弱いが,脳卒中と同様の関連を示す。心疾患を冠動脈疾患に限定しても同様である。男性では,収縮期血圧が10mmHg上昇すると,冠動脈疾患罹患・死亡のリスクは約15%増加する10)

3)高血圧と慢性腎臓病の予後
慢性腎臓病の患者は,血圧が高いほど予後が悪く,脳卒中,心筋梗塞,総死亡リスクが高い12)。また,血圧管理は腎障害を軽減し,その後の心血管リスクの低下を促す13),14)。本邦においても,久山町研究,NIPPON DATA90などのコホート研究において,推算糸球体濾過量の低い人ほど,循環器疾患発症・死亡リスクが高いことが示されている15),16)。また,NIPPON DATA80では,蛋白尿陽性者は循環器疾患死亡リスクが高いことが認められている17)

4)リスクの重積,メタボリックシンドロームと循環器疾患
メタボリックシンドロームを呈する人の循環器疾患発症リスクが高いことは,欧米の疫学調査でよく知られているが,本邦の疫学調査においても,メタボリックシンドロームを呈する対象者は,そうでない人に比して,循環器疾患の罹患リスクや死亡リスクが,1.5-2.4倍程度であった18),19),20),21)。また,メタボリックシンドロームの危険因子の多い人ほど,そのリスクは高くなった22)。一方,肥満の有無にかかわらずリスクの集積が重要であるとする結果がNIPPON DATA23)や愛媛の疫学調査24)から,耐糖能異常の有無が重要であるとする結果がNIPPON DATA23)から報告されている。

5)年齢別の血圧水準と循環器疾患・総死亡リスクとの関連
多くのコホート研究のメタ解析では,若年者から高齢者にわたり,血圧値が高いほど循環器疾患罹患・死亡リスクが高いことが明らかとなっている6),11)。NIPPON DATA80においても,年齢区分を30-64歳,65-74歳,75歳以上に分けて循環器疾患死亡リスクを検討した男性の成績では,高齢群の相対リスクは若年群よりも小さいが,血圧区分が高くなるほど循環器疾患死亡リスクが高くなることを認めている(図1-425)。さらに,血圧値が高いほど,若年者から高齢者に至るまで総死亡率が高くなることが,日本のコホートを統合した大規模メタ解析で明らかになった(図1-526)

図1-4. 年齢別血圧区分と循環器疾患死亡の相対リスク
NIPPON DATA80,男性3779人の19年間の追跡
図1-4. 年齢別血圧区分と循環器疾患死亡の相対リスク
(文献25より作図)

図1-5. 収縮期血圧と総死亡の関連
喫煙,飲酒,BMIを調整,メタ解析 男性70558人,女性117583人,9.8年の追跡
図1-5. 収縮期血圧と総死亡の関連
(文献26

6)種々の血圧指標と循環器疾患発症リスクとの関係
種々の血圧指標と循環器疾患発症リスクとの関連をみると,収縮期血圧が最もよく予後を予測できることが,アジア・オセアニア地域でのコホートを統合した大規模なメタ解析で認められている27)。また,小矢部や大迫のコホート研究においても,同様の結果が得られている28),29)

7)脳卒中患者の予後
脳卒中・心筋梗塞罹患率を調査した世界保健機関(WHO)の共同研究(MONICA)では,脳卒中発症患者35-64歳の28日以内の致命率は,集団によって異なるがほぼ30%前後である30)。本邦の1990年ころの脳卒中登録成績では,全年齢調整の28日以内の致命率は,15%程度である5),31),32),33),34)。脳卒中病型別の致命率では,くも膜下出血が約30%と最も高く,次に脳内出血が約20%,脳梗塞が約10%である。久山町の1970年代初頭から1980年代初頭にかけての40歳以上の初発脳卒中患者では,その1年以内の死亡割合は40%にも達した35)。28日以内の死亡割合は,男性25%,女性22%であった35)。富山県小矢部市の脳卒中登録成績では,1980年から1990年の28日以内の致命率の推移は,男性では21%の減少,女性では25%の減少であり,致命率の改善がみられている34)。脳卒中発症1年後の日常生活動作の低下による要介助者の割合は,29-45%程度認められ,寝たきり予防の観点から脳卒中予防対策としての高血圧対策はきわめて重要である31)

 

 
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